Case7(下) ソープランドの中の戦争

 山奥にぽつりと存在するコンクリートで作られた無機質な建造物。

 それはこの国に住む富裕層や上位者たちのフェティシズムを満たす為の場、自身の欲という抑圧から解き放つ事のできる、嘘をつけないこの国で唯一正直で居ていい場所。

「悦楽の都…か」

 間違いなく甘美な響きで、誰しもが足を止め一度は吟味したいと考える、この時代に存在する遊郭の様なモノ、その場所に世界にとっての普通から最も縁遠い女が今、その門を開こうとしていた。


 遡ること数時間前、今朝方に反PNTR政策組織兼テロリストである、NNTRの作戦は開始まで残り数分という、否が応でも緊張感が走っていた。

「このTMNスーツ…少し見た目変わったが、相変らずのボディラインが丸わかりだな」

「近接用はどうしてもそうなるって、散々遠野が言っていただろ、我慢しろ」

「我慢はしているさ、夕夏という優秀な技術者がいるお陰でこの作戦も幾分かはマシになったわけだしな」

「スーツが多機能になったけれど、七星は扱い切れるのか?普通じゃないことは難しいんだろ?」

「余り私を舐めるなよ?流石に衣服の延長線上というのであれば、私でも使いこなせる」

 衣服を着用するという常識は当たり前だ、そして武器を使用するという事も私にとっては普通の事だ、私にとって普通ではないという現象は、謂わば私が私であるために定義した外付けの常識による強迫観念的な何かということと検討はついている。

『こちらNP2Tより伝達……SM1N並びにPP3Rは装備の最終確認を行ってください、1Nは今回に限り私も確認の補助をします』

「助かるよ、2T。いきなりこの新調したTMNスーツ、色々機能が付いていてよくわかっていないってところもあったんだ」

「ただのTMNスーツではありませんよ1N、KDKの外部装甲型ではなく、内部装甲として緻密にBSS粒子を組み込み、プログラムを設定したLLT式TMNスーツです。名前は雪風です、ちゃんと雪風って呼んであげてくださいね」

「あ、はい……雪風…雪風?ゆきかぜー?」

 KDKから強奪した、増加装甲型のNtR材質装備を完全に内部へと組み込み、組み込まれたMBJ物質に電気信号を送る事によって、一定の機能を引き出す事を可能にした新式のスーツ。

 それがLLT(Lust Limited Thor)というTMNスーツの増加装甲。

 北の大地で見たKDKの特殊部隊から奪ったLUNEスーツという名前のスーツからデータを抜き出し夕夏の手によって外部装甲ではなく、内部に組み込む事であの馬鹿げた機能程の性能は出せないが、従来のTMNスーツにはない電力を介しプログラムに組み込んだそのスーツだけの特殊機能を作る事に成功したモノという事らしい。

「この胸パッドも重要な機能があるのは分かってるが…、普段無いモノがあると邪魔な感じがするという言うべきか、もう少し痴女ではなさそうなスーツにはできなかったのか?」

「無理ですね…、細かい所に私の趣味はありますけれど、機能性を追求した結果がその雪風なので」

「あ、そう」

 そう言われてはもう言い返すことはできない、思い返す時間はもう終わり。

 作戦の開始を知らせるが如く、太陽は丁度真上に現れ木陰の隙間から七瀬という人間を照らしている。

 長い黒髪を揺らし、左目はまるで彼女が人ではないかの様に真っ赤に輝いている、身に纏うスーツの基本色は黒を基調とし、スカートや素肌を隠すようなパーカーには赤と白を基調とした装飾で仕立て上げたLLT式TMNスーツを着用した、嘘を吐けない世界では普通に生きられなくなった人間達の味方、それこそが七瀬香里という人間である。


 山の中には似つかわしくないコンクリート仕立ての外壁、衛星軌道からの確認ではここは普通の森と何ら変わらないという事から、高度なジャミングを要して人という道具を、一時の悦楽の為に消費している、汚い人間御用達あの世ではなくこの世にある極楽浄土。

 普通の人間が持つフェティシズムを、金と権力によって暴走させたもの達にとっての都を、私は到底許すことができなかった、普通である癖に普通から遠ざかろうとする愚者が心のそこから許せなかった。

