第17話 大好きなミラベルさん(※sideアリューシャ)
ミラベルさんが王太子宮に滞在されるようになって二週間が経った。彼女が来てくれてから、毎日が楽しくてしかたない。
ひどい元夫とやらのせいで耳に大怪我を負っていたミラベルさん。うっすらとだけど、ほっぺたにも何かで切ったような傷があって、気になって尋ねたら「割れたお皿の破片で切ってしまって……」とごまかすように笑っていた。あれも絶対に元夫よ。ろくなヤツじゃないわね。
耳は王宮お抱えの優秀なお医者様のおかげで順調に回復しているみたい。安心もしてるけど……、正直、少し寂しいの。だって耳が完全に治ったら、ミラベルさんはここを出ていってしまいそうだから。
私は4歳の時に突然、この王宮に連れてこられた。お母様が死んでしまって一人ぼっちになった時、二人で暮らしていた小さなおうちに急にお迎えの人たちがやって来たの。一人も怖かったけど、知らない男の人たちはもっと怖かった。
国王陛下が私のお父さんなのだと言われても、全然ピンとこなかった。だって一度も会ったことないし。私の家族はお母様だけなんだとずっと思っていたから。滅多に顔を合わせないそのお父様……は、優しいけれど、好きでも嫌いでもない。会わない日々が続いて寂しいかと聞かれれば、別にそうでもない。
それよりも、私は突然できた金色の髪のお兄様のことが大好きになった。とても綺麗なお顔で、いつも私に優しくしてくれて。困ったことがあったら何でも言うんだよっていつもそう言ってくれる。
この豪華な王宮にいる人たちは、冷たい人が多かった。母親代わりだから頼るようにとお父様から言われた女性でさえ、私のことを見る目つきはとても意地悪だった。自分が“庶子”だから軽んじられているのだと気付いたのは、何年も経ってからだった。
ある日、格闘術の鍛錬がしたいと言って護衛たちと一緒に王宮の裏手にいた時のこと。休憩している時、たまたま護衛たちの会話が聞こえてしまった。
『……はぁ……ったく……。あの跳ねっ返り王女の世話もうんざりだよ。もうちょっと大人しくしてくれないものかね』
『まぁな。ほら、出自が出自だからな。そりゃ第一王女や第二王女とは出来も違うだろうよ。こうやって度々鍛錬とやらに付き合わされる俺たちの身にもなってほしいもんだぜ』
『座学が全くできなくて逃げ回ってるらしいからな。ただ外に出たいだけだろ。全く……。ツイてねぇな。よりにもよって庶子の専属になるなんて』
『だよなー。はぁ……。配置替えねぇかなー』
「…………っ、」
いつも身近にいてくれた護衛たちにまで、こんな風に思われてたなんて。胸がぎゅうっと痛くなって、指先がプルプルと震え出した。
お兄様のところに行きたい。抱きしめてほしい。だけど、つい先日座学の先生に厳しい言葉をかけられたばかりだった。
『アリューシャ様。何かにつけて王太子殿下のお部屋をご訪問なさるのは、いい加減お控えいただいた方がよろしいかと。お分かりになりませんか?殿下は王太子教育やその他の勉強、そしてご公務もございます。本当ならばあなた様のお相手をなさっている時間など全くないのですよ。ご迷惑をおかけしているのがお分かりになりませんか?』
(……ここじゃないどこかへ行きたいな……)
涙がじわりと滲んできた。私だって、ずっと我慢しているつもりだった。退屈でも、勉強が難しくても。寂しくても、怖くても。
ふいに、プツリと糸が切れた。……もういいや。誰も私のことなんて歓迎してないんだもの。私がここにいることは誰も望んでない。どこかへ行こう。
あまりにも無謀だったけれど、護衛たちが私のことを気にかけていないのをいいことに、私は隙を見て裏の塀を越えて王宮の外に出た。胸がドキドキと高鳴って、自由な世界に叫び出したくなった。稽古着のまま、ひたすら走って走って……。気付けば街の中にいた。
そしてお腹をすかせた女の子に出会って。
食べたそうにしていたお菓子をあげてみた。
お金の払い方なんて知らなかったから、後からどうにかするものなんだと思ってた。王宮に戻った時にお兄様かジーンにでも伝えればいいのかなって。それがまさか、あんな大騒ぎになってしまうなんて。
周りには人だかりができて、たくさんの大人が興味津々な顔で私たちを見ているのに、誰も助けてはくれない。泣きたいのをぐっと堪えてお店の人に抵抗していると……、彼女が現れて、助けてくれたの。
ミラベルさんは、天使みたいだった。本当に天使みたいな綺麗なお顔をしていて、私が王女だなんて知らないのに、すごく優しくしてくれた。女の人に頭を撫でられたのなんて、お母様以外に初めてだった。一瞬で大好きになっちゃったのに……ミラベルさんは行ってしまった。
だから次の日王宮で再会できた時は、本っ当に嬉しかったの!
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