第3話 二段打ちの兆し
戦いの前に眼鏡を外した静子は荷物をアオに預けて大蝦蟇の前に立つ。
他の蝦蟇たちは二人をリングのように囲うだけで動く様子を見せない。
ハイになっている静子はさも当然のように「ボスと静子が一騎打ちし、勝てば蝦蟇たちは身を引く雰囲気」を受け入れていた。
(相手は巨大なカエルだから……気兼ねなくラギをぶつけてやるわ)
ラギは熱線を放つ魔法。
射程と貫通力の高さが売りで使い勝手が良いため戦技大会においても良く使われている。
早速右手を前にかざして狙いをつけた静子はラギを放つわけだが大蝦蟇は素早く身を伏せてそれを躱す。
そのまま曲げた脚に貯めた力を開放するような跳躍で上を取った大蝦蟇のスタンプが静子を襲った。
アオのように戦技に長けているのであれば「浮かせて落とす」チャンス行動になるが静子の実力でソレは叶わない。
身体に魔法力を貯めて次の行動に移る頃には激突目前であり静子には避けることしか出来なかった。
この応答速度は戦技の優劣においては大きな要素であり彼女を落ちこぼれとして断定している。
アオからすれば想定通りとはいえなかなかに厳しいと言わざるを得ない。
(デカいくせにすごく機敏だわ)
飛び跳ねながらスタンプやタックルを繰り返す大蝦蟇に攻撃を行ったのは結局最初だけのようだ。
防戦に入った静子は身体に魔法力を集めて身体を機敏に動かす無手術の基礎でソレを躱すが攻撃に移れない。
見た目からしてヌメヌメとしていそうな大蝦蟇に触れずに戦おうとしているのもあるとは言え彼女の速さでは回避してから魔術攻撃に振り直すための魔法力を練るのには時間不足。
このままでは埒が明かないかとアオは思うわけだが一転して静子はようやく攻撃の機を見つけ出す。
息切れでよろけた彼女はそのまま膝をつくと地面に水平なタックルに対して炸裂魔法での迎撃を試みた。
(逃げ疲れて終わりかと思ったけれど良い判断だ。戦技が苦手と言う割に出来るじゃないか)
「ら、ラオ……いきゃあ!」
「宮本ォー!」
アオは静子の判断を心の中で褒めるわけだが当人としてはやけっぱち。
逃げ切れないよりはマシという判断で仕掛けたラオイの炸裂は正面から大蝦蟇とぶつかって威力を少しだけ削ぐ程度だった。
軽減にされたとはいえ大蝦蟇がぶつかって無事にはいかない。
そのまま静子は地面に倒れてしまった。
これは危険と判断して飛び出すアオの気迫に飲まれて大蝦蟇は追撃を止めるわけだが倒した獲物を前にして様子を伺っている。
「選手交代だが急いでいて済まないね。ラギマべ・コサイ……」
「ザザッ!」
今日のところは自分が大蝦蟇を倒して静子を連れ帰るべき。
だが修行として彼女を半ば強引に連れ出した責任を取ろうとして身構えたアオの手を当人は振り払った。
フラリと重い足取りで立った静子の目は虚ろ。
そんな状態で前に出る彼女の無茶は辞めさせなければとアオは魔法を放とうとするのだが静子はソレよりも早く事を終わらしてしまう。
「下がっていろ宮本。今日の手伝いはここまで……」
「ぼそぼそ」
小声でつぶやいているのは呪文であろうか。
虚ろなせいもあってか静子の身体からは魔法力が漏れていて次の動きが手に取るよう。
そんな瀕死の状態で彼女が使った魔法は無手術の一つムーンウォーク。
月面を滑るように空中を飛び跳ねる魔法だ。
ぴょんと跳ねる姿に困惑したのか反応が止まった大蝦蟇の額に飛びついた静子はそのまま最大出力の中級熱線魔法──ラギマベを放って脳天から大蝦蟇の体内を焼き払って倒してしまう。
これには逃げ道のない拡散型のラギマベを撃とうとしていたアオも驚きを隠せない。
(魔法力がだだ漏れな代わりに急に応答速度が上がった⁉ と、言うより……今のは跳躍魔法と熱線魔法を同時に使っていたぞ)
これは別人じみた動き以上に魔法力が外に溢れて光っていたからこその驚きだ。
通常、魔法を使用する際には一つの魔法を使うごとに魔法力を練り直す必要があり、連続で魔法を使うための貯め時間を消すことが戦技においては重要となってくる。
だがさきほど静子が見せたのは仕組みが違う。
跳躍魔法のムーンウォークと熱線魔法のラギマベを同時に発動させることで回避と攻撃を組み合わせた新魔法へと変化させていた。
大蝦蟇を倒したことで気が抜けたのだろうか。
アオはそのまま塵になっていく大蝦蟇に倒れ込んだ静子を回収してこの場を立ち去る。
ダンジョン内の神秘を活用した脱出魔法で入り口付近まで戻り、そのまま櫛灘寮まで帰る道中も静子は目覚めない。
法術で治療したとは言えあれだけの大質量のぶちかましを受けたら回復には時間がかかると言うことだろう。
彼女が目を覚ます頃には日が沈んでいた。
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