第7話 予選1回戦第2試合
帰宅後の戦勝報告から翌日の対策会議をアオを交えて夜遅くまで行う静子に他の寮生も協力的である。
もとより戦技に劣る人間が多かった櫛灘寮内での寮生同士の仲は良好だったこともあるし、静子も多少強くなったところで図に乗る性格でもないからだ。
「明日の静子の相手ってフォレストだっけ? 江に通用したってことはアイツなら楽勝じゃない」
明日の対戦相手、フォレスト石松(いしまつ)をアイツ呼ばわりしているのは静子と同じく2年1組の伊佐(いさ)メイ。
彼女の脳内評価におけるフォレストはガサツで荒々しさと腕力しか取り柄がない脳筋凡夫。
これは他の生徒も感じているモノであり、フォレストは江より弱いというのが共通認識になっていた。
ちなみに凡夫と言ってもあくまで八郷学園においてのものであり、他校の基準ではそうでもないのだがさもありなん。
「フォレストくんはなんていうか……あっち系でしょ? むしろ江くんより怖いって」
「静子は見た目でビビりすぎだって。ウチの学校に通える時点であんなの虚仮威しだから」
「そうだと良いけど」
だが静子の評価はむしろ江より高い。
理由は学生服の着こなしから滲み出る不良的な要素。
メイなどは珍獣を見るような感覚でむしろ好意的なのだが静子はどうにも苦手意識があった。
「まあ……緊張しなければ今日戦った奴より弱いんだろう? ファイトだ宮本」
「う、うん」
メイとアオに押し切られても不安は少し残ったまま。
寝付きが悪く軽い寝不足で朝を迎えた静子であったが流石に午後には眠気も抜ける。
そして迎えた戦技大会の第2試合。
今回は早速の出番だった。
昨日と同じ眼鏡だけの静子に対してフォレストは風呂敷包みを木刀の先に結びつけて登場。
口に加えた高楊枝は何のゲン担ぎか。
「見ての通り武器を使うから眼鏡にあたっても恨まんでくれ」
「…大丈夫」
「まあ顔は狙わないぜ。危ないからな」
「あ…ありがとう」
仮に当たってもアオが用意した特別な眼鏡なので壊れることはないのだがフォレストの雰囲気に押される静子の声は小さい。
その態度にフォレストは当然手応えを感じているようだ。
(昨日はしくじったが今日は負ける気がしねえ。ビビっているうちに速攻だ)
(いけない。気持ちを切り替えないと)
頬をパンと叩いた静子は自分でも驚くほどに冷静。
そのまま魔法力を練って相手の動きを待ち構えて開始の合図を静かに待った。
「それでは──はじめ!」
「しゃあ!」
柴沼の掛け声で試合が開始して早々、速攻を仕掛けたのはフォレスト石松。
風呂敷包みを空に投げると間を置かずに木刀で打ち付けて風呂敷ごと中身を打ち上げた。
さながら野球でキャッチャーフライの練習のために打ち上げたトス。
空中で解けた風呂敷の中身は重量のある粘土球だった。
この魔法は打ち飛ばした物質に魔法力を伝達させて威力を発揮する武器術の一種。
直接攻撃ではなく上空に打ち上げるというワンクッションを置いての攻撃にはフォレストの策があった。
「考えたな。時間差攻撃で魔法力を練る時間を稼いだのか」
「でもアレじゃ自滅する可能性もあるぜ」
粘土球の落下予想地点はリング内のあちこち。
狙いを定めていないのと範囲の広さから空振りになる可能性も充分承知ながら、自分も含めて当たる可能性はそれなりにある。
ようは「落ちてきた粘土球に当たるかもしれない」というプレッシャーが主目的だった。
自分に当たる可能性は脇にどける。
落ちてくるよりも先に勝てれば万々歳。
本命は駆け寄るまでに練り上げた魔法力によって放たれる武器術、破離剣にあった。
(当たれ!)
