第九話 恐るべき統率力
血の匂いが風に乗り漂ってくる。
三之丸で大勢の死傷者が出ていると報告があった。一刻を争う事態であることは明らかだった。
遠目から見ても三之丸の状況は凄まじいものだった。門の外は敵兵で溢れ、応戦が全く間に合っていなかった。
敵兵が我先にと門に押し寄せて来ていて、一人、また一人と鎧を纏った敵が城内へ侵入して来る。侵入し、敵武者達は大太刀を振るい味方の守備兵を次々と斬り伏せていっていた。
侵入して来た敵武者に銃撃隊が襲われてしまったら、外の敵を迎撃する者がいなくなってしまう。
そうなると三之丸はもうお終いだ。城外に溢れている敵兵が一気に雪崩れ込んできてしまうことになるだろう。
三之丸の守備兵も必死だった。槍を突き立て侵入を阻止しようと応戦するが、敵武者の振るう刀の前に次々と撃退されてしまっていた。
敵武者は太刀を振るい自分達の陣地を広げるべく暴れ回る。門の前から守備兵を押し退けると、敵武者が一団となって次々と門内へ侵入してくる。
そこへ飛び込んで行く者の姿が見える。
大蔵だった。
「貴様等の相手はこっちだーっ」
武器を落とし、背を向け逃げようとしている者に容赦なく太刀を振り上げている敵武者に襲いかかった。
瞬時に斬り伏せ、そして次に手向うことができなくなって腰を突き、両手を突き出し命乞いをしている者に、太刀を振り上げている敵武者へ飛びかかっていった。
そしてこれも瞬時に斬り伏せる。敵武者の一団が大蔵の猛進ぶりを見て、臆したのか分散していく。
大蔵の登場に一歩下がった敵武者達だったが、刀を構え直し振り上げ複数人で一斉に襲い掛かる。が、あっという間に三人斬り倒されていた。
やはり、大蔵の身体能力は並みの侍よりはるかに上のようだ。
「皆の者聞けー、各個に応対しても太刀打ち出来ん。数的優位はこちらにある。円陣に取り囲み、敵前方の者は防御に集中、後方の者は攻撃に集中、攻撃する者は一度で致命傷を狙うのではなく、当てる事に集中し徐々に追い詰めろーっ」
更に数名を斬り倒した後、檄を飛ばしていた。
檄を受け、浮き足立っていた守備兵は冷静さを取り戻し、敵武者を取り囲むようにして対峙し出す。
大蔵に言われた通り敵武者の前方に立つ者は、攻撃を受け止めることに集中し、後方の者は距離を置きながら刃を突き立てる。深追いはせず突き立てて、すぐに引くを繰り返す。
敵武者は一人に襲いかかるときっちり防御されてしまい、その隙に背後から突かれる。
突かれたので、後の敵に攻撃対象を変えると、防御に集中されてしまい、受け止められる。
そうすると後方に回った者が刃を突き立てる。それを繰り返していると徐々に敵武者は体力を削がれ、立てなくなってしまった。
そこを皆で一斉に襲う。
大蔵の言葉を受け皆、集中し、連携して次々と敵武者を討ち取っていくようになった。敵武者達はどんどん倒れ込み、動かなくなっていく。
「卑怯也、尋常に勝負せー」
堪りかねた一人がそう叫んだ。
が、卑怯も何もない。こちら側は剣の稽古もしたことがないような、ずぶの素人の集まりだ。
何が尋常に勝負だ。貴様等は大太刀を振るい、鎧兜を纏っている。それに対してこちらは、鎌や鉈などの刃物で応戦する者が多い。出で立ちも刃を防げるようなものなど何も纏ってはいない。
尋常に勝負など、はなから成り立ってなどいないのだ。
大蔵は守備兵が城内に入り込んできた敵武者達の対応に、落ち着いてできるようになったことを確認すると、城壁に向かって走り出して行った。
「銃撃隊、弓隊、投石隊、体制を整え直すぞー」
大蔵は城壁に登るとそう声を荒げた。
銃撃隊、弓隊、投石隊も各個に対応していたが、対応しきれてなく敵武者達の侵入を許してしまっていた。連携せねばならないのは一目瞭然だった。
大蔵はまず始めに、弓隊に少し上を狙って射るように指示を出す。
殺傷能力が出る距離の向こう側に当たるようになるので、当然敵を討ち取ることはできない。が、足を止めるのには十分な威力だった。
矢が当たった場所の敵兵は足が止まる。それとは気づかずに前方の敵兵は前進をやめないので敵軍は二分される形となった。
後ろが続いて来ていないことに気付いた前方の兵は、どうしていいか分からなくなり、たじろいでしまい動きが止まってしまっていた。そこへ銃撃隊、投石隊が攻撃を仕掛ける。
前方の兵に石が次々と降り注いだ。慌てて皆がいる場所へ引き返そうとするが、そこに追い打ちをかけるように銃弾が降り注いだ。
前方の兵は銃弾をまともに受け次々と倒れていく。分断された後方の兵は味方が倒されていくのを見て、前進できなくなっていた。
徐々に範囲を広げていき、敵兵の足を止めていく。
一定の距離から多くの敵兵は近づけなくなってきたが、それでも何人かは勢いを保ったまま突っ込んで来る。しかし、城内に入ったところで大人数で取り囲み、討ち取っていく。
それを繰り返していくと、どんどん敵兵の勢いが弱くなってきて、私が三之丸へ走り寄った時にはほぼ鎮圧した状態となっていた。
改めて大蔵の統率力と判断力の高さには驚かされた。現状を瞬時に把握し冷静に対処していた。
私はどう対処していいのか分からなくなってしまい、慌てふためいていただけだったというのに、悲劇の惨状と化していた三之丸の状況を鎮静化させてみせた。
「凄いな!やはり大蔵が総大将になるべきなんじゃないか」
「阿呆なこと言うな、四郎だからこそ皆、付いてきているんじゃないか。俺が総大将になったら誰も付いてこなくなるよ」
謙遜気味に答えていたが、そんなことはないだろう。大蔵には皆、何度も助けられている。
大蔵の言葉だったから皆、直ぐに言うことを聞いて冷静になれたんだ。大蔵がいなかったらここまで落ち着いて対応して戦うことなどできなかっただろう。
もしかしたら幕府軍は新月の闇夜に紛れて攻撃して来たのではなく、大蔵がいない隙を狙って攻めて来たのではないかと思った。
大蔵の活躍は私にそんな想像をさせるほど見事なものだった。
劣勢を打開し気の緩んだその時だった。門を突破し、守備兵をすり抜けてくる強者がいた。
大蔵に向かい襲いかかってきた。
「お主の統率見事なり、総大将、天草四郎とみた。お覚悟なされよーっ」
声の大きさは小さいのに妙に聞き取りやすい特徴的な声だった。
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