第13話 ビッグ・スライダー

 食事を終え、夕方の帰宅時間までは自由行動になったところで彼女たちは動く。

 いつの間にか一団から姿を消していた数人を脇目に彼もまた動こうかと考えていた。


(なんだかイケそうな気がしてきた。と言うか、ムラムラが抑えきれん)


 モジモジを通り越して鼻血が吹き出しそうな喜一は静子の手を取る。


「なあ宮本……ちょっといいか?」

「え⁉」


 急に手を握られた静子は驚くも元々が孤児院ぐらしで年齢の近い男女を交えて育った生い立ち。

 二人きりになりたいという意図を察したうえで動揺せずに喜一について行った。

 少し気になるのは午前中の特訓で彼を巻き添えにしてしまったことで不満があるのだろうかという点。

 わざわざ皆の前を避けるあたり他の人には言いにくいのだろうかと静子は察し、故に先手を打ってしまった。 


「ここらでいいかな。あいつらも着いてきて──」

「ごめんなさい」

「なっ」


 嘘だろ。

 そう言いかけたのは喜一の内心。

 特訓の疲労やその他諸々で上がったテンションからアピールをしようとしていた喜一にとって、この一言が拒絶の意味と捉えてしまうのは当然だろう。

 だが静子の謝罪は彼が思っているような意味ではない。

 それを示す言葉を彼女は続けた。


「やっぱり迷惑だったよね。わたしの都合に付き合わせちゃって、あげくそんな頭になっちゃって」

「え……あ……い、いや──」


 興奮状態からの拒絶にしどろもどろになってしまう喜一は挙動不審な自分の反応への自己嫌悪でハッとさせられる。

 今のごめんなさいはそういう意味ではないと。

 すっと落ち着いた彼は眼の前にある果実ではなく彼女の顔を見て取り繕う。


「気にするなよ。ちょうどそろそろ髪を切りたいと思っていたし、その前に普段と違う髪型を試したようなもんだぜ。それよりも宮本は大丈夫だったか? 電撃以外の魔法も食らっていたし」

「わたしは平気。こう見えても頑丈だし」

「なら良かった」

「でも安心したよ。赤井くんも流石に怒ってるかと思ったし」

「お、お前に怒るとか筋違いだろ」

「そうかな? わたしの特訓に付き合わせちゃった結果なんだし」

「宮本に協力するのは当然だから良いんだ。怒るとしたら阿良々木の姐さんに対してだぜ。何だよ『良い経験』って。宮本と一緒にボコられただけじゃねえか」


 そう悪態をつきつつも、同じく特訓に参加した真弓に関しては「攻撃でダウンしたメイの身体を何度も抱きかかえていて、おそらくどさくさでアチコチにも触っているだろう」ことがアオの言う良い経験なのだろうと思っていた。

 そう考えると魔法の巻き添えを受けたこと以外でも、頑丈を自負するだけあってメイのような気絶までは至っていない静子を抱きかかえる機会が来なかったことに、喜一はちょっとした不公平を感じてしまう。

 そう言いつつも喜一も年頃。

 目の前で魔法を受けて揺れる果実の運動には眼福だったくらい異性の肉に飢えている。

 これを「良い経験」だと言われたら、彼には否定できない。


「あはは」


 喜一の悪態に対してごもっともだと笑う静子に彼も釣られて笑みがこぼれ。

 だが笑い声が途切れた所で静子は気がつく。

 自分が危惧していた喜一の怒声が思い過ごしならば、彼は何故自分を連れ出したのだろうと。

 ここで男女の関係になりたいからという正解を導き出せない程度には喜一を異性として意識していないからこそ彼女は小首を傾げてしまった。


「じゃあ……だったら赤井くんの用事って何?」


 ポロリとこぼした静子の問いかけは自然なモノ。

 一方でいっときの熱にのぼせて求愛しようとしていた夢から冷めた喜一はどうつくろうべきかと辺りを見回すと、都合よく見えるのは大きな滑り台。

 いわゆる巨大ウォータースライダーの列だった。

 これが繁盛期なら大行列すぎて並ぶだけでヘトヘトになりそうな人気アトラクションを見て好都合だと閃く喜一は彼女を誘う。


「ここの名物のビッグ・スライダーってのがあるんだ。ワイといっしょに滑らないか?」


 喜一が指さしたソレを見た静子もその大きさには驚くほど。

 世の中にはこんなに大きなすべり台があるのかとさえ心の中で呟く。


「良いけれど……それだとみんなも一緒で良くない?」

「そ、それは……」


 静子は喜一の誘いを喜んで受け入れるわけだが、そうなると彼が「自分だけ」誘った理由がわからない。

 これがメイなら際したかもしれないが、静子はまだ引っ込んだ異性が察してほしい感情には疎いのでさもありなんか。

 だが変にソワソワした喜一の様子から間違った推測を立ててしまう。

 そう決めつけた彼女には他の理由など見えない。


「あいや、変に詮索してごめん。だけど安心して。一緒に滑ってあげるから」


 静子が推測した理由は「喜一がビッグ・スライダーに何かしらの恐怖を感じている」と言うものだった。

 滑ってみたいが怖いという気持ちも両立しているので一人では心寂しい。

 そして怖がっている姿をメイたちには見られたくないのだろうと。

 自分も幼い頃に似た経験をしたことがあるし何より更に歳下の子から付き添いを頼まれた経験もある。

 喜一が自分を頼る相手に選んだのは、まあ特訓に突き合わせた埋め合わせとして頼みやすかったのだろう。

 なのでやましい気持ちなど微塵もなく喜一の手を引いた静子はごく自然に彼の後ろに陣取った。


(一緒に滑ってくれるのは嬉しいけれど、背中に密着とかどういうつもりなんだ。まさか宮本もワイに気があるんか?)


 一旦は玉砕したと思って萎えていた桃色の感情もこれには再燃であろう。


「背中はわたしが守っているから赤井くんも安心してね」


 異性として背中に居る彼女を意識しながら、それが勝手な思い過ごしだと気が付かないままに滑る喜一。

 万が一への備えと彼を安心させようという気遣いからぎゅっと寄せた身体は特に豊満な乳房を喜一の背中に押し当てさせて、少年の気持ちを舞い上がらせた。

 ビッグ・スライダーは巨大で長丁場なコースだが、そのぶんスピードも乗るのであっという間に滑り降りる。

 おおよそ45秒間の邂逅。

 静子にとっては「楽しい」刺激の時間だったが、喜一にとってのソレは彼の人生に大きな影響を与えるほどに別の刺激が強かった。

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