第十話 甲賀忍者動く
「お頭、大収穫ですな」
今年は暑い夏だった。雨は少なく日照り続きだったが、湧水が豊富なこの里は無事に実りの秋を迎えることができた。これでまた一年、平穏な生活を送ることができる。
戦という戦がなくなり二十年余り、忍者として戦働きができなくなったいま、田畑の実りは我々の生命線となっていた。
秋のこの時期は忙しい。食材を天日干しにして自然乾燥させ乾物を作ったり、野菜を塩や米糠、味噌などで漬け込んで漬物を作らなくてはならない。
たわわに実った食材を抱え帰路につきながら作業工程を頭に思い浮かべる。
「お頭ー、終わったのであればこちらも手伝ってくださいよー」
田んぼの脇を通りがかると若い衆が声を掛けてきた。三人掛かりで朝から作業しているのにまだ工程の半分も終わってないようだった。
「何しておる、術を使え、術を」
「さっきからやっとるんですが、上手くいかんのです」
甲賀の里で鍛錬を続けている者は十名ほどで最近は皆、鍛錬に身が入っていない。
特に大きな戦を経験していない若い衆は、農作業の片手間に遊び半分で鍛錬を続けている程度だった。
だが、それで良いと思っている。今は太平の世。今後は人同士が殺し合いをするような世の中にならないで欲しいと切に願う。
拙者等の存在などこれからの世には必要無い。
「仕方のない奴らだ。手本を見せてやるからしかと見とくのだぞ」
胸の前で指を組み、人差し指だけを立てる。念を込め気合いと共に解き放った。
「忍法、かまいたちの術」
「おーっ」
刃と化した拙者の念は稲を根本から切り倒し次々と刈り取っていく。熟練した忍術を見た若い衆は驚きの声を上げ賞賛していた。
「流石お頭」
「憧れるなー、拙者もかまいたちの術を使いこなせるようになりたい」
「でもお頭、田んぼ中に稲撒き散らせてしまったら稲木どこに立てるのですかー?」
刈り取った稲は自然乾燥させなくてはならない。乾燥させるため、稲を束ね棒などに立てかけておかなくてはならないのだが、田んぼ中に稲が散らばってしまいその棒を立てる場所が無くなってると不満げに言ってきた。
「それくらい自分達で致せ。働かざる者は食うべからずじゃぞ」
拙者に怒鳴られると若い衆は田んぼ中に広がった稲を渋々片付け始めた。全く生意気な奴らだ。だがそれもまた良い。
これからの世は全てが平等でなくてはならない。
「お頭は甘すぎます」
年配者の一人、鵜飼がそう進言してきた。十名の中に年配者は拙者も含め六人いる。拙者が甘いから継承者が育たないでいるのかもしれないが、それで良いと思っている。
これからは忍術使いが必要のない世界になる。
「終わるまで放っておけば良いのですよ」
「そう言うな」
「もっと厳しく鍛え上げれば良いのですよ」
「ならお主らも序でに鍛え直そうかの」
若い衆に対し意地悪く言っているので、意地悪く返してやるとどいつもこいつも視線を逸らし目を合わせようとしなくなった。
汗を掻き体を動かす鍛錬は皆毎日欠かさず行なっているが、忍術の鍛錬は精神的な苦痛を伴うので皆真面目に取り組もうとしない。
拙者以外の年配者は、忍術を今でも巧みに操れる状態なのか甚だ怪しいものだった。
だがそれもまた良い。
「お頭」
家に帰り一人になったところで声が聞こえてきた。声の大きさは小さいのに妙に聞き取りやすい声。特徴的なこの声の主は一人しか思いつかなかった。
「夏見か」
「はっ」
夏見は十名いる中で唯一真剣に鍛錬を続けている忍者だった。若い頃、大阪で戦を経験し自分の非力さを知ってから向上心を高く持ち続けている。
高く持ち続けた向上心のお陰で、今では屈指の実力者となり誰にも劣らないとの自信を持っていた。
その自信故、今の実力があれば仕官することも可能なのではと考え、働き場を探し日ノ国中を飛び回っていた。
「島原に不穏な動きがあるようです」
今でも全国に情報網は張り巡らせてあるので聞き及んでいる。島原、唐津藩では切支丹への弾圧は常軌を逸し、民に苛烈な年貢を強いていると聞く。
民の不満はいつ爆発してもおかしくない状態だとか。
仕官を望んでいる夏見としては戦が起こることは願ってもないことだろう。戦が起これば手柄を上げることができる。しかし何故そのようなことを報告に来たのだろうか。
「してどう動く?」
夏見の真意が読みきれなかったので当たり障りのない返事を返した。
「はっ、引き続き動静を探ろうかと。お頭はどうされますか?」
夏見の気配はこの好機を逃すまいと高揚しているように感じられた。
お頭はどうされますか?と問うてはいるが、実際は一緒に行きませんか?と言いたいのだろう。
共に手柄を立てて、仕官しましょうと誘っているのだろうが、拙者には夏見のような若さはもうないし、今更仕官する気もない。里でゆるりと生涯を終えるのも良いと考えている。
「もうしばらくここで様子を見る」
「承知いたしました。他の者には」
「拙者から話しておく」
拙者は里の暮らしに慣れすぎた。今更戦働きで生きていこうとは思っていない。しかし他の者達、特に若い衆は夏見の報告に強い関心を持つことだろう。
鍛錬に身の入っていない若い衆も身を入れ、真剣に取り組んでくれるかもしれない。忍術を若い衆に伝えるのにはうってつけの状況かもしれない。
しかし、戦が起これば大勢の人が亡くなる。
拙者はそれを望まない。
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