第八話 三之丸破られる

 幕府の書状を受け、私達は戦いを継続することとなった。大蔵をはじめ切支丹でない者は退城すべきと主張したが、聞き入れてくれる者は誰もいなかった。


 二度も撃退したんだ。幕府軍など何度来ても撃退してやる。三度、四度と撃退すれば態度を軟化し切支丹を容認するかもしれないから戦い続けよう。


 皆、そう言ってくれた。


 幕府側には皆の意見通りの返事を返したことになっていたが、私は密かに切支丹でない者は城外に出す故、引き受けて欲しいと付け加えていた。


 それから私は一人で大蔵達を退城させる方法を模索し続けていた。が、何の進展のないまま十日ほど静かな朝を繰り返していた。


 幕府軍はここ数日動きが全く見られない。日を追うごとに城の防備は厳重になっていく。日を追えば日を追うほど攻めるのは難しくなると思うのだが、幕府軍は動きのないままだった。


 ただ、日に日に別の旗印が増えていっていた。今は増援に力を入れているのだろうか。


 九州中から兵を集めているなら進軍の際、何らかの意思の疎通が必要になってくるであろう。意思の疎通をはかるために進軍前に演習のようなものをしてくるだろう。


 実際、二回目の総攻撃の前にはそのような動きがあった。それまでは大きな動きはないだろう。そう考えていたのだが、その予想は大外れとなってしまった。


 その日は、ここ数日と変わらない静かな夜だった。皆、緊張続きで疲れが溜まり寝静まっている夜だった。次の総攻撃までまだ猶予があるだろう。そう考えて油断していた夜だった。


 何の予兆もなく総攻撃は始まった。


『かん、かん、かん』


 丑三つ時、緊急を知らせる鐘の音がけたたましく鳴り響いたと思ったら、城外から大喊声が上がった。


 状況を確認すると三之丸の前に鍋島勢が、かがり火で姿を捉えられる位置まで前進してきているとのことだった。城壁まで寸前の位置である。


 無数の破裂音が響き渡る。既に交戦が始まっているようだった。


 私は慌てて近くの見晴し台まで走った。


「敵襲、敵襲ーっ」


 見張り当番の者だけではとても対応しきれないと思ったのか、大声を上げながら援軍を求めて本丸へ兵が走って来た。


 突如として城内は緊迫した空気に包まれる。


 喊声は闇夜の向こうの、向こう側からも聞こえてくる。闇夜の向こう側にいったいどれだけの兵が控えているのだろうか。

 闇夜に紛れ全軍を三之丸前に移動させ、三之丸を集中的に攻撃しようという作戦なのだろうか。


 生憎今日は新月だった。新月故、全く先の見通せない闇夜である。


 二度目の総攻撃以降、熊本藩、福岡藩、小倉藩、中津藩、薩摩藩と次々と旗印が増えていっていたので、九州中から援軍をかき集め総攻撃に備えているのかと思っていた。まだ猶予があると思っていた。


 それは間違いだったようだ。新月の闇夜に紛れて攻撃を仕掛けるために、今まで何も動きを見せないでいたのかもしれない。


 闇夜に紛れ襲いかかってきたので、城壁の目の前に来るまで全く気づかなかった。対応が完全に遅れてしまった。


 それでも三之丸の守備兵は奮闘した。前回の経験を活かし巧みに撃退していく。竹束で銃弾を遮られても、板で矢を遮られても、投石を使い敵に隙をつくり、隙を狙って迎撃していく。


 奮戦が功を奏し、鍋島勢は後退することとなった。


 それを見た三之丸の守備兵から雄叫びが響き渡り、勝利を噛み締め合っていたのだが、すぐに悲鳴に変わってしまった。


 今度は違う旗印が襲いかかってきたのだ。有馬勢の旗印だった。


「彼奴等、本気で三之丸を落としに来たのか」


 同じく見晴し台に上がってきた父上がそう声を上げた。


 畳み掛けてくる攻撃にこれはただ事ではないと思い、私は二之丸へ走った。私は事態を早急に収拾させるべく、前回同様、二之丸の守備兵を三之丸に援護に向かわせようと思ったのだ。


 三之丸で戦闘が始まってどれくらいの時が経ったのだろうか、二之丸から向かわせた援軍により三之丸の状況は好転し優位な状況になりつつあった。


 陽が登り始め稜線に陽の光が広がり、辺りが明るくなり始めてきた。薄明かりが広がりだし、状況が見えるようになった時、二之丸の守備兵を援軍に向かわせたのが失敗だったことに気付かされた。