破離剣は刀身の周りに渦巻く魔法力が必殺の威力を発揮する魔法。
当たればガードなど無意味だと言わんばかりの大振りである。
昨日の彼は同じように破離剣を振り回した結果、瑠都には動きを見切られて負けていた。
ソレを運良く逃げ切ったという認識でいるフォレストは今度こそ負けないという態度である。
「宮本の小さいアプヴェーアじゃ防げないぜ」
「詠斗に勝てたのはやっぱり運だな」
開始から1分にも満たない時間で静子の負けを確信するクラスの面々。
この状況から静子に手立てがあると知っているのは本人を含めても少数なのでさもありなんか。
(制空間センサー!)
フォレストの剣に対して静子が使った魔法は攻撃を探知する胆術。
瑠音が恋人とのイチャイチャで使っていた制空間バリアの類似魔法であり、大きな違いは魔法力による肉体強化が殆ど無くパリングによる迎撃が困難な点。
本来は攻撃を察知して避けることに特化した概ね下位互換の術である。
「せーい!」
肩を狙った切りつけを躱されたあと、すかかず胸元を突くフォレストは手応えを感じている。
高度な魔法で強化されない限り身体能力で女子相手に負けるとは思っていない。
そのうえでこの速さにはついてこれないだろう。
少なくとも今までの彼女はそうだった。
硬派を気取っていても思春期の男子か。
意外と女子の観察に抜け目のないフォレストはそれ故に手応えを得ていた。
だが──
(アプヴェーア・エガシ)
制空間センサーで一歩先読みをしていた静子は盾を直接手で木刀にあてがって炸裂装甲のように破裂させることで攻撃を弾いた。
単独のアプヴェーア・エガシでは防御力不足。
制空間センサーを複合したにピンポイントのガードが静子が使える中級以下の魔法での上級魔法対策を実現する。
「宮本がアレを弾いた⁉」
「制空間っぽい魔法を使ったそぶりがあったからセンサーかと思ったのに、バリアだったのか?」
「今まで宮本が上級魔法を使ったことなんて一度も無かったけれど、どうなってるんだ」
「何にせよ江に勝ったのはマグレじゃねえってのか」
(五月蝿え!)
静子が見せた魔法防御を周囲は上級魔法だと錯覚。
見た目には制空間バリアによるパリングとほぼ同じなうえ、制空間センサーに別の魔法を組み合わせて防御するなど生徒たちの大半が見たことも聞いたこともないのだから無理もない。
だが周囲の掌返しなど試合中の二人には関係ない。
雑音を邪魔くさく思いながらも攻撃の手を緩めないフォレストは静子を粘土球の落下地点に押しやっていく。
後手に回る静子はなされるままである。
(センサーに反応……上からくるわ)
(たぶん魔法で頭の上に落ちてくるのは気づいているハズだ。だからこそ俺がそこに行く)
静子が粘土球を避けて後ろに飛ぶことを見越しての行為。
落下地点にあえて踏み込んだフォレストは自滅もじさない。
そろそろ木刀に纒った魔法力が尽きてくる。
威力があるぶん持続時間は相応に短く、この攻撃が一息で離れる最後のものとなった。
「もらった!」
あえて粘土球の下に飛び込むとは思わなかった静子もこれには虚をつかれてしまう。
飛び退く一瞬の攻防のため静子の脚はなだ空にあり動けない。
振りかぶって強く打ち付けられたら盾一枚では押しつぶされてしまう。
見ている周囲もこれには「落ちこぼれの快進撃もここまでか」と勝手に期待を持ち上げておいて落胆の様子。
フォレスト最後の一刀が眼鏡の少女の鎖骨に落ちる。
(お姉ちゃん……)
周囲も、対戦相手も、誰もかも。
自分が一撃で終わってしまうと思っている最中。
咄嗟に静子が頭に浮かべたのは生き別れた姉の姿だった。
出てきたのは自分とは双子の関係にある次女の龍子(りゅうこ)。
静子との違いは視力が良く裸眼なのと運動神経に秀でたスポーツ少女な所だろう。
「セイちゃんは目が悪いから気づいていないだけで運動でも凄いんだよ」
静子は反射神経や足の速さで判断して「自分は愚鈍である」と判断していたのだが姉は妹を高く評価していた。
半信半疑ながら子供の頃のやり取りを思い浮かべた静子は腹をくくり、全面に展開した盾一枚だけを頼りに体を丸めて攻撃を受ける。
