第18話 ルビーのネックレス(※sideアリューシャ)

 まさかミラベルさんが結婚相手からそんなひどい目に遭わされて逃げ出してきた人だったなんて。知った時は腸が煮えくり返ったわ。私がその男に会ったら蹴飛ばしてやるのに!


 お兄様は最初から様子がおかしかった。お部屋に入ってきたミラベルさんと初めて会った時明らかに見惚れていたし、ミラベルさんの手を引いて食卓までエスコートしたり、治療のためにわざわざ王太子宮に滞在するよう勧めたり。

 どうやら日々彼女が着るドレスまで贈ってあげてるみたい。こんなお兄様見たことないわ。いくら私のことを助けてくれた人だとはいえ……。


(ははーん……さてはお兄様……、……なるほどね~ぇ)


 察しちゃったけど、私はあえて茶化したりせずに黙ってた。余計なこと言って、ミラベルさんがここを出ていくことになったりしたら嫌だもの。

 できるだけ長くここにいてほしい。……本当は、ずっとミラベルさんにいてほしい。

 王宮の先生たちは嫌だけど、彼女とするお勉強はすごく楽しい。ミラベルさんと一緒にいるってだけで嬉しい上に、彼女って本当に教えるのが上手なんだもの!知識も豊富で、本当の先生みたい。

 ミラベル嬢とだったらお前はよく勉強するんだな。よし、彼女にはお前の先生としてずっとここにいてもらおう。

 お兄様あたりがそんなことを言い出してくれないかしらと願って、私はミラベルさんにお勉強を教わる時はことのほかお利口さんにした。会えば会うほど、話せば話すほど、彼女のことをどんどん好きになるから。


 それにね、お兄様にも何となく言わなかったんだけど、私にはひそかな喜びがあるの。


 ミラベルさんが持っている、ルビーのネックレス。


 初めて出会ったあの日にミラベルさんが落としてしまったのを、私が拾って手渡して、本当はその時から気付いてた。こないだまた改めてじっくりと見せてもらったのよ。


『ふふ。あのネックレスがそんなに気になりますか?……はい、どうぞ。こうして見ていると、このルビーの色は本当にアリューシャ様の瞳の色とそっくりですわ。とても綺麗。……私の亡き母も、アリューシャ様とそっくりな色の瞳の持ち主でしたのよ。……すみません、失礼ですわよね、王女様と自分の母を比べるなんて』


 そんなこと全然思わない。むしろますます嬉しい。ミラベルさんのお母様と私の瞳の色が似てるなら、ミラベルさんは私にきっと親近感を持ってくれてるわよね。ふふ。


 私はその時の会話を思い出しながら、自分の化粧台の引き出しをそっと開けた。中に入っている大切なものを取り出すために。


「……。」


 白いケースを開けると、私の宝物であるルビーのネックレスがキラキラと輝いた。


(……うーん……。やっぱりそっくりだわ。ミラベルさんのあのネックレスと、お揃いみたい。……これ、絶対お揃いよね?)


 最初に見た時は、もしかしたら勘違いかな?なんて思ったけど、じっくり見せてもらった後だからもう自信を持って言える。どう見てもお揃いだわ。細部のデザインに至るまで、何もかもそっくり。

 ただ一つだけ違うのは、中央のルビーから下がっている飾りだった。

 ミラベルさんが持っているネックレスの飾りは、三日月の形。私のこのネックレスは、同じ場所に太陽をモチーフにした飾りが下がっていた。


 亡き母がいつも大切に持っていた、思い出の品。小さかったけれど、何度も何度も母から聞かされたからよく覚えていて、王宮に連れて来られる時に真っ先に引き出しから取り出して自分で持ってきたの。


『いい?アリューシャ。このネックレスはね、お母様が一番大切にしているものなの。お母様のお母様から贈られたものなのよ。大きくなったら、あなたにあげるからね。その時は絶対に失くさないで、大切にしてよ。ふふ』


 そう言っていた母の笑顔を思い出す。私のこの瞳の色は、母譲りだった。


 本当はミラベルさんに言いたくてたまらなかった。私もこれとそっくりなネックレスを持ってるのよ!私たちってホントに縁があるわよね!って。

 だけどミラベルさんにとってあのネックレスは、亡くなったお母様との世界でたった一つだけの、大切な大切な思い出の品のはず。私が「ほらお揃いよー!」なんて見せびらかして、もしもミラベルさんががっかりしたり、嫌な思いをしたら……?

 ううん。あの人ならきっと「ま、本当ですね。アリューシャ様の宝物とお揃いなんて嬉しいですわ」とか言って笑ってくれそう。だけど……。


(……。まぁ、いいや。今はまだ私だけの内緒の喜びにしておこうっと)


 同じように母を亡くして、同じようなネックレスを形見として大切に持っていて。


 日に日に増していくミラベルさんへの親近感と親愛の情を胸に秘めて、私はふふっと一人小さく微笑み、ネックレスをそっと引き出しにしまったのだった。





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