第九話 大豊作そして四郎の決断

「大蔵殿、大蔵殿見られよ、この田畑の様子をっ」


 俺の予想は的中し大豊作となった。たわわに実った稲は大きく頭を垂れ、風が吹くたびに大合唱している。その光景に村は愉悦に浸っていた。


 雨の少ない夏だった。雨の降らない日々が続き、村人達は作物の成長を眉をひそめながら見守っていた。

 虫が付かないよう見て回り、雑草に水分が奪われないように抜いて回り、無事に成長するよう祈りを捧げる。


 その作業を毎日繰り返し、ようやく無事に実りの秋を迎えることができた。


 喜びもひとしおだった。村中のどの人に出会っても両手を上げられ、称賛の言葉と共に迎えられた。陰々とした雰囲気で覆われていた村が希望で満ち溢れていた。


「良かった。本当に良かった」


 四郎、これなら戦にならなくて済むかもしれないぞ。人々の表情は一様に明るい。これなら宗教に救いを求める必要はないかもしれない。

 毎日、飯を腹一杯食べられる。それだけで十分幸せなはずだ。幸せを感じることができれば宗教に救いを求めないはず。


 宗教にのめり込んでしまうから片意地を張ってしまい悲劇を生んでしまうのだ。


 やってやったぞ。俺の勝利だ。


 今年も暑い夏だった。雨の少ない夏だった。通常通りの作付けであれば凶作だったであろう。しかし違う結果を出せた。見事に当ててみせた。


「やっほぉーーい」


 思わず拳を突き上げ高く飛び上がり奇声を発してしまった。気持ちを抑えることができずそのまま村外れまで駆け出した。


 村外れまで来たところで再び奇声を発してしまう。その声に驚いたのか、少年がむくっと立ち上がりこちらに驚きの表情を向けてくる。

 こんなところに人がいるとは思わなかった。恥ずかしくなり真っ赤になってしまった耳を抑えながら来た道を戻り家路につく。


 家に帰ると村中の人達が豊作となった作物を、満面の笑みを携え感謝の言葉と共に持ってくる。代わる代わる持ってくる。隣の村からも、その隣の村からもやってくる。


「ご子息は本当にご立派で、誠に御聡明でありますな」


 父上、母上も俺が口々に褒められるので上機嫌のようだった。皆の明るい笑顔が見られるのは本当に嬉しかった。幸せな気分だった。このままの状態がずっと続いてくれれば良いと思っていた。


 しかしそれは続く事はなかった。


「お役人様、お役人様、どうか、どうかご容赦下さい。全て持って行かれてしまってはもう冬は越せませぬ」


 父上は役人達に懇願していた。いつも気高い父上が、なりふり構わず懇願していた。家族を守るため、村の人達を守るため懇願していた。


「五月蝿い」


 役人達は父上を棒を使い突き飛ばす。そして、何度突き飛ばされても諦めない父上を棒で動けなくなるまで打ち据えた。


「大蔵、駄目じゃ。大蔵、我慢するのじゃ」


 打ち据えられている父上の姿に、怒りで体を震わせて飛び出さんばかりの勢いの俺を、母上は必死に止めていた。


「よいか、貴様等は今までどれだけ滞納していたと思っているんだ。七年分だぞ、七年分。何が全てだ。この量では去年の不足分にも足りておらぬわっ」


 役人は父上の顔前に帳簿を突きつけ厳しい口調で詰る。


 どう見ても通常の倍の量を取り立てているように見受けられる。明らかに役人の行為は異常だった。

 母上の腕を振り払い役人達を叩きのめすこともできたが、栄養状態の悪い母上の腕を力尽くで払い除けてしまったらどうなってしまうのだろうか。そう考えると払い除ける事はできなかった。


「我慢じゃ、我慢せー」


 父上も爺様と同じように大きな体格をしている剛腕の持ち主だ。本気を出せば役人達など一捻りだろう。

 でも父上はそれをしようとはしなかった。役人達に逆らって仕舞えば、どのような結果になってしまうか分かっていたからだ。役人達に打ち据えられ続けても耐え続けている。


 何度打ち据えられても父上は諦めないでいた。皆が笑顔で持ってきてくれた作物を少しでも残していってくれるよう懇願し続けている。


 俺はもう見ていられなかった。


「今年取り立てられなかった分は来年必ず取り立てる故、心せよ」


 痛みで遂に動けなくなってしまった父上に容赦のない言葉まで浴びせかけてきた。来年も豊作だったとしても同じことをする気でいるというのだろうか。


 鬼だ。


 役人達のその様子は地獄の鬼の姿そのものだった。悪鬼にしか見えなかった。


 笑顔で溢れていた村が再び陰々とした雰囲気へと戻っていく。


 やはり止められないのか。


 何故ここまで厳しい取り立てをするのだろう。全て持っていって仕舞えば死んでしまうではないか。役人どもは俺達の命などどうでも良いと思っているのだろうか。


 役人達は村から全ての食糧を奪っていった。隣の村からも隣の隣の村からも全て奪っていった。


 このままでは皆、死んでしまう。


 俺はいつもの泉に向かった。四郎はいるだろうか。俺にはこの流れ、止める事はできないようだ。

 皆を飢えた生活から解放することができたと思ったのに。幸福を与えてやれたと思ったのに。


 役人どもが全て奪っていった。


「すまぬ」


 俺が近づいてきた気配を察したのか、到着と同時に泉の真ん中で立ちすくんでいた四郎が声を掛けてきた。


 何も話していないというのにこちらの状況などお見通しということなのだろう。


 今日は沈む事なく水面に立ち続けている。


 相変わらず四郎が存在するというだけで景色は一変し、神秘的な空間となっていた。

 西日が差し込み水面を赤く染め上げていく。四郎から発せられた気が炎となり波紋状に広がっていっているように見えた。


「何故、四郎が謝る必要があるのだ?」


 何を思い水面に立っているのだろう。


「この流れ、神の思し召しなのかもしれない」


 目の前に立っている四郎はいつもと明らかに違う雰囲気を醸し出していた。


「大蔵、私は決意した。戦を起こす」

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