第14話 帰り道

「もう1回やりたかったね」

「ああ」


 滑り終えた後、ずぶ濡れの髪をすきながら静子は微笑む。

 喜一も陶酔しているのか、やや生返事ながら彼女の言葉に頷いた。

 だが係員に聞くと2回目以降は別料金なのだという。

 そこで今度は「滑らないと損をする」と思った静子はメイたちを探して誘うだけだが、アオと十、サクラと大河の姿は帰宅時間近くまで見つけられずに誘えなかった。

 聞けばサクラたちは「午前中に滑った」と答え、アオたちは「別にいい」と気にしない様子。

 奨学金と春先のようにたまにあるアオからのバイト代を慎ましく切り崩している静子にはもったいないとさえ感じるが、それだけ本業のトレジャーハントで稼いでいるのだろうと彼女も飲み込んだ。

 そして午後4時を回り、そろそろ帰宅の時間ということで着替えた一行は十が運転する車に乗り込むのだが、疲れが出たのか出発から20分ほどで多くの子どもたちはウトウトと眠ってしまった。

 起きているのは運転手である十は当然として助手席のアオと最後部に座る静子くらい。

 話し相手もいないのならつまらないなと、カーステレオに耳を傾けながらうつらうつらと目をつむる静子が起きていることに気づかず、全員が寝ていると思ったアオたちは口を滑らせていた。


「子供たちはみんな寝ちゃっているようだから、起こさないように気をつけろよ」

「最初から安全運転だよ。お前じゃないんだから」

「そう言いつつも早く帰りたいんじゃないのか? ウリウリ~」

「オイオイ、運転中にベタベタ触るなよ。危ないじゃないか」

「すまんすまん。だけどコレだけ聞いてもいいか?」

「ん?」

「アタシの水着……どうだったかな? 今日のために奮発したんだけれど」

「奮発って……そんなに値が張るシロモノだったのか。その割には普通のビキニだったけれど」

「普通ねぇ──」

「でも似合っていたと思うぞ。お前の性格が出ているというか」

「そ、そうか」

「こう言うとなんだが……すごくムッツリしてた」

「は?」

「お前って意外とムッツリスケベだろ。そんなにおねだりされるとこっちも恥ずかしい」


 十の回答に困惑し「何を言っているのだ」と言わんばかりにキョトンとした顔をするアオ。

 彼からすれば身体の関係まで求めておきながら正式な恋仲とは認めない彼女の面倒臭さを暗に示した言葉なのだが、こういうとき面倒な女でなければ彼女はとっくに素直である。


「ムッツリはお前のほうだろうが!」

「だったら今夜は極楽城に集合だ。白黒つけてやるから」

「ソレ見ろ! ちゃっかりアタシの身体に欲情しやがって──」

(この二人ってやっぱりそういう関係なのかな? それにしては普通の恋人同士のイメージと少し違うけれど)


 狸寝入りをしていた静子は「肉体的な繋がりを持ってもなお、素直になれない友達以上恋人未満」という関係を理解できずに困惑してしまう。

 いっそのこと「性欲だけの関係」だと言われたほうが漫画でたまに見るやつだと素直に飲み込めるほど。

 だがどちらにしろメイが決めつけたとおりにアオと十は大人の関係なのは事実らしい。

 ソレを想像しただけで少し静子の頬は赤くなっていた。

 帰宅後、十を交えた夕食を終えて、各々は自室に籠もる。

 プールの疲れは小一時間車内で寝ただけでは取れないというわけだ。

 サクラだけは恋人の部屋に忍び込むが、大人二人に当てられた結果なので無理もない。

 そしてその大人二人は、静子が盗み聞きしたとおりに、こっそりと夜の街に消えていた。

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