 森を迂回しながら悦楽の都の玄関口に私は到着する、少しの寒さとここにだけ集中する恐らく送迎用の車の排気ガスが私の息を白く濁らせる。

 覚悟なんてものは無い、けれどこの行動を止める気もない、なぜ私がここまで政策に対して反旗を翻すのかと問われれば私は一つ、こう答えるであろう。

 普通じゃないからだ、と。

 今一度息を吸い、鉄で出来た重い扉に手を掛ける、始まりの合図を私は口にする。

「1N作戦開始……」

 異常者ぶった普通の人間からその異常さを否定し。異常ぶりたい人間の為に利用される哀れな人の救済を始めよう。


 もしもに備えて頑丈に備えているのか、とても重く大きい扉を私は開く。

 セキュリティ面は夕夏が担当し既に抑えている。

 普段であればこの悦楽の都は、完全予約制且つ数分事に変更されるパスワードの入力、そして人による3段階認証を敷いているが、人の目による確認はここをまず開かなくては始まらないし、そもそもこの時間の予約は入っていない。

 だからこそこの扉を開けるモノなんて存在しない、その不意を突くのが作戦の第一段階。

「こんにちは、さっそくで悪いんだが眠っていてくれ」

「なんだこの痴……」「侵入s………」

 声が出るその前に警備員二人の顎元に拳の狙いを定め、丁寧に打ちぬく。

 人を昏倒させるには十分な猶予が私には与えられ、既に私という存在を警戒した時点で私の瞳を見てしまっている。普通緊急時に敵に見惚れるなんてこと、違法行為を行う現場を任された警備員としては、落第点どころか即失業でも言い訳ができない普通であればあり得ない異常な状況だが、私の瞳はそれらの異常事態を強制的に誘発できる。

「念には念をだな、少しチクっとするが、まぁ意識を失っていればこの苦痛も味わえないか」

 倒れ込んできた警備員の喉元に宛がい私は掌をかざす。

 せめて意識を失った者には優しい手つきで、撫でるように可愛がるように、そして最大限苦しむように…。

 バチバチと音と鳴らし、彼らの首元と私の掌の間で閃光が煌めく。

「アグァ…」「ゥォァ…」

 意識を失っているのに、声を出すというのはまだ生きている証拠、まだ苦しめる証拠。

 意識を取り戻し動かれても面倒だ、しばらくは完全に眠りにつき動けないようにしておくに越したことはない、そして目覚めた時更なる苦痛が彼らに待っている。

「1N、内部に侵入、これより目標αを無力化し、目標βを外へ逃がす、そして目標γは予定通り中に閉じ込める、3R間違えても目標βは撃つなよ」

『こちら2T、カメラのジャックは既に完了してます』

『こちら3R周囲に了解…、目立った動きはないが客を逃がせばKDKが嗅ぎ付けるぞ?』

「それは承知の上さ、その為にお前という優秀な視界を持った狙撃手が居るんだ、引き続き警戒を頼んだぞ」

 片手間に無線で応答をしながらも、やってくる警備員の意識を奪う、絶叫はさせないように痛みには最大限考慮し、最も効率よく意識を奪う事だけに私は尽力する。

「お楽しみの所申し訳ないが、命令に従って貰おうか」

「な、なにを……おいスタッフ!これは一体どういう……アグッ」

「黙って従え、普通の性的嗜好にすら抗えない愚か者め」

「殺さんでくれぇ…金ならあるっ」

 それは醜悪な肉袋だった、これが同じ言語話すというだけで身の毛もよだつ。

「要らないな、私は別に金が欲しい訳ではない。それとそこのお前、とっとと服を着て外に出ろ、外への道は既に舗装済みだ」

「……は、はい!なんと礼を言ったらいいのか……ありがとう、ありがとうございます!」

「……感謝されても、何一つうれしくないな…」

 結局はここで働かされている騙された結果働かされている娼婦だろうが、男娼だろうが、あるいはスタッフだろうが、利用客であろうが政策によって常識が違う人間だ。

 そこに違いはない、だからこそ私は侮蔑する。

 嘘を吐けない国故に、自身の欲によってのみ行動する人間が醜くてしょうがない。

「これでいいかひとまずは、まぁなんだ…VIPルームまでの道は紛れもない私の善意で舗装してやるとするかな」

 身動きを取れないように椅子に四肢を固定しそして監視カメラを取り付ける。

 流れ作業の如く、次の部屋に赴き解放と拘束そして更に次の部屋、次の部屋、何十もある部屋をくまなく掃除し終えた先にあるのが、1度目の雷道ではどう経歴を詐称しても入れなかったVIPルームの正体をあらわに出来る。

