第七話 島原兵に見つかる

 雨は上がり厚雲の中から晴れ間が見えるようになってきていた。陽は天高く登り、すり抜けていく風からはやや暖かみが感じられる。

 一定の間隔で繰り返される蹄の音が、妙に私の心に馴染んで急ぐ気持ちを落ち着かせてくれていた。


 馬との相性がいいようだ。


 深江村に近づくにつれ無数の破裂音がはっきり聞こえるようになってきた。破裂音が連続して響き渡り、破裂音と破裂音の間隔は短い。激しい戦闘となっているのだろう。


「大丈夫だ。撃ち合っているってことは全滅していないってことだ」


 確かに応戦しているってことは、深江村はまだ島原兵に制圧されていないということになるのだろうが、一発の破裂音が響くたびに誰か村人が犠牲になっているのではないかと考えるといたたまれない。


「うわっ、これは想像以上じゃねーか」


 状況が見渡せる高台に到着すると大蔵が絶句し声を上げた。島原兵が村の中心部にある一つの屋敷に向かって、無数の銃弾を浴びせかけている状態だったのだ。

 激しい戦闘になっていると思っていたのだが、違っていた。無数に聞こえていた銃声はほぼ全て、島原兵側から放たれているもののようだった。


「いったい何人で何人を取り囲んでんだよ。一方的じゃねーか」


 交戦しているとは言い難い状況だった。まさに一方的。少なく見ても島原兵は二百人はいる。

 旗がひしめき合い百人の兵で取り囲み、五十人ほどが中央の屋敷に向かって銃撃し五十人ほどが村の家々を壊している。


 五十人ほどで銃撃してはいるが村人が籠っていると思われる屋敷の壁が頑丈で、思うような成果が得られないでいるのだろう。家々を壊し少しずつ目的の場所に近づいて行っている。


 一網打尽にされるのも時間の問題だろう。


 罠を張って迎え討っていると聞いていたが、罠を張る前に進軍されてしまったのだろうか、それとも罠など無用の長物と化してしまったのだろうか。

 

 そもそもこのような状況で生き残っている者などいるのだろうか。


「四郎、見てみろ。反撃しているぞ」


 大蔵が指し示した方向に目を凝らすと、壁の隙間から銃を出し撃ち返していた。


「少なくとも一人は生き残っているみたいだな」


 楓なのだろうか、楓が一人で二百人の兵を引きつけているのだろうか。全く馬鹿げた話だ。

 数十発撃ち込まれた後に、一発撃ち返えす。数十発撃ち込まれた後に、一発撃ち返すのを繰り返している状態だった。


「あいつら弄んでいるのか?」


 押し込もうと思えば一気に押し込めそうなのに、それをしないでいるように見えた。


「いいや違う。彼奴等腰抜けの集まりみたいだ」


 大蔵がそう指摘してきたので理由を説明してもらうと、銃撃されるたびにいちいち大袈裟なくらいに自分の身を隠すようなそぶりをしている。


 大勢で一気に押し寄せれば一揉みにできるのだろうが、先頭の一人は間違いなく相手側から銃撃を受けることになるだろう。

 その一人になりたくないので、全員で二の足を踏んでいる状態になっているんじゃないかと予想してきた。


 だから家々を壊し、身を隠す場所を確保しながらちょっとずつ近づいて一斉射撃をして、事を片付けたいと思っているのかもしれない。


「大蔵、どうしたらいいと思う」


 このような状況下で救い出すことなど可能なのだろうか。


「取り合えず裏手側に回ろう。裏手側から家々に身を隠しながら屋敷に近づこう」


「ぴぃーーっ」


 裏手側に回ろうとした時、矢が音を響かせながら上空へ打ち上がった。


「鳴り鏑矢か、不味い、見つかった」


 上空へ矢が上がったと同時にこちらに向かって一本の矢が飛んできた。矢は馬の臀部に突き刺さり、馬は痛みに驚き跳ね上がる。


 私達は弾き飛ばされ地面に叩きつけられた。


 と、思ったが大蔵が私の体を抱き止めてくれていた。


「大蔵」


 馬に弾き飛ばされた瞬間に身を翻し、私を抱え地面に着地したというのだろうか。それともたまたまその態勢になっただけなのだろうか。


 ともかく大蔵のお陰で馬に弾き飛ばされてしまったというのに、なんの怪我もすることなく済ませる事ができた。

 馬は後ろ足を跳ね上げながらこの場から徐々に遠ざかって行く。矢は初めから馬を狙ったものだったのだろうか、それとも私を狙ったものが外れたのだろうか。


 馬に対し申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「不覚だったな。こんなところにまで見張りがいるとは」


 大蔵は鋭い目で敵を睨みつけ、動きを封じながら私の体をゆっくり地面に下ろしそう言った。


 いつの間にか三名の騎馬武者が駆け付けて来ていた。それと数名の武者がこちらに駆け寄って来ているのが見える。


「敵は多くない。村まで走れば何とかなるかもしれない。走れるか?」


「大丈夫だ」


 体を見渡す。怪我もないし、痛むような箇所もない。大丈夫だ走れる。


 敵は九人、馬に跨り槍を持つ騎馬武者が三人、弓矢を持つ者が一人、他に五人いる。五人は余裕でいるのか何なのか刀も抜かずにこちらを見ながらせせら笑っていた。


 せせら笑いながら両手をいっぱいに広げ、逃げ場をなくすように広がっていく。大蔵は私を背に隠したまま右、左と突破口を作ろうと動き回る。

 敵と一定の距離を保ちながら、周囲を回るような感じの動きへとなっていった。私の体を敵から隠すようにしながら敵の周りを小走りするようになっていく。


 大蔵が右に左に動き回るので、広がっていた敵は一塊になっていく。


 敵、大蔵、私、そして真後ろに深江村の屋敷がきて一直線になった時、大蔵は叫んだ。


「走れっ」


 私は村へ向かい全速力で走り出した。

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