確かな手応え。
魔法の盾を砕き女子の柔肌に打ち付ける感覚がフォレストの手に伝わってくる。
そのまま渾身の破離剣を振り切ったフォレストに飛ばされた静子は地面に着地した足を引きずって長い線を描いていた。
「そこま……」
これにはもう勝負はついたであろう。
柴沼は軍配を上げかけたのだが、ゾクリとした誰かの視線に手が止まる。
一瞬の躊躇は誰がもたらしたか。
この数秒の間に立ち上がった静子はまだ戦意を失っていなかった。
「ほらね」
記憶の中の龍子が囁く。
「本当だ」
静子はそれに相槌を打って立ち上がると右手の指をフォレストに向けた。
そのまま放つのは熱線魔法。
威力は心もとない初級のラギだが牽制には充分である。
「ちっ!」
再度破離剣を使用するための魔法力を練る時間を作る前の攻撃に苦虫を噛み潰したような顔でフォレストは静子を睨みつけていた。
勝ったと思った矢先の反撃と勝負の主導権を握られたことに苛立ちを覚えたのだろう。
チャージ不足で振るう不完全な魔法剣はラギを払うのには充分でもフォレストにとってはもどかしい。
こちらも距離を取って戦える魔術攻撃に切り替えようとも最低限の飛び道具発動においては静子に部があるようで、フォレストとしては魔術攻撃を掻い潜りながらの接近戦に持ち込むしか無かった。
せめてもう少し弾幕を張るペースが遅ければ。
心のなかでぼやきつつも「間合いに入りさえすれば」と、最後の仕上げのつもりである。
仕留めきれなかったからこそ最後のあがきをしている現在。
ここでヘマをして急所に攻撃さえもらわなければあと一撃で勝利を掴める。
あれだけ派手に破離剣でぶっ飛ばしたのだからダメージは溜まっているはず。
少なくとも俺ならそうだ。
(そろそろ牽制は終わりにして、勝負を決めに行こう)
近づいて致命の一撃を入れれば勝てる。
フォレストの考えは静子にとっても同じだった。
牽制で破離剣を封じた以上、すかかず急接近できれば最大火力はない。
ただの魔法剣なら魔法による補助はもういらない
すべての魔法力を攻撃に注げよう。
「なにっ⁉」
少しずつ接近していき、あと少しの段階。
魔法剣でラギを払った際の一瞬の火花に紛れた静子はフォレストの視界から消えていた。
高速移動が可能なほどの肉体強化、あるいは瞬間移動の類などラギを連射していた相手が出せるものではない。
実際、静子はそれら上級魔法を使うことはできない。
では何が起きたのかと言えば別の魔法による代替。
跳躍魔法ムーンウォークの応用で背後に回り込む位置まで跳んだわけだが、発動タイミングの妙が目の錯覚を呼び起こす。
少しだけ貯め時間を長くしてから発射したラギは閃光が大きかった。
さながら暗闇の中で光るマズルフラッシュめいた目眩ましによりラギの発射とほぼ同時に飛び上がっていたことに気づかせない。
観戦していたクラスメイトのうち一部しか気づいていないようだが静子は二つの魔法を同時に運用している。
予め種明かしをされていた瑠音は自分に当てはめてその優位性に冷や汗を感じていた。
「せいやぁっ! 寮母さん直伝ン!」
「こなくそ!」
間合いに飛び込まれていることに気づいたフォレストは魔法力不足で発動した破離剣で不完全な刀剣開放による自爆に走る。
仕組みとしては刀身に纏わりつく魔法力を一気に開放することで衝撃波を放つというもので拡散させた場合はさながら爆裂魔法。
範囲を調整できていれば自滅にならないがいくら魔法力が少ない状態とはいえ、相手は一度破離剣に被弾した女子なので喧嘩自慢の自分が我慢比べで負けるものか。
そう彼は思っていた。
「──ボタル!」
しかしフォレストの推測は虚しく防御を捨てた根性勝負に出た静子はそれに耐える。
破離剣に耐えながら振るわれた爆発魔法を組み合わせた拳打の炸裂の前にフォレストはひとたまりもない。
戦技用体操服でなければ裸になっていたほどの余波の戦いを制した静子は柴沼から勝ち名乗りを受けるとすぐに、ぐったりと膝をついていた。
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