第八話 爺様の形見、抜刀
爺様より受け継いだ刀を抜刀し敵を睨みつけ動きを封じる。俺の抜刀した仕草を見て敵兵は顔を強張らせ一歩下がった。
四郎の足音が遠ざかって行く。
一人が立ち塞がり、一人が走り去って行く。敵兵は顔を見合わせ騒つき始めた。
援護か?一人で援護になどなるものか。補給か?何も持っていなかったぞ。など色々聞こえてくる。
村に向かうのであれば撃ち殺されるだけだ、捨て置け。村の外で見かけた者は全て捕まえるか、殺せとの命令だったぞ。なら殺しておくか。と、一人の騎馬武者が言ったので俺は動きを止めようと思い、刀を振り上げた。
「我が名は天草四郎、今回の蜂起の首謀者なり、手柄をあげたくば某を討ってみよ」
俺がそう叫ぶと敵兵の目の色が変わった。視線を四郎から俺に移し、見定めるように凝視し出す。
上手くいった。全く単純な奴等だ。もう奴等には四郎の存在など頭から完全に消えているかのようだった。
爺様の形見の刀を握る手に力が籠る。大丈夫だ。爺様にも父上にも厳しく育てられた。こんな奴等に後れを取っているはずがない。
全員の得物と武具を見極めるように凝視する。
面倒なのは馬に跨る者と弓矢を持つ者だろう。俺の傍を抜けられてしまったら四郎まで一直線だ。身に危険が及んでしまう。先にこいつ等を的にするべきだろう。
爺様の形見の刀を正眼に構える。陽の光に照らされ刀身に白濁した光がまとわり付いた。
「なるほど、不気味に輝く刀じゃな。ただの得物ではないようだ。名のある刀剣とみた。本当に大将首のようじゃな」
爺様と共に大きな戦を経験した刀だ。俺にとっては眩いばかりの光だが、敵から見ると不気味な光に見えるのだろう。
俺が幾つの時の出来事だっただろうか。幼い頃、この刀を勝手に抜こうとして、えらい叱られた時のことが頭の中に浮かんできた。
「見たいのなら儂と一緒の時でないと駄目だ。必ず言ってからにするんじゃぞ」
えらい叱られた後、そう言って爺様は優しく微笑んでくれた。子供が遊び道具にするには危険な代物。それ故、厳しく叱ったのだろう。
俺を抱え胡座の上に座らせると、刀を抜き手入れをはじめる。光り輝く刀身の美しさに心が奪われた記憶がある。
手入れを終えると俺に持たせてくれた。重くて長い間持っていられなかったように覚えている。
俺たち家族の記憶が染み込んでいる刀。家族を守り続けてくれた刀。持っているだけで体の中から力が湧き上がってくるような気がした。
剣術は爺様や父上に昔から仕込まれていた。腕には自信がある。呼吸を整え間合いをはかる。立ち合いは全て間合いで決まると教えられていた。
槍は柄が長い分、間合いを取りやすいが、懐に入り込んで仕舞えばこちらに分がある。一気に間合いを詰め斬り伏せ、弓矢の男に迫る。
弓矢は近距離では戦えない。近付くことさえできれば勝負は決まりだ。後はどうにでもなる。先程の動きを見た限り、それ程機敏な動きをしている者はいなかった。
切先に神経を集中させる。
俺は一気に間合いを詰めると、飛び上がった。飛び上がると同時に一人の騎馬武者に向かって刀を斬り上げた。体を回転させもう一人を薙ぎ払う。
空中で身を翻し落下と同時にもう一人を斬り捨て、弓矢の男の前に着地すると刀を斬り上げた。
「なんじゃ、今の身のこなしは」
瞬時に四人も斬り捨てられたのを見て、刀の柄に手を掛けながら五人は後退りする。
なんていう斬れ味なのだろうか。敵兵が纏っている鎧を物ともしなかった。
馬に跨る者は馬から叩き落とせれば良い、弓矢を持つものは弓を使えなく出来れば上出来だと思って踏み込んだ。
結果は予想を遥かに超えてきた。全員鮮血を上げ横たわり動かなくなっている。
馬から叩き落とそうと思ったので、体勢を崩す為体の中心を狙い刀を振るった。振るった刀は騎馬武者三人の鎧を物ともせず胴を斬り裂いた。
弓矢の者の前に着地すると俺の攻撃を防ごうと思ったのだろう。弓を突き出してきた。
弓を使えなく出来ればいいと思って振るった刀は、弓だけでなく纏っている鎧ごと斬り裂き致命傷を与えた。
これが爺様の形見の刀の威力か。
刀身に目を向ける。確かにこんな代物、子供が一人で触って良い訳がない。そう思った。
「貴様、もののけの類か」
先程までせせら笑っていた敵兵の表情が凍り付いていた。俺が視線を向けると身の危険を感じたのか全員、次々と抜刀していく。
刀を構えた様は無様だった。完全に腰が引け、眼球は小刻みに振動し、刀を持つ手は強張っている。
何だこいつら素人か?貴様等は島原の地を守る兵士だろ、そんなに力が入ってしまっていては、臨機応変に対応出来ぬぞ。
四郎は無事だろうか?無事に村まで辿り着けたのだろうか?
他に見張りの者がいないとよいのだが気になる。こんな腰の引けてる奴等など相手にしている場合ではない。
一気に間合いを詰め懐に入り込み、一人を斬り上げる。隣の者が斬り下ろしてきたところを半身になってかわし袈裟斬りにする。
其奴の体を蹴り飛ばし自分の体を重ねるようにして、相手の視界から隠れながら間合いを詰めると、後方の者の首へ刀を突き立てた。引き抜くと同時にもう一人を薙ぎ払った。
「鬼じゃ、貴様は鬼じゃ」
最後の敵、目を見開き驚き止まっている者を容赦なく斬り捨てた。
「鬼は貴様等だろ。俺達からどれだけ大切な物を奪ったと思っているんだ」
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