 欲に溺れさせた国でありながら、欲を抑圧させたら人はどうなるのか、それを国民へ知らしめる事こそが、私達の、私という異常者の望みだ。

 マイノリティがマジョリティの歩む進行を妨げることはあってはならない、私はそう雷道翔に語った。


 嘘とは万能のツールである、嘘を用いる事によって互いの本心を明かさずに打ち解けられる、嘘を用いれば本心でないことを本心という事にできるし、本心を本心でなくすることも可能だ。

 嘘の吐けない世界とは、全てを本心でしか打ち明けられない世界に他ならない。

 それは即ち欲で生きる世界だ、欲望の為に生き、欲望の為に死ぬ、欲望を隠すことはできても、欲望に嘘を吐き続けることはできない。

 欲望で動くからこそ、PNTR政策は意図も容易く浸透した。それは人間にとっての三大欲求の一つ性欲を隠さなくてもよい世界になったからだ。

 オープンで行われる性行為という直接的ではなく、逆に閉鎖的に行われる密室の中、密会で行われる恋愛感情による、略奪愛の肯定こそがPNTR政策の本質である。

 だが欲望に忠実な世界にしておきながら、この国はしっかりと予防策を打った、それは性的嗜好の制限だ。

 欲で生きるからこそ、歪んだフェティシズムというのも出てきてしまう、だからこそその歪みを生まれないように歪みになる原因の物は全て排す、その動きもPNTR政策を浸透させた何らかの方法を使えばコントロールできたのだろう。

 だがそれは性に目覚めていない者にこそ適応されど、性に目覚めた後の人間ではふとした拍子で自らの指針たらしめていた嗜好を思い出す。

 依存に言い換えてもいい、基本的に人は性に依存する。

 わかりやすく嗜好品に依存する者もいれば、わかりづらく人間関係に依存する者もいる。

 だが人間という種族は、誰一人例外なく性に依存する、七瀬香里という異常者であっても生まれ持った性への嗜好性や執着は紛れもなく存在する。

「いや違う、私は性に依存しているからこそ、異常者なんだな」

 こじ開けたVIPルームに入ってからは、余計な事ばかりが思考を悩ませる。

 なぜ私は異常者なのか、なぜ私はここまで嘘の吐けない世界を憎むのか?その答えはこの光景を見れば、私でもすぐに理解できてしまう程あっけない。

 悦楽、快楽に人は染まる。

 嘘を吐けない世界で、欲こそが人間を支配する世界において悦楽というのは最も欲に従った行動であるからだ。

 それがどれ程常軌を逸していても、悦楽に触れた者は欲に溺れる。

 嘘が吐ければ、過剰なまでの原因の排斥を行わなければ、普通の感性の延長線上程度の欲では人間はその境界線を越えはしない。

 基本的に最初から感性の境界線を越えている者は少ないし、それを自覚しないまま生涯を終える人間だって居るだろう。

 それにも拘わらず単なる創作物で融通が利く様な者達ですら、この欲に生きる世界ではその境界線を越えるきっかけを当たり前の様に許容している。

「お前、その自らの感性を抱えたまま、その境界線を越える覚悟はあるか?」

 首を掴みながら、VIPルームで性的嗜好の赴くままに行動していた存在を無力化しつくし、最後に残った一人に私は問う。

「何を……言って…?」

「おいおい泣くなよ、お前達が染まろうとしていた嗜好の限りを尽くした先に居るのは私なのに…どうして未来の自分を知れたお前が醜い顔を泣き面に変えるんだ?」

 恐怖は人を変える、その人間の持つ本性を現す事が可能だ、だからこそ普通の感性を持ち私という存在が怖いと思うからこそ、この醜い豚は涙を流す。

 性の為などに命を懸けられないと証明するようだった。

「2T、ジャックの用意は」

『既に完了しています、合図次第でいつでも行けます、主導権は出来得る限り死守しますが、それでも限界はありますのでご注意を』

「よしそれじゃあいってみるとしよう」

 この世界の異常を世間に知らしめる時がようやく来る。


 今私の姿は全国へと中継されているのだろう、この姿が?そう考えると酷い辱めだ。

「皆さん、こんにちは…お久しぶりですね、改めて名乗りましょう我々はNNTRです」

 髪を整え、殆どありもしないスカートを礼儀正しく持ちお辞儀をする、カーテシ―というお辞儀の動作だ、気品の欠片もない装束だがそれでも言動に立ち居振る舞いは細心の注意を払う。

