第六話 密談
私を上座に座らせ、父上と数名の浪人達が今日も密談を重ねていた。
藩による切支丹の者への厳しい弾圧と、凶作だというのに厳しい年貢の取り立てが続き、人々は我慢の限界を迎えていた。
一斉蜂起。
島原の者達と天草の者達とで申し合わせをし、一斉に蜂起する。その機運は高まりつつあった。
この流れはもう止められない。
人同士が殺し合いをするなど切支丹を信仰する者として、決して承認できるようなことではない。
しかし、このまま何も動かずにいる訳には、いかない状況になってしまっている。
「して、その者は?」
見知らぬ顔がいるので不思議に思ったのだろう。この屋敷の主人、渡辺小左衛門殿が大蔵のことを指差した。集まっていた大人達の視線が、大蔵を食い入るように見つめ出す。
「私の友人です。この者は私に負けない程の知謀を持っています。是非、謀議に参加させたく連れて参りました」
おぉー、という声が上がった。
「四郎様に負けぬ程とは、期待が持てますな」
大蔵は百姓だが爺様は武家の出、規律正しく育てられたのだろう。凛とした佇まいと大きな体格から直ぐに一目置かれる存在となった。
大蔵が誉められているところを見ると何故か自分も嬉しくなった。まだ数回ほどしか顔を合わせたことのない存在だというのに、私は既に大蔵に惹かれていた。
「四郎ーさまー、四郎ーさまー」
謀議を始めようと思った時、小左衛門殿の付き人の方の甲高い声が響き渡った。私はこの声が響く瞬間が嫌いだった。決まって訃報を告げるものだったからだ。また切支丹の同志が残忍な方法で処刑されてしまったのだろうか。
「今度はどうした」
荒々しく飛び込んできた付き人の背中を、小左衛門殿が優しく摩り落ち着くよう促す。しかし、しばらく摩り続けているというのに、なかなか落ち着きを取り戻すことができない様子だった。
錯乱し続けている。歯切れの悪い言葉を発し続け、分別を失っている状態のようだった。
胸が苦しくなる。
「何を言っているのか分からん。とにかく落ち着け」
「落ち着いてなどいられません。棄教を拒否した同志が簀巻きにされ、火をつけられ焼き殺されたのですよ」
「なんじゃと」
なんと、酷いことを。私は目を瞑り、天を仰いだ。
絶句していた。その場にいる全員が唖然とし、あまりにも酷過ぎる仕打ちに息を呑んで失望していた。
「しかも、しかもですよ。役人達は火を付けられ苦しみもがいている様を見て、踊りを踊っているようだと、せせら笑っていたのですよ」
『ばこっ』
父上が怒り任せに拳で床を叩いていた。それに呼応するかのように皆、床に臥せ怒りの声を上げる者や、泣き出す者まで出始めた。
「四郎、もう止めるでないぞ。増え続ける同志の死を、このまま黙って見ている訳にはいかぬ」
父上の目は血走り、怒りで満ち溢れていた。この目を向けて見てくるのは何度目のことだろう。回数を重ね過ぎて全てを思い出すのに苦労しそうなほど繰り返されていた。
「父上、下島の村々はまだ回りきれておりません。もうしばらく、もうしばらくお待ちください」
島原、天草地域の村々は共に弾圧により棄教を強いられ、重税に苦しんでいる。私の考えに呼応してくれる者は多い。しかし全ての村を回りきれてはいなかった。
「もう十分なはずじゃ」
「ならばせめてもう半分、もう半分の村々を回る猶予を下さい。お願いします」
人同士が殺し合いをする様を見たくなかったし、大蔵の提案を聞いてから判断してもらいたいのもある。もう少し吟味してから動いてほしかった。
「甚兵衛殿、頭数は多い方が良い」
主に島原地域の村々に呼応するよう働きかけている蘆塚忠右衛門殿が、困り果てている私を見兼ねたのか助け舟を出してくれた。
「分かり申した」
蘆塚殿も父上と同じ武家の出だ。その毅然とした態度に父上も渋々ながらも承諾してくれたようだ。私は蘆塚殿に頭を下げた。
「四郎様、島原もまだまだ結束が確実ではござらん。こちらにも足を運んでいただけると幸いです。四郎様がまた来てくだされば村人達は喜びます」
必ずと言って再び頭を下げた。
私は物心ついた時、すでに周りの人達から持て囃され有り難がられていた。理由は私には他の者が持っていない力があったからだ。
物心ついた時から読み書きができ、経文の講釈もすることができた。自分でもどうやって読み書きができるようになったのかよく覚えていない。それくらい前からできるようになっていた。
手を使わず遠くの物を取り寄せることができ、水面を地面を走り回るが如く駆け抜けることができた。
病に臥せる者の体に手を触れ祈りを捧げると、その者は次の日、立てるようになり、元気に畑仕事に精を出せるようにさせることもできた。
初めは気味悪がられていたようだが、山田右衛門作と名乗る者が伴天連の宣教師の予言された通りの御子ではないか。と、触れて回ると状況は一変したそうだ。
人々は私の事を心の拠り所とし、救いを求めるようになった。私は出来るだけ答えるようにした。私の行為は、私へ強い忠誠心を抱くような形になっていった。
失敗だった。
私への強い忠誠心は藩に対して強い叛意を抱かせることとなってしまった。
困った時に救済を与えてくれる切支丹信仰の素晴らしさに対し、藩は何もしてくれない。それどころか、凶作で苦しんでいる者達から強奪するように食糧を奪っていく。
どちらに忠誠心が芽生えるかは明白だった。
その強い忠誠心が人々を苦しめる結果となってしまった。
何もしてくれない藩の言うことなど聞くことはなくなり、藩が切支丹信仰を捨てよ。と言っても、言うことを聞かなくなる。
結果として棄教を強いられても、言うことを聞かず殉教を選んでしまっている。
表面上棄教する素振りを見せれば良いものを、私への強い忠誠心がそれを邪魔立てしてしまっている。教えに恭順し死を選んでいる。全く不器用な生き方しか出来ない者達だ。
藩の奴等に言われたら、私の事など踏み躙って事を済ませれば良いものを。
皆、純粋すぎるのだ。馬鹿正直すぎるのだ。
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