第4話 1ヶ月後
ガマ洞窟での一件から1ヶ月。
春休み中に積んだアオの手伝いを経て静子の力量は確かに上向いていた。
それでも2年生になれば授業のレベルも更に上がるため今のところは退学候補からは脱しているだけマシという扱い。
相変わらず落ちこぼれという評価は変わっていなかった。
「江は宮本、高嶺のドベコンビと同じ組か。運が良いなぁ」
「フォレストも居るから油断は出来ないさ」
来週に控えた春の戦技大会について盛り上がる学生たちも静子のことなど眼中に無い様子。
予選で静子と同じグループに割り当てられた江詠斗(こう えいと)も見下してこそ居ないが既に勝ったつもりなのが言葉の裏に滲んでいた。
「ごきげんよう宮本さん」
そんな蚊帳の外な彼女に声をかけてきたのは一人の女性。
静子とは同じクラスで2年生の筆頭生徒。
名を影道瑠音(しゃどう るね)と言う。
瑠音と静子は戦技の実力では雲泥の評価ではあるのだが一般科目の座学では静子のほうが勝るため1年生の頃から親交がある関係だった。
「ごきげんよう。影道さんがわたしに用事と言うと数学の相談?」
「いいえ。今日は春大会に向けての探りですわね」
「わたしたち別の組ですよ。今から警戒されても買いかぶり過ぎだって」
静子が小首を傾げるのも当然のこと。
自意識過剰な回答としては自分をクラス予選での最大の障害と予想してのモノになるが流石にソレはない。
では何故かというと──
「自分のためではありませんわ。リュートと貴女が同じ組になっていましたからね。恋人のために少しは協力してあげたいじゃない」
リュートとは彼女の恋人で従姉弟でもある高嶺瑠都のこと。
学業もそこそこで戦技も退学候補ではないだけで静子に毛が生えた程度のため瑠音とは月とスッポンの凸凹カップルと言われている。
同じ組に振り分けられた江やフォレストからすれば「運で高嶺の花を手に入れたいけ好かない野郎」として試合に紛れた私刑を企てられていそうな優男。
そんな彼のカッコイイ姿が見たいと思うのは惚れた側のエゴだろう。
「そういうことか。でも高嶺くんの方が今の順位も上だよ。わたしなんかよりあっちにいる江くんの対策のほうが──」
「あの程度の凡夫なんてリュートなら心配する必要はありませんわ。彼には春休み中に仕込んだ秘密兵器がありますので」
(確かに最近の高嶺くんの成績は上向き傾向だけれど自分基準でカレシを持ち上げるのは大丈夫なのかな?)
静子が気に掛けるのも無理はない。
現時点での筆頭──つまり前年度末時点での戦技成績トップである瑠音からすれば学年6位、クラス3位の江は格下なのだろう。
だが学年90位以下である静子や瑠都の立場からすれば余程の幸運がないと勝てない差があった。
無論、静子にもアオの手伝いで身につけた自信と実力があるし、瑠音の口ぶりでは瑠都も同様なのだろう。
それでも彼氏可愛さの大口に感じてしまうのは無理ない。
「それに比べたら……わたくしの勘では貴女のほうが危険ですわよ。正直わたくしでも気を抜いたら負けそうですし」
「御冗談を」
「いえいえ本気ですわ。貴女からはリュートと同じ匂いがしますから」
(もしかしてわたしが身につけた秘策になにか気づいているのかな? 授業では出す機会が無かったのに)
瑠音の勘ぐりに悪寒を感じてしまうのは図星だから。
静子は大会で結果を残すことで戦技の成績を確保したいと考えており、瑠音が勘ぐっているように結果を残すための秘策も用意していた。
彼女がそれを聞き出そうとしているのが見え見えではあるが秘密にしたいのが静子の打算。
どのみち先にある江との試合で露呈するであろうとは言え。
「えっと……」
「その反応だとやっぱり何か隠していますわね」
「悪いけれど今度の試合まで秘密にしておくよ。まあ、わたしと高嶺くんの試合は最後だから、それまでにはバレるとは思うけど」
「む……そこまで言うのなら。だけどあえて言わせていただきますが意外ですわね。今までの貴女だったら『どうせ全敗するから痛い思いはしたくない』と言っていましたのに。春休み中に付けた自信は余程のモノなのでしょうね」
「あはは」
静子は瑠音の勘の良さに笑うことしか出来なかった。
いち早く自分の秘策に勘づいたのは流石は前年度の学年1位と言うこともあるのだろうが、それ以上に勉強を教え合う程度の仲でしかない戦技においては雲の上の立場にいる彼女が自分の性分を理解していたことへの嬉しさも含めて。
「そこまでお見通しだったら隠すのは良くないか」
だから友情に免じて彼女にだけ秘策を明かすことにした。
「ぼそぼそぼそ」
耳打ちしたのは秘策の概要と「瑠都以外には教えないで欲しい」というお願い。
内容を聞いた瑠音は「信じられない」と思いつつ「恐ろしいこと」だと静子を評価した。
この内容はもちろん最初の対戦相手である江は知らない。
クラス予選の1回戦は目前である。
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