「皆々様におかれまして、お食事中のことかと存じ上げます、そんな中このような光景を、お見せしてしまう事になって申し訳ございません。ですがこの度我らNNTRはこの国の根幹をも揺るがしかねない現状をお見せいたします」

 私は礼をしていた姿勢から普通の姿勢に戻り、手に持ったスイッチを起動する。

 このスイッチによって起動するのは、各部屋に取り付けられたこの国に住む、金持ちや名だたる企業主や、その企業の重役たちの映像。そしてこのVIPルームで行われていた生産的性行為ではなく、悦楽の為に人を道具として使っている性嗜好的性行為の現場。

「御覧になられましたでしょうか?これが皆々様方が住む世界の本質の一部です。PNTR政策によって愛しい人を奪われた者を取り返す為の最短手段である金を使って、人を道具として扱う違法売春宿、これがこの国に存在するという証明の映像です。そして彼、彼女らを買うのは国の性的嗜好の制限によって欲に抑圧された資本家の皆様がたです、どこかで一度はご覧になった顔もあるのではないでしょうか?……おっと…時間が」

 アラートが鳴り予想以上に政府の対策が早いことを私は確認する、やはりここに乗り込む段階でKDKもこの場所事体は目を付けられていたのであろう、故にこれほど迅速な対処が出来ている、ならばここはもう一押しだけ。

「今回我々は、ここに騙されて働かされた人間や、その親族あるいは友人から直接依頼を受けてここに、はせ参じました。」

『こちら3R、1N凄い勢いでKDKが流れ込んでいったぞどうする?』

「1N了解…攪乱と鎮圧を。……おっと失礼KDKが今からここに流れ込んでくるようなので、私はここまでとさせて頂きます。さて皆さまにおかれましてはどう思うでしょうか?この様なPNTR政策を否定するかのような蛮行を行っていることを把握しておきながら、反社会勢力の資金源になる様な場所を見て見ぬ振りをしてきた政府やKDKを精々ご一考いただけると幸い………ッ!」

 視界に映るは連続するNtR弾頭の弾丸、毎分800発は優に超える連射速度でこちらに弾幕を張りながら誰かが迫ってくる、そこまでは確かに私の視界をもって確認できた。


 回避行動は既にとり、丸いテーブルを遮蔽物にして身を隠す、恐らく初弾がかすってくれて助かったそのお陰で損傷は無いに等しい。

「KDK特務課E―03、ただいまを持ってふざけた事を抜かすNNTRのメンバーの捕縛を開始する、特務課の統率チームの力見せるぞ!」

「ふざけたことをやっているのは、果たしてどちらかな!」

 以前のKDK特務課、奈鳥とは違う部隊の様であるが、隊長らしき人物も含め全員が銃火器の所持を認めた、奈鳥が屋外戦闘における突撃部隊だと考えると彼らは恐らく遊撃部隊。

「まずは雑魚を叩く!」

「速い!」「隊長ー」「装甲が隊長クラ…⁉」

 前回奈鳥と戦闘した際に報告した、NtR材質の衝撃を受ける事で吸収するという性質を反転させることで強度を保った状態と鞭のようにできる状態、ダメ元で夕夏に頼んでみたが随分と上手く行っている、カメラでは捉えられない速度で動いていた以上私の口伝のみの報告だけが頼りだったが、流石の技術担当だ。

「クソ!お前ら…流石にアイツを倒しただけの事はある、Sシステムを使うお前らはコイツが逃げられないように周囲と、ここに居る奴らども確保を急げ!」

「「「了解」」」

「随分と慕われているようじゃないか、羨ましいなその人徳。私にも是非わけてくれ!」

「随分と面白い事を言うじゃないか、大人しく捕縛されればその秘訣を教えてやる!」

「それは残念だ、ここで終わるつもりなど私には無いからな!」

 一撃二撃と刀剣による連撃を加える、コイツの武器はPDW、形状は恐らくPなんとか恐らくそのような名前だったと記憶している、アサルトライフルほどデカくはなく、片手でも取り回しが効き、そして何より連射機構を備えているからこそ近距離でなくともボディアーマーに対して効力を持つ、だがそれも室内と縦横無尽に動ける私との相性を考えれば、相手側が不利となる筈だ。

