第六話 ともに深江村へ

「皆の者ー、聞いてくれー」


 大蔵の声が響き渡る。


「我々はこれから島原城に向かう。島原の民達が作り上げた好機、必ずものにするぞーっ、気合い入れていけよーっ」


「おぉーっ」


「我々の目的を忘れられるなーっ。身を投じることによって天の楽園に行けるとは誰のために身を投じるのだーっ。現世の御子様の為にだろーっ。この地に安息地を作ることこそ、其方達の役目だとお考えなされよーっ」


「おぉーっ」


「御子様がゆるりと出来る安息地を確保すべく尽力をされた者には、でうす様のご加護により生涯にわたって安息が確約されるであろう」


「おおぉーっ」


 考えとは私がいなくても目的を与えれば、士気が高まるということだったのだろう。大蔵の演説により皆の士気は高まったようだが、こまかく言葉を咀嚼すると、ちょっと何を言っているのかよく分からない。が、大蔵が感情を込めた言葉に皆は心を震わせたようだった。


 皆、やる気に満ち溢れていた。


「これで四郎がいなくても皆、四郎のためだと思って高い志を持って頑張ってくれるだろう」


 大蔵はどうだと言わんばかりに胸を張り高々とそう言った。


「頑張ってくれるのはいいが。これだけ士気が高まってしまえば無謀ともいえるような攻撃をしてしまうのではないか?」


 城攻めは難しいので無理ない程度にするんじゃなかったのかと父上の指摘が入る。


「それに安息地ってどこじゃ?原城じゃなかったのか?今の演説だと島原城に聞こえたぞ」


 宗意殿も追従する。


「あーぁ、これはいっぱい死ぬな。いっぱい死んだら大蔵殿は責任を取って地獄行き確定だな」


「えーっ、いや、そこは老功の皆様が上手く舵取りをして下さいよ」


「何じゃ、結局最後は我々の力頼みか」


 大蔵はそこはお願いしますよと卑屈になりながら言っていた。全て自分で抱えようとはせず、任せられるものは任せることにする。大蔵らしい解決方法だなと思った。

 大蔵と宗意殿が初対面した時は険悪な雰囲気だったのに、随分と馴染んだ関係になったものだと思い、思わず笑いが溢れた。


「それより大蔵、我々は向かわなくて良いのか?」


 父上もその光景に微笑んでいた様だったが、まだ大蔵の真意が読めずそう問いただした。


「大丈夫です。むしろ邪魔だから来ないでください」


「何じゃとー」


 助けに向かうのであれば一刻の猶予もない。急がねばならない。年配の方を連れて行けばその脚力に合わせなくてはいけなくなる。いると足手纏いになると考えての言葉だったのだろう。


 大蔵としての気遣いからなのだろうが、もう少しやわらかい言葉で言えば良いものの。


「こっちは足を使う仕事になるでしょう。足が弱ってる年寄りは邪魔です。そっちで頭を使って手柄を立てていて下さい」


 全く遠慮というものを知らない奴だ。大蔵らしい激励なのだろうが、父上達はすっかり頭に血が昇ってしまったようだ。


「大蔵殿、四郎様とお二人で向かわれるのは危険かと」


 新兵衛は頭に血が昇っている父上と宗意殿を制しながらそう声をかけた。


「大丈夫だ。それにも策がある」


 戦になれば大将首を狙うのは当たり前。大将首を取って仕舞えばそこで戦は終わりとなる。警護の者が少なくなれば危険も増すこととなる。しかし大蔵はそれも大丈夫だと言い放った。


「策とは?」


「俺が四郎の格好をする」


 何を言っているのだと思ったのだろう。三人は呆気に取られた顔をしていた。


「彼奴等は四郎の顔など知りません。俺が四郎の格好をし天草四郎だと名乗れば俺を狙ってくることでしょう。四郎に普通の村人の格好をさせておけば、わざわざ人手を割いて狙ってくるとは思えません」


「なるほど妙案だな。だがちと心配がある」


 宗意殿は腕組みをし大蔵を頭から足先まで舐め回すようにじっくりと見だした。大蔵はその視線に慄き一歩、二歩と後ずさりする。


「何ですか?」


「お主のような貧相な奴を見間違えるかのう」


 意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。


「何だって、誰が貧相だっ。どう見たって身分の高いお殿様だろっ」


「あははは、儂等を年寄り扱いした仕返しじゃ」


「そうですね、貧相で阿呆の野猿顔ですね」


「いいや、貧相で、阿呆で野猿顔の馬鹿たれ者じゃ」


「何だとっ」


 大蔵がいるといつもこうなる。緊迫している状況だというのに皆、何故か陽気な気分になってしまう。明朗な大蔵の性格がそうさせているのかもしれないが、本当に困ったもんだ。


 大蔵は私の着物の替えを取り上げると新兵衛にも着るよう促した。


「自分も着るのですか?」


「お前、それ着て島原城に向かえ」


 新兵衛はしばらく着物を見つめたまま固まっていたが、自分がこの着物を着る意図が分かると大声を上げた。


「それでは自分が敵の的になってしまうではないですか?」


「そうだけど何か文句あんの?」


 大蔵は全く表情を変えずそう言い切った。要するに新兵衛に私の身代わりになって島原城に向かえと言っているのだろうが、新兵衛は敵の的になるようなことはしたくないと思ったのだろう。言い争いとなる。


「自分が一番危険じゃないですか?」


「そうだよ。だからやれって言ってんじゃん。お前が死んだって、我が隊には何の影響もないし」


 大蔵の心ない言葉に新兵衛は絶句してしまっている。これには父上も宗意殿も腹を抱えて笑い転げてしまった。


「大丈夫だ。お主なんか死んでも何も問題ない」


 そう言って再び大蔵は無表情で私の着物を着るよう新兵衛に差し出した。


 酷い。そのやり取りを見て私も笑い転げてしまった。


 本気で言っている訳ではないのだろうが、続いた大蔵の心無い言葉に新兵衛は大きく目と口を見開いたまま固まってしまっている。


 これから戦場へ向かうというのに緊張感の無い奴等だ。困ったもんだ。


「四郎様、これをお使い下さい」


 そこへ一人の者が馬を引いて近づいて来た。


「お主は旗頭じゃ。旗頭が馬に跨るのは当たり前じゃろ」


 どうやら父上が島原の地に赴いた時のために、予め用意してくれていたようだった。急ぎの用があっただけに本当にありがたい。


 私と大蔵は着物を交換する。すると、また似合わないだの、衣装に負けているだの、中身が伴ってないなど散々言われていた。


「畜生め、現世に現れた勇敢で偉大で英雄豪傑の大蔵様に向かってなんて言い草だ」


 そういうこと言うから揶揄われるんだよ。と、思ったが大蔵の良い個性なのだろうと思いそのままにしておくことにした。


「大蔵ー、早く乗れ、飛ばすぞー、振り落とされるなよー」


「ちょ、ちょ待て、待て、どうしたんだよ。いきなりやる気出しやがって」


 慌てて飛び乗ってきた大蔵の鼓動が背中から伝わってくる。私に急いでしがみついたからなのか、それとも高揚しているからなのか、どちらにしても大蔵の存在は私に勇気を与えてくれた。


 大蔵が一緒にいてくれるのならどんな苦難でも乗り切れられる。そんな気がした。


 もう前へ突き進むのみ。


「行くぞーっ」

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