第22話 王女様の教育係

「そのことなんだけどね、考えたんだ。……君、このままアリューシャの専属教育係として、王宮で働いてみないかい?」

「「……えっ?」」


 想像もしていなかったセレオン殿下の言葉に、私は無意識に声が出た。その声がアリューシャ王女の声とシンクロした。


「アリューシャはこの数週間で、見違えるほどに成長した。これは確実に君の教育のおかげだよ。アリューシャの教師陣も手放しで褒めていた。きっと君の教え方がこの子に合っているのだと思うし、アリューシャも君からなら素直に学ぼうとする意志を持ってくれる。それに、君はここを出ればこれから王都で仕事や住まいを探すことになるわけだろう?何の後ろ盾もない女性が一人でやっていくのは、とても大変だと思う。もちろん、君がどうしてもここを出て外で一から生活を始めたいというのなら、私にできる手助けは何でもしてあげるつもりだけど……。君さえよければ、王宮に留まってアリューシャのために教育係の任を引き受けてはもらえないだろうか」

「で……殿下……、ですが……っ」


 突然の提案に、頭が真っ白になる。私が、王宮勤め……?それも王女殿下の教育係として?いや、そりゃこの滞在中のせめてものご恩返しのつもりでお勉強やマナーをお教えしてはいたけれど、専属として正式に雇用していただくなんて……ちょっと、それはあまりにも畏れ多いというか……。私何の資格も経験もない、ズブの素人なんですけど……。


「ミラベルさんっ!お願い!引き受けて!お願いよ!!私頑張るから!ミラベルさんを困らせないように、精一杯頑張るわ!努力する!真面目に勉強するわ!ね?……ね?!」

「ア、アリューシャ様……」

「……いつもそれくらいの気合いを見せてくれたら言うことないんだけどな、アリューシャ」


 立ち上がって必死の形相で懇願してくるアリューシャ王女の姿を見て、呆れたように呟くセレオン殿下。だけどアリューシャ王女は殿下のお言葉など耳に入っていないようだ。


「ミラベルさんがここにいてくれたら、私どれほど心強いか……。私、私ね、あ、あなたやお兄様以外に、安心してお話しできる人がいないのよ。だから、あなたがいてくれたこの数週間、本当に嬉しくて……」

「……アリューシャ様……」


 切実な表情で訴えかけてくるアリューシャ王女のルビーのような瞳に、涙が滲んでくる。……私や殿下以外に、安心して話せる人がいない……?

 それって、どういうことなんだろう。

 たしかに、ここに滞在してしばらくしてから、何となくアリューシャ王女への周囲の人々の対応が淡々としていて素っ気ないのは感じていた。全ての人ではないけれど、そんな感じの人が多い気はする。だけどそれが王宮では普通なのかと、高貴な身分の方になれなれしくしてはいけないとか、そういう線引きがあるのかと勝手に解釈していた。

 ……寂しい思いをしていたんだな。アリューシャ王女は。

 まだあどけなさの残るこの王女様のことが、ますます愛おしく思えてくる。


「これまで通り接してくれれば、それでいいんだ。そんなに気負うようなことじゃない。どうか遠慮せず、受けてくれると嬉しい。王都で仕事を探すよりも、きっとかなり良い待遇で迎えてあげられると思う」


 私の意志を固めるかのように、セレオン殿下が言葉を重ねる。そこにアリューシャ王女の援護射撃が始まった。


「お願いよミラベルさん!悩むことないわ!大丈夫!お給金はたくさん出るし、私はお利口にするし。私のそばにいて。お願いします!頑張るから!!」


 すごい必死だ。大役すぎて二の足を踏んでしまうけれど、こんなアリューシャ王女を振り切ってまでここを出て行く勇気はない。もう折れるしかなかった。


「……か……、かしこまりました。私などに王女殿下の教育係という畏れ多い役目が務まるものか不安ではございますが……。精一杯務めさせていただきます。よろしくお願いいたします、セレオン殿下、アリューシャ様」

「そうか。それはよかっ……」

「や、やったぁぁ!!ありがとうミラベルさんっ!ありがと~う!!嬉しいっ!!やったぁーーーっ!!」


 セレオン殿下の言葉を遮ってまで、食事の席で飛び跳ねまくって喜ぶというとんでもない行動をとったアリューシャ王女は、その後しばらくセレオン殿下からお説教をくらっていた。


 こうして私は、王女様の教育係という重大なお仕事を賜ることになったのだった。





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