 故に懐に恐れず踏み込み、連続の斬撃を狙うがそうはいかないことくらいは承知の上。

 腹部に衝撃を覚える、銃弾が間違いなく命中した。敵の手に握られているのはそのPDWの武器のマガジンをそのまま拳銃に移植した代物。

「報告通り速いが、それまでだ。Sシステム起動。……タイタンブースト!」

(速いッ!)

 奈鳥が見せた殺人的とまで言っていい、加速とスピードを継続的に機能させたモノとは明らかに違う、見た目は似ていても彼の左手から放たれる拳からの攻撃は間違いなく、正面から受けていいものではないことを七瀬は察する。

 バックステップを踏み、近くにあったテーブルを投げつける。その拳がこちらに届く時間をコンマ1秒でも遅らせることができれば、避けられるその確信は確かに存在する。

「避ける……」

「オラ!何度もその手が通じる訳ねーぞ!」

 二撃目の拳が鳩尾に命中する、そして衝撃で吹き飛ぶ前にその手に持っている拳銃で確実に七瀬の胴体を打ちぬいてくる。

「威力が馬鹿げているな…これは……」

 七瀬自身まだ意識が残っているのが不思議だった、そう思わせる程の威力は間違いなくあり、彼女自身が壁にめり込んでいる事が何よりの証明だ。

「2T……電力…解放準備」

 そう七瀬は遠野夕夏に繋げ、腰元に装着していた携帯性など無視されたような拳銃を取り出す。

「雪風に備蓄された電力の50%使用…トリプルアクションサンダー用意」

 片手で持つには大きすぎる単発式の拳銃と、NtR材質の刀剣を構える。

 これこそが七瀬香里のポテンシャルを全て発揮できる全力の戦闘スタイル。

 単発式の拳銃を持つことによる自身への枷、そして肉体が悲鳴を上げる限界まで活動をLLT式TMNスーツによって強引に許可させる、わずか使用可能時間は僅か30秒間だが、自らを追い込むことで七瀬香里は初めて本来の性能を発揮できる。

「…ライトニングハンマー……フルコネクト…30秒お前は私についてこられるかな?」

「舐めた態度を…」

 相手に目がけるように足をあげる。

「何をしてるんだ?こないならこっちから行くぞォ!」

「…すたーと」

 何一つ感情も込めていないような無機質な言の葉を乗せ、七瀬の戦闘は開始する。

 電磁石効果によって鉄やコバルト、ニッケルに反応しそこへ磁力を用いた実質的な奇襲的かつ、鉄性の物ならばくっつく事を利用して更なる三次元的戦闘を可能とする、機能が脚部には備わっている。

「どういう動きを…グァ……このッ、舐めるなァ!」

「銃は銃口の通りに飛ぶ素直なモノだ、故に曲がりはしないそこが見える限りは」

 重力が変わったかの様に天井へ、壁へと移動しては空中で姿勢を立て直しそこから強打をお見舞いする、地面についても相手の虚を突いた攻撃であれば防御も間に合わない。

「クソッ、3次元的過ぎる。室内じゃどうあがいても…、その努力した力をなぜ国益の為に使おうとしないんだ!」

 私がこの政策では国益にならない、苦しむ人が出ると知っているからこそ国民に問いかけた、その時点で私は彼らの下につくことは無い。

 そんなことよりも彼が放った一言が、私を苛立たせる。

「努力などッ!そんなモノは私には存在しない!私は私の常識によって実現可能と判断した場合にのみ再現ができる!自分は努力をできるという自慢のつもりか!」

 それは七瀬香里の怒りに満ちた、憧れへの慟哭だった。


 ◆◆◇


 七星曰く異常者にはなれない健常者たちにとっての楽園である、悦楽の都が大盛況しているように遠目からだと自分の目にはそう映る、次から次へと止めることのできない濁流の様にKDKが銃火器を構えながら中に居る不法行為を働いた資産家達を取り押さえ、そして七星が逃がしていた従業員も一か所で纏められていた。

