第十話 大蔵対甲賀忍者
黒い出で立ちの者がいきなり飛び込んで来た。
大蔵を私と勘違いし襲いかかって来た。
刃と刃が衝突する音が響き渡る。
刃を重ねながら私から徐々に遠ざかって行く。
大蔵と視線が合った。もしかしたら、大蔵がわざと私から遠ざけようとしてくれているのだろうか。
少し離れた場所で、刃を重ねた状態で押し合いとなり、倒れ込み揉み合いとなり地面を転げ回る。
疲れからなのだろうか、大蔵の動きが先程までの機敏な動きとは違うような気がした。せっかく私から遠ざけてくれたようだが、援護の必要を感じ走り寄る。
走り寄る前に大蔵が黒い出で立ちの者を跳ね除けた。二人は一旦距離を置き、大きく息を吐いて、睨み合いとなった。
呼吸の乱れが激しい。これほど大きく肩を揺らしながら呼吸をしている大蔵を見るのは初めてである。
黒い奴はあまり呼吸を乱してない様子だった。
そいつは他の武者達と違い、夜の闇よりも真っ黒な衣を纏い、異様な雰囲気を漂わせている。よく見ると鎖帷子を纏っているようだった。
まじまじと向けられている私の視線を感じたのか、薄笑いを浮かべ仁王立ちになった。
余裕をかましてくれる。
鎖帷子は鎧を纏うよりは身軽に動けるのだろうが、あの程度では矢は防げないだろう。戦場の武士が好んでするような出で立ちとは思えなかった。
此奴は何者なのだろうか?奇妙な出で立ちである。
武器の刃もあまり見ることのない長さである。太刀ほど長くなく、脇差よりは長い刃を振るい、逆手で持って構えていた。
大蔵と対峙していることに気がついた味方兵二人が走り寄って来て、先程の大蔵の言いつけを守るように後方で一定の距離を保ち槍を突き立てる。
それを見た大蔵が真っ黒の注意を引くように一歩踏み出した瞬間、真っ黒も大蔵に向かって行った。
槍が真っ黒の背中に突き立てられた。と思ったのだが、急停止し後方へ飛び上がり宙返りしてこれを交わした。
人とは思えないような身のこなしだった。
次の瞬間、後方から槍を突き立てていた味方兵の首筋から血が吹き出した。そして、そのまま二人とも力無く倒れてしまう。
何が起こったのか理解するまで時間が掛かった。
大蔵の方へ向かう素振りをして急停止し、宙返りするように後方へ飛び上がって、その刹那の瞬間に二人を斬り捨てたのだろう。
間違いなく今まで見てきた敵の中で一番の実力者だろう。強敵中の強敵のようだ。隙を見せれば私も一瞬で首筋から血を吹き出すことになりかねない。そう思った。
「誰も近くに寄るなーっ」
大蔵も敵の実力を悟ったのだろう。これ以上の犠牲者を出さないよう、近づくなと厳命を下した。
「四郎、お主も下がっておれ」
「四郎?」
黒い奴は大蔵の言葉を聞くと眉間に皺を寄せ、大蔵から私の方へ視線を変えた。
今の声が聞こえるとは思えないような位置にいるのだが。聞こえたのだろうか、今の囁くような声が。
やはりこの者、他の者と何かが違う。
真っ黒は私に向きを変え逆手に持っていた刃を持ち替えると、今にも跳躍して来そうなほどに身を屈める。
大蔵は私と真っ黒の間に割って入ってくる。
「貴様の相手はこっちだーっ」
そう言って飛びかかって行ったかと思うと、何度か金属が衝突する音が響き渡った。気がつくと二人は揉み合いになり、また地面を転げ回っていた。
私は二人の動きについていく事ができない。
真っ黒が大蔵の上になり馬乗りになり刃を突き立てている。刃と刃が重なり合い軋み合う不快な音が響き渡る。
必死で抵抗して押し上げようとしているようだったが、徐々に徐々に押し込まれていく。刃が徐々に大蔵の首筋へと近づいていく。
「止めろー」
私は真っ黒に体当たりをしてやろうと思い走り寄った瞬間、大蔵が真っ黒を蹴り上げ弾き飛ばした。
咽せながら立ち上がってくる。
「大蔵、大丈夫か」
「ああ」
真っ黒も立ち上がってくる。動きを注視しながら大蔵を助け起こす。
「二度目だぞ。貴様何をした。何故急に力が入った?」
真っ黒は意味不明な言葉を発してきた。
「あー、何言ってやがる。今のが俺の本当の実力じゃ。阿呆が」
大蔵の言葉を受けて真っ黒は食い入るように大蔵を見つめ出す。手足の先から髪の毛まで細部に渡り食い入るように、見定めるように見つめ出す。
「貴様、返しの術が使えるのか?」
術?
真っ黒は疑問顔をしながらそう言ってきた。
「はぁー?何言ってんだ、お前」
二人の会話が何を元にしているのか全く見当もつかなかった。
私が思案している間に二人はまた乱戦に入った。刃と刃がぶつかり合う音が響き渡る。
大蔵が勢いよく斬り込んで行く。勢いに押され真っ黒が防戦一方になり私から離れて行った。
私から離れて行くと再び揉み合いとなり、倒れ込んで真っ黒がまた上になり大蔵に刃を突き立てた。また徐々に首筋へ刃が迫っていく。
近くに落ちていた槍を拾い上げると、真っ黒目掛け突進した。
すると、また真っ黒は大蔵に蹴り飛ばされ吹き飛んで行ってしまった。
「なんでじっとしててくれないんだ。もう少しで串刺しにできたのに」
「いや、なんか急に力が入るようになって」
私が不満げに責め立てると首を横にしながら、自分の刀を不思議そうに眺めながら立ち上がってくる。
「急に力が入ったというか、急に体が重くなるというか、さっきから何か変なんだ」
何の事を言っているのだろうか?
私達のやり取りを見ていた真っ黒が、立ち上がりながら、不敵な笑みを浮かべたのを私は見逃さなかった。
私は物心ついた時から人とは違う力があることを認識していた。何故、私には他の者が使えないような力があるのだろうと疑問に思っていた。
他に使える奴がいるかもしれないなど考えてもみなかった。もしかして彼奴も私に似た力があるのではないのだろうか?
返しの術。
真っ黒は先程間違いなくそう言った。大蔵の体に起こっている異変は作為的な何かなのだろうか。
「大蔵、お主の体に何が起きているのか、もっと詳しく教えてはくれないか」
「そう言われても、俺にもよく分からないんだよ」
何か秘密が隠されているはず。この危機を脱するにはそれを解き明かすしかない。そう思った。
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