第21話 お別れのご挨拶
「……そうです!バッチリです、アリューシャ様。とても美しいカーテシーでしたわ」
「えへへ……。そう?綺麗だった?」
「ええ!とても。気品があって優雅です」
歴史の勉強の合間に休憩してお茶を飲み、二人でお喋りをする。そして気分を入れ替えると、今度は行儀作法やマナーの練習。アリューシャ王女は私と一緒に過ごすことが本当に楽しいらしく、どんな科目の勉強でもとても前向きに頑張ってくれている。
王宮お抱えの高名なお医者様に手当てを受け、毎日のように美しいドレスを贈られ、こんなに良くしていただいて本当にいいのかと、私は日々落ち着かない思いをしている。……けれど、せめてこうして王女様の教育のお役に立てているのだと思うと、私の気持ちも多少は救われるというものだ。
「……さぁ、今日は私とのお勉強はこのくらいにしておきましょうね。もうすぐ語学の先生とのお勉強の時間ですものね」
「……そう?……ええ、分かったわ……」
さっきまでキラキラした笑顔を振りまいていたアリューシャ王女は、私の言葉に、途端にシュン……と悲しそうな顔をする。
(か、可愛いんだからもう……っ!)
こんなに好き好きオーラ全開で接してくれる子のことが、可愛くないはずがない。赤い瞳の王女様に言いようのない愛しさと親近感が湧いてくる。
「ふふ、また明日も一緒にお勉強やお喋りをしてくださいませね、アリューシャ様」
「っ!ええ!もちろんよ!」
私がそう声をかけると、また打って変わって明るい表情になり、こちらを見上げてくるアリューシャ王女。思わず私も笑顔になってしまう。
アリューシャ王女と過ごす日々が、私にとってもどんどん大切な時間になっていた。
だけど、そんなある日のことだった。
「……うん、よし。傷も完全に塞がっておる。聴力にも全く問題ない。もう完治ということでよろしいでしょう。ようございましたな」
「あ、……ありがとうございます、先生」
毎日お部屋にやって来ては私の耳を診てくださっていたお医者様から、そう宣言されたのだった。
耳はついに完治の太鼓判を貰い、ということは、私はもうここにいる理由はなくなったわけだ。
元々ただの子爵家の娘。それも遠方の領地で離縁されこの王都に出てきただけの、王家とは縁もゆかりもない女。こんなに何週間も王太子宮に滞在させていただいていたことが、そもそも特例中の特例だったのだから。
(……今夜の食事の席にセレオン殿下がいらっしゃったら、今日こそ言わなくては……。お世話になりましたと。明日にでも出ていきますと。その時間にはもう侍女の方か誰かから、殿下のお耳に入っているかもしれないけれど)
夕食はアリューシャ王女のご希望で、いつも彼女と一緒にとっている。セレオン殿下のお時間が空いている時はそこに殿下も加わる。今日はいらっしゃるかどうかまだ分からない。……何となくドキドキしてきた。
(変な気持ちね……。何だか妙に寂しいわ)
だってこの短い間に、セレオン殿下も、そして誰よりアリューシャ王女も、私にとってはとても大切な方々になっていたから。出会えてよかった。私のような身分の者が、まさか個人的にこの王国の王太子様や王女様とこんなに親しくしていただける日々を過ごしたなんて。きっと一生の思い出になるわね。
いつかアリューシャ王女の記憶の中から、私の存在が消えてしまう日が来たとしても。
私がその分、ずっと大切に覚えておかなくては。
そしてその日の夕食の席に、セレオン殿下はいらっしゃった。いつもと何も変わらぬ優しい眼差しの殿下。楽しそうに私や殿下に話しかけるアリューシャ王女。
ドキドキしながら、私はタイミングを見計らってセレオン殿下にそっと告げた。
「セレオン殿下、あの……、お聞きになっていらっしゃるかとは思いますが、私の耳、もう完治ということで大丈夫みたいなんです」
「ああ、さっきジーンから報告を受けたよ。本当によかった。私も安心したよ」
「ええ。ありがとうございます。……ですので、あ、明日にでも、私は王太子宮を出て行かせていただこうと思っております」
私の言葉に、一瞬食堂の中がシーンと静まり返った。間違ったことは何も言っていないはずなのに、なぜだかとてつもなく申し訳なさを感じる。
私は真顔になったセレオン殿下からそっと視線を外し、アリューシャ王女の方を見た。
「……。」
(ア、アリューシャ様……)
多少なりとも、予想はしていたけれど。
アリューシャ王女は今にも泣き出しそうな、いやもうすでに涙が溜まった瞳で私の方を見つめていた。とても悲しそうな顔で。唇を噛み締めて。
その唇が、プルプルと震えていた。
「こっ!これからも……、私とアリューシャ様はもうずっとお友達ですわ!とてもおこがましいとは思いますが、私はそう思っております!お、お手紙をお出ししてもよろしいでしょうか?きっと毎日お忙しくお過ごしになられるかとは思いますが、私の……」
「ミラベル嬢」
どうにかアリューシャ王女の悲しみを少しでも和らげたくて必死になっている私に、セレオン殿下が静かに言った。
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