Exception1 P≠F

 悦楽の都という舞台に舞い降りた、NNTR捕縛作戦から2カ月の時が過ぎた。

 国やKDKとしてはあの電子戦を引き延ばし、NNTRの実質的リーダーであろう女性を全国民の前で捉えるという、欲をかいてしまったが故に訪れたのは考え得るべき最悪の状況を招いてしまった。

 全国民が固唾をのみ込み捉える瞬間に起きてしまった惨劇、悦楽の都という不法施設を取り締まっていた支配人から何の情報も引き出せずに、引き金を引かせる時間を作る邪魔まで国民に一人の人間の命が消える瞬間を放送してしまった。

 止めようとしていたのはNNTRのリーダー格らしき女性と、その異常に気付いた私だけだったが、傍から見ればKDKが自殺の手助けをしたと捉えれてもおかしくはない。

「妃華(ひめか)さん報告書できましたか?これからKDK隊長として会議があるんでしたよね、あとは私が書いておきますよ」

 ミルクの様な甘い香りを仄かに匂わせながら、聞いているだけで落ち着く声色で言葉を紡ぐ女性の手によって私のタイピングは止められる。

「識(しき)さん…ありがとうございます。すいません私の発見が遅れたばかりに識さんにまで迷惑をかけてしまって…」

 彼女の名前は常廣(つねひろ)識、私達KDKにおける技術顧問兼3つの分隊の隊長を援護するオペレータでもある存在だった。

「要領を得ないような、内容になっています…本当に申し訳ないです…作戦中だというのに気が動転してしまって何が何なんだか…」

「大丈夫、大丈夫です…君たちはまだまだ若いのですから私達大人に迷惑をかけてもいいのですよ?…そのシワシワな服も着替えましょうねー」

「え、いやっ、それは一人で出来ますから!あ、ちょ…識さん待っ」

「若い子の肌や、筋肉の観察から体の採寸まで、LUNEスーツの機能向上には必須条件ですから。……ほわぁ若いっていいですねぇ、ツヤ、メリハリ、羨ましいわー…」

「やっぱり別の観察になってますって、ちょっとブラジャーは自分で…ヒャッ…ーーー!」

 声にならないような叫び声が施設内に響き渡ってから少し経ち、息が上がりながらもなんとか着替えを完了してKDKを管理する建物内にある隊長室をあとにし。

 私は恐らく、自身たちが更なる追及を受けるであろう、この国を率いるモノとこの国が作った環境を守るべく任命された者達が待つ会議室へと私は足を運ぶ。


 暗い会議室に入り周囲を見る、2カ月経ったいまでもNNTR実質的リーダーとの戦闘により負った怪我が回復しきっていないE部隊隊長の間部(かんぶ)カツマと、NNTRの始動に運よく立ち会ったK部隊隊長の奈鳥(なとり)交人(ましと)、そして見す見すNNTRの実働隊の一人をNNTRリーダーの女に奪取された、私井上(いのうえ)妃華(ひめか)というS部隊を任されている、KDKという政策を守る実働隊のトップである若い3人とKDKという組織を維持する官僚がこの場に居る。

「その感じだとあと1カ月はかかりそうだねカツマ、それと交人久しぶり」

「うっせ」「妃華久しぶり、こっちも大変だったみたいだね」

 憎まれ口も叩くし、世間話もする国の根幹たる政策を守るKDKであっても中身はまだ未成年から毛が生えた程度の大人でしかない。

「コホン…、貴様たちが今回集められた理由はわかっているのか!」

「これはどうもごテーネーに、大体アンタ達が電子戦を終わらせて映像を消していればここまで事態は大事になっていないだろうによ」

「貴様らの作戦失敗が無ければ、まず初めからこの様な事には!」

 またこれだ、互いが互いを罵りあう光景。この2カ月間で何度も見た光景だ、そもそもNNTRの発足時に交人が捉えられていたら、カツマがあの日の戦闘で勝利をしていたら、私がそのあと取り逃がさなかったら、KDK延いては国があの映像の中継を止めていたら。

 たらればの水掛け論も、恐らく今日で終わる。


 日本国首相である、総理が今回の会議に参加し国としてのKDKの処罰を決めるのだから、私達の処遇はよくて左遷、最悪解雇もしくは牢屋送りか、そういう不安があるからこそ、こうも苛立ちを隠せていないのだろう。

「そろそろ私も会話に参加しても良いだろうか?横柄(おうへい)君、そろそろ会議を始めたいのだが」

「い、井上総理⁉これは大変見苦しい姿を…大変申し訳ない…どうぞ総理の赴くままに」

 この国を束ねる首相井上総理、私の祖父にあたる人物だ。

 PNTR政策を発起した最初の人物でもあり、それによって現在の国民は貧しい暮らしという点からの脱却を果たした、今回の与党野党に批判があっても彼個人に対する不平不満を語る人物は余程の左翼派の人間くらいなモノだった。

