第七話 武家諸法度

 同志の訃報を受け、しばし場は乱れてしまっていた。皆、感情論で話し出し討論する場とは縁遠い雰囲気になってしまっている。


「皆、落ち着かれよ。これでは何も決まらぬ」


 場が落ち着き始めたところで大蔵の意見を聞いて欲しいと促す。


 私の言葉で、その場の全員の視線が大蔵に集中した。私と同じくらいの知謀の持ち主だ。と、言ったので皆の期待は高まっているのだろう。

 大蔵は自分に刺さるような視線が集中しているので、居心地の悪さを覚えたのか、咳払いをしてから話し始めた。


「島原、天草で一斉に蜂起し、長崎に向かい伴天連の援護を受け幕府と対峙するとのことですが、これは危ういと思われます」


「ほう。それは如何してかな」


 その言葉に白髪の眼光の鋭い浪人が、怪訝そうな顔をして大蔵を問いただした。


 森宗意殿だった。宗意殿は父上と同じくこの場の指導的立場にいる者の一人だ。宗意殿が怪訝そうな顔をしたので、その場の雰囲気が一気に淀んだ状態へと変わった。


 謀議を重ね決めていたことだ、これ以上の名案があるなら言って見せよ。とでも思ったのだろう。


 「宗意殿、そこまで烈しい目を向けられ射すくめてしまわれては萎縮してしまいます」


 家主の渡辺小左衛門殿が諌めるように口を挟んだ。小左衛門殿は庄屋だ。村人の生活に深く関わりを持つような、比較的穏やかな性格をしている。

 それに対し宗意殿は父上と同じ武家の出、猛々しく感情の起伏が激しい性格をしている。


「すまぬ。続けられよ」


 小左衛門殿の指摘に幾分、表情を緩ませそう言った。


「宣教師の中にも不逞の輩は少なからずいます。政治に介入しようとしたり、戦を裏で操ろうとしたりする者がいると聞いてます。中には人身売買のような事をする輩もいるとか。それらのことが伴天連追放令に繋がったと聞いています」


「ほぉー、なるほど、博識でございますな」


 体は大きいが顔は幼い。年若い故、世の中の情勢の事など理解していないだろうと思っていた大人達は唸り声を上げた。


「して、そのことのどこが危ういのかな。それは一部の輩の話のはず」


 再び宗意が射すくめるような視線を送るようになった。


 大蔵の案は間違いなく名案だった。私にそう言われたのもあり自信があるのだろう。大蔵は気にすることなく話を進める。


「一部とはいえ、そういう輩がいる以上、その者達に命を預けるのは危ういと思われます」


 島原、天草で一斉に放棄したとしても、幕府と対峙して仕舞えばたかが知れている。一捻りにされ終わってしまうことだろう。


 幕府と対峙した時のことを考えると、我々にはどうしても後ろ盾が必要となる。そこで考えたのが伴天連の存在だ。

 切支丹弾圧に抵抗するために立ち上がったと言えば、きっと力を貸してくれることだろう。そう結論づけていた。


「確かに理にかなっている。なら如何するのが良いとお考えで」


「はい、原城に籠城し迎え撃つのが適策かと」


「原城だと?」


 原城とは一国一城制度により放置されてしまっている、島原城南方にあるお城だ。大人達は思いもしない案だっただけに良案なのか愚案なのか判断しかねているようだった。


「大蔵殿、籠城するのであれば何も原城ではなく島原城、富岡城を攻め落としそこで籠城すれば良いのでは?」


 そこまで何も言葉を発せずにいた山田右衛門作殿が口を挟んできた。大人達は賛同する声を上げていく。


「確かにどちらかを落城させ籠城できるのが適策かもしれません。が、城攻めは難しい。城攻めを強行すれば多くの民が血を流すことになります」


 先程まで遠巻きに聞いていた大人達が、大蔵のそばまで寄って来て食い入るように話を聞き出した。

 世の中の情勢も戦も知り得ないだろうと思わる年若の大蔵が、絵図を描きながら話すので徐々に引き込まれてしまっているのだろう。


「でうす様の御教えでは身を投げ打つことで死して天の楽園にいけるとある。我々は死など恐れはせぬ」


「知っています。でも多くの人の死は、現世にいる御子様が望んでおりません」


 右衛門作殿の言葉を一刀両断にすると大蔵は私の方に視線を向けた。その場の者達が誘われたかのように一斉に私の方に視線を向ける。


 伴天連が協力しないこともあり得るし、協力したとしても不定の輩によって内通者が出るかもしれない。もしそうなってしまったら何の成果も出せずに全滅してしまう事だってあり得る。


 なら、始めから我々のみで対峙することを考えるべきだと大蔵は言い切った。


「はーっはっは。右衛門作殿こりゃー、一本取られましたな」


 父上が右衛門作殿の肩を叩きながら高笑いを上げた。


「大蔵殿、お主の策もっと詳しく聞かせてはくれぬか」


 もう宗意殿の目には敵愾心は宿ってなかった。


「はい、まず島原城、富岡城を攻めます」


「攻めるとな?」


「攻めるのはあくまで意思表示ためと陽動のためです」


「陽動じゃと?」


「はい、陽動です」


「城攻めは本腰で攻めるのではなく適度に攻める程度で、主目的は島原藩、富岡藩の兵糧を奪い原城に運び込むことです」


「なるほど。しかし、それでも籠城が長引いてしまえばいずれ兵糧は尽きてしまうぞ。後詰は必ず必要になる」


「心配ありません。此方には四郎様がいます」


 皆の手前そう呼んだのだろうが、大蔵に様付けで呼ばれたことにこそばゆさを感じる。


「四郎様の奇跡により、兵糧はいくらでも取り寄せることができます」


 遠くの物を取り寄せることができると言ったことを言っているのだろう。しかし兵糧のような重い物など取り寄せたことはない。大蔵の言葉に一抹の不安を覚える。


 鍛錬せねばならないことが増えてしまった。


「我々がいくら切支丹弾圧を止めて欲しい、徳政を認めて欲しいと言っても松倉、寺沢両藩主は聞き入れてはくれません」


「ならば幕府に直接直訴するしかありません」


「武家諸法度という御触れはご存じですか?武家諸法度のお陰で隣国の大名は隣国で起こった諍いに幕府の指示なく介入することはできません」


「我々が蜂起すれば必ず幕府が介入してきます。その時こそ我々の実情を直訴し現状を打開させる好機です」


 大蔵の話を遮る者はいなくなっていた。水を得た魚のように活き活きと発言するようになり止まらなくなった。


「もし幕府が介入してこなかったら如何する」


「その時こそ好機です。原城を中心にし切支丹の国を作りましょう」


 おぉーっ。と称賛の声が上がっていく。


「幕府が介入して来ないのであれば、その間に全国の切支丹信仰者を集め、防備を固めてしまい切支丹の国を作りましょう」


 再び大きな称賛の声が飛びかった。


「大蔵殿、先刻の態度失礼した。なるほど四郎様にも負けぬ御仁のようだ」


 両藩主への直訴は諦め、幕府を誘き出し直接直訴する。幕府が誘き出されなかった時は、国を作ってしまいましょうとは、全く大胆な発想じゃて。


 誘い出せても誘い出せなくても、どちらでも好機になるような策を持ってくるとは、これは参ったと口々に称賛されていた。


 称賛され続けている大蔵を見て我がこと以上に嬉しくなった。


 この場に呼んで本当に良かった。

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