 恐怖で全身に鳥肌が駆け巡った。


 二之丸のすぐ目の前に松倉勢が陣形を整え控えていたのだ。


 松倉勢は自分達の存在に気付いたと思うや否や、喊声を上げ襲いかかってきた。松倉勢の旗印が大きく翻る。


 第二弓隊と投石隊で足を止めようと迎撃するが板を腰を据えて掲げているためか、なかなか思うようにはいかず前進してくる足を止めることができない。

 三之丸に向かわせた銃撃隊も手が離せるような状態ではなく、すぐに戻せるような状態ではなかった。


 天草丸の前にも陣形が整えられていて、いつ攻め上がってくるか分からない状態だった。天草丸からも援軍は望めない。


「四郎様、完全に謀られましたな」


 蘆塚殿、宗意殿も二之丸の劣勢の現状に絶句してしまっていた。


 大失敗だった。幾重にも喊声が響き渡っていたので三之丸の前に敵が集中していると思い込んでしまった。


 敵本隊は二之丸の前に集中していたのである。蘆塚殿、宗意殿は状況を打開させるべく三之丸へ走り出して行った。


 お二人は三之丸で応戦していた二之丸の守備兵を、状況が優勢と見ると各個に二之丸に戻るよう促し出す。


 しかしそれも罠だった。一旦下がっていた鍋島勢が、今度は先ほどと反対に有馬勢と入れ替わるように攻めてきたのだ。


 そして二之丸と三之丸の間に控えていた軍勢も三之丸の方へと進軍して行く。


 連携の取れた波状攻撃だった。前回、前々回の総攻撃はなんとか撃退することが出来たのだが、今回はかなり危険な状態となってしまっていた。


「報こーく、三之丸、門を破られ、数名の武者が城内に侵入しました。四郎様避難をーっ」


 その報告に頭を抱え天を仰ぐ。遂に破られてしまったか。 


「報こーく、敵武者手だれ揃い故、味方軍に大勢の死傷者を出しています」


 深江村で本当の侍がどれほどの実力を有しているのかは痛いほど分かっている。百姓が侍と対峙して勝ち目などあるはずがない。


「何とかならんのか」


 窮状の知らせが続き、隣にいた父上も声を荒げた。


「報こーく、三之丸大混乱にございます、至急援軍を求めたし」


 援護に向かわせるような余裕があるところなどない。どうすることもできなかった。


 大失敗だった。むやみに兵を動かすことをしなければ何の問題もなかったのかもしれない。全て私のせいだ。


「四郎、なんだよこれ、なんで起こしてくれなかったんだ」


 大蔵だった。


 大蔵は昨夜、子の刻までの見張り当番だった。騒ぎに驚き起きてきたようだ。私が慌てふためいているのを見て私から説明を受けるのを諦め、父上に説明をするよう促していた。


「四郎、心配するな、俺が三之丸へ向う」


 窮状の報告が続き頭を抱え込んでいた私を見て、力強い笑みを浮かべ大丈夫だ、心配するなと言ってきた。


「おお、大蔵殿、行ってくれるか」


 傍にいた父上が頼もしそうな目を向ける。今回の戦で、大蔵の知識の豊富さに救われた人々は大勢いるだろう。

 今回もこの窮地を脱する策を授けてくれるのでは。と、父上は期待したのだろう。


「何を言う。お主の要求は通ったんだぞ。お主は戦う必要など無くなったんだ。落人に紛れ即刻、城を立ち去れっ」


 私が強くそう言うと、大蔵は悲しそうな顔をして俯いてしまった。言い過ぎてしまったかと思った。が、大蔵はもうここにいる必要などない。

 もう戦う必要なんてないんだ。大蔵だけでも生き残って欲しいと心から思った。死地に向かう必要などない。


 しかし、大蔵は毅然とした表情になって顔を上げた。


「何を言ってるんだ。幕府側の回答では、切支丹信仰は認められない。年貢の徳政は考慮する。だっただろ、まだ確約された訳ではない」


 そうなのだが、私達庶民の身分からするとお上から考慮するという沙汰をもらっただけでも十二分な回答である。それ故、死にに行くような戦場に出向く必要などないのである。


「大丈夫だ、この戦、必ず鎮めてみせる。四郎は大人しく本丸の中でじっとしているんだぞ」


 そう言うと三之丸の方角に走り出して行った。


 ああ言っていたがこの窮状を知って、大人しく本丸の中にいれるはずがない。私は大蔵を追いかけ三之丸の方へ走り出した。

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