「初めに情勢から聞くとしよう、横柄君KDKの直近における活動記録は?」

「はい…、3日前にNNTRと名乗る戦力と戦闘の後に確保が直近の活動です、ですが知っての通りこちらは模倣犯であり、実際のNNTRとの戦闘となりますと1週間の違法ソープランドでの諜報活動になります」

「ふむ、そしてこちらの被害は?」

「NNTR以外の戦闘で被害は出ておりません。…前回の戦闘はKDKに寄せられた告発に関する実態調査が目的であった為、井上妃華擁するS班が密偵を行い付近に滞在していたオペレータ含む4名が意識不明で発見、ソープランド側も経営者と客が意識不明で発見され、従業員は近隣の交番で保護されました」

「井上総理、私からの発言よろしいでしょうか?」

「貴様!分を弁えないか!」

「構わない、横柄君の報告とS班としての報告に差異でもあったのかな?」

 見透かされている、実の祖父だ。子供の頃にはよくしてもらった記憶だってまだ鮮明に覚えている、だというのにこの公務にあたっている時に覚える殺意にも似た気配が恐らく横柄部長が私達にはデカい口を叩けるのにもかかわらず、首相には分かりやすいほどに下手にでる理由なのだろう。

「S班の調べでは、保護された従業員は一部の筈です、経営陣と密接な関わりを持ち従業員を縛る秘密等を有してた従業員は同じく気絶させられていました」

「なるほど、その後この件を追ったのはK班、奈鳥君だったね、何か尻尾は掴めたかな?」

「申し訳ございませんが、井上首相を喜ばせるような報告は何も…」

「いやいい、私もわかっていて聞いている。人が悪い爺の世迷言などと流してくれて構わないよ……だが、次の手は打たねばならぬな…さてどうするべきか」

 次の手、NNTRに対する先手を打たなくてはならない。

 あの悦楽の都が唯一NNTRという組織先手を打てた事例だ、それも元からマークしていていた大規模な違法施設であり、私が潜入捜査をしていたという所も大きかった。

 正面から戦っても、多数で押し切ろうとも、彼らは必ず打開策を要している。

 それこそLUNEスーツを通してでも防ぎきれなかった、カツマの腕がいい証拠だ。技術レベルはこちらが一歩上を行っていたとしても、その技術をより上手く使えているのはあちらであるという事に違いはない。

「井上総理、俺の方から一つ案をよろしいですか?」

「間部!焦る気持ちは誰もが持っている、だが今お前は世間に出てはいけない!それがわかっているのか!」

「わかってますよ部長、俺が出張るという話ではない…です。……今回NNTR相手に後手に回っている要因に一つ俺が招いたミスであるという事に間違いはない筈…です。なのでKDKとして一度NNTRと話し合いの場を設けるというのはどうでしょう?」

「だがカツマ、そんな手に相手が乗るとは思えなんだが?」

「んなことは分かっている!交人お前は黙っていろ。……俺自身がKDKのE班隊長としてNNTRに感謝と謝罪の弁を伝えます」

 普段からプライドの高いカツマがこれほどの事を言うとは、本当に責任を感じているのか。だがそれを伝える為だけにその場を用意したって相手が来るとは考えずらい。

「なるほど間部君の言いたい事は理解した、我々は丸腰で彼らを迎え入れるという事だな、そしてNNTRにはその組織としての本質を語らせ、そして敵陣に伺うが為に彼女らは最大限の警戒をしなければならない、少なくても前に出てこられる人数を計る…か」

「私は安易には賛成できません、彼女らここで国潰しをしようとしていたら我々はどう対処するのですか?それを見越して兵を配置しようものならば、それこそ国民に疑問を抱かせる種になります」

「確かに妃華の言う通り、彼女らだってここまでの努力の結晶とも言える攪乱や作戦によって敢えて誰も殺さないという枷まで縛ったからこそ、国民もここまで靡いている。そこで僕たちが騙し討ちするよう真似をしようものなら……なんだよカツマ、その顔は」

「お前NNTRの女の前でその発言するなよ?殺されるぞ?」

「事実を言っているまでだと思うんだが…」

 私としてもカツマの意見がよく理解できていない、なぜ事実を述べたら比喩表現とは言え殺されるという発想に繋がるのだろうか?

「どうやって国民から信頼を取り戻すのか、それは我々の仕事だ。君たちが気にするようなことではない…凡その信頼はこの話し合いを無事に終わらせる事によって取り戻せる、それと私にも少し当てがあってね、その場にて彼女らを詮索させてもらうとするよ。では横柄君、私は次の仕事がある。この作戦で話を進めておいてくれたまえ」

「かしこまりました、この度は我々のお忙しい所我々の会議にご参加いただきありがとうございます、井上総理」

 その言葉と共にプツリと映像が途切れ、電池が無くなったかの様に横柄部長は椅子に倒れ込み動かなくなる、私達が自分のいう事を聞かずに好き放題やったからか、それともそれ以外の事情もあったのか、まぁ諸々含めて彼の限界だったのであろう。

「お爺ちゃんの当て?」

「何沁みくれた顔してんだよ?妃華…てかお前あのおっさんにお年玉幾ら貰ってたんだ?」

「カツマ、何度も何度もそういう事を聞くのは失礼だ……まぁ何度言っても変わらないか…、それよりカツマさっきの殺されるはどういう意味だったんだ?」

「あ、それ私も気になった」

「ん?あぁ、あの女、自分が努力しているって言われるとキレるんだよ」

 なぜ切れるのだろうか?私にはよくわからない、努力をしているという事は素晴らしい事という認識とは別の世界で生きているのだろうか?

 もしくは自分は才能だけで生きているからこそ、カッコいいと思っている案外痛い奴なのだろうか?NNTRのあの女は。

 ふと振り向くとその言葉に引っかかっているような、奈鳥交人の姿が会議室の扉の前で立ち止まっていた、彼の癖なのか爪を噛みながら何かを思い出すように。

「交人ーそんなに爪を噛んでいたら、今日の朝みたいに血を出すよー」

「え?あぁすまない、気になったことが…、てか妃華がなんで血が出た事を知ってる?」

「そりゃ感です、女の感は鋭いよー」

 ふとした時に出てしまう癖だ、彼と同じ爪を噛むような癖

 けれど彼の様にこの癖はオンオフできる訳ではない、隠し通さなければならない私の癖だというのに、私は今日もまた彼らに違和感を与える。

 普通の人であれば持ちえない違和感を、この世界で私だけが抱えている。


 ◆◆◆


「間部カツマ君だったかな、人よりも欲に忠実な彼がこのような策を打ち出してくるとは思わなかったが、まぁ欲に素直になれるという事は良い事だ」

 重厚であり、気品があふれるオフィスチェアに腰を掛け、彼はコーヒーを口にする。

 彼は夜になると必ずこの部屋から景色を見る、この夜景は自分が総理になってから出来た偽りのない世界の夜景だ、だがそれを見せたかった人はもうこの世に居ない。

「薫子、お前はどうしてあの日自ら命を絶った…」

 彼の脳裏には薫子という自身の娘の顔が、あの最後に見せた生気のない顔が彼の脳裏から離れる事を許さない。

『お父さん、嘘はダメだよ、自分の気持ちには正直にならなきゃ』

 リフレインする娘の声、それはまるで怪物に囁かれているような悍ましい声だった。

『お父さん……、私はね嘘は嫌いなの、だから自分の気持ちには嘘を吐けない、お父さんもいつかこちら側に来られるといいね』

 娘の最後の言葉、それが彼にはどういう意味だか分からない。

 けれど現実として、娘は見るも無残な姿で死んだ。

 医者の卵として出会った男と恋仲になり、そして二人は結ばれ子供も産まれた。

 可愛い可愛い女の子だった、背の低い彼自身の家系ではなく旦那方の遺伝子が強く出たのか小さい頃から背が高く、娘と同じ短髪の黒髪を揺らしていた元気な女の子だった。

 それなのにどうして一家心中なんて彼女らは選んだのだろう?

 そしてなぜ物言わぬ死体だった娘や旦那からは、幸せ。ただその二文字を現したような死に様なのだろうと私は思ってしまったのだろう。

「PNTR政策、嘘を吐けぬ政策を実行して理解したよ君たちの苦悩を、これらは性癖という一文字で片づけていいものではない、だからこそ私は二度と君らと同じ後追いはさせない!パラフィリアなどという異常は私がこの手で解決してみせる!」

 パラフィリアそれは性嗜好異常、フェティシズム、性的嗜好とは根本的に違う。

 欲を発散する方法に自信の好みが現れるのがフェティシズムである。

 実際に娘が宿していたのは性愛、あるいは性に対する願望や主義が根本的違う、人間としての根本的に壊れた欠陥が娘を死に追いやった、いつまでのその現実が彼を苦しめ続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

NTR政策に順応できてますか?私?今すぐにでもNTR政策を破壊したいです。 鈴川 掌 @suzunone13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