「こちら3Rから2Tへ、1Nは時間かかりそうか?」

『そうですね…、KDKの特務課…前回とはまた別動隊みたいですが、1Nは枷を一つ外しています。3Rには1Nが離脱できるようにできる限りの退路を』

「了解、それでも私では流石に注意を引くのが性一杯、別動隊じゃないのか?これやたら腕のいい狙撃手が場所を移しても正確に狙ってる」

『電子戦が均衡しているので、難しいです……ただ敵の識別コード的にはそんな狙撃手部隊配置されていませんけれど…』

 木から、次の木へ、次は視界が完全に遮られる茂みへ。

 遠野でも索敵ができない程の隠密に特化した存在が居る、その時点で今目標を制圧しているKDKの分隊とは違う存在が居るのは明らかだった。

「1Nが目標から脱出する、予測時間は?」

『2分以内かと思われます』

「そうか…ならこれから直接現場で敵を抑えるとするかな!」

 隠れていた茂みから体を乗り出し、その瞬間を待っていたかのようにNtR材質の弾頭が横の頬を掠めてくる。

 当てられなかったのか、それとも今のが警告として放ったのかは分からない。けれどその傲慢さが仇となる。

 なぜなら雷道翔は、山から悦楽の都に向かって直滑降とも程に下り落ちているからだ、狙撃手が前線に行く意味など存在しない、武装もこのスナイパーライフルを除けば遠野夕夏が作った趣味全開の銃が一丁、その状況で下に降りても何の得もない。

 山を下りながら揺れる視界の中で狙撃銃を構える、先ほどの発砲で場所は特定している、こういう時に限って無駄に遠くを見て、無駄に立体視できる自分の視覚が役に立つ。

 どこに居て、どういう体制なのか、そして相手の体形まで、一度捉えてしまえば脳内で常に修正しながら、監視カメラの映像の如く相手を見続けられる視野。

「……撃つ!」

「撃たれる…ッ」

 そうどこかで呟くような声が聞こえたような気がした、山を下り終える前に発砲し直撃したかの確認は後だ、直撃していなければこちらを狙ってくるであろうし、直撃しているのなら恐らく意識は飛んでいる。

 狙撃手の状態の確認は最優先事項ではない、NNTRにとっての最優先事項はここから無事に離脱することそれに限る。

「何者だ!」

「申し訳ない、邪魔だ」

 相手に狙撃銃の銃身を押し付け、そのままトリガーを引き相手の体ごと吹き飛ばす、その反動を利用して次の敵に向かい慌てて構えているKDKの隊員狙いの奥に別のKDK隊員が居る角度に調整、それを繰り返し近接戦闘を乗り切る、まるでショットガンの様な使い方だがこういう使い方でもしなければ、狙撃銃で近接戦闘など無理だという事は自分が一番わかっていた。

 そうすれば同士討ちを狙う事も可能、そうやって戦闘をこなし、約2分間耐えきれるには狙撃銃一丁では無理があるが、その為の予備マガジンでありこれを再び装填してしまえば。

「動きを止め…ゆっくりとこちらを向いてください」

 一発の銃声を後に手に持っていたマガジンは彼方へと飛んでいく、まだマガジンは残っているが後ろに居る女性を前にそんな動作していたら今度はしっかりと撃ち抜かれる。

 背後からカチャリと銃器を構える音を認めた、一般のKDK隊員ではないこの視覚に先ほどまでは誰も居なかった、けれどそこにはそいつが居る。

「当たってなかったか……なアァ?」

 懐に仕舞っていた拳銃を取り出す、随分貧相な見た目の拳銃だ。

 その銃は余りにも単純な構造をしており、ここから発せられる威力などたかが知れている。第二次世界大戦時にレジスタンスに配布されたとされるリベレーターそのものだ。

 それは銃というにはお粗末すぎた、小さく、短く、そして軽く、拳銃という世界が生み出した最も楽に人殺せる装置というにはお粗末すぎた。

 だが遠野夕夏の趣味によって、似せられて作られた外見と内部構造には大きな違いが二つある、一つ目は排莢と次弾の装填が自動で出来る事、そして二つ目は紛れもなくこれは本家本元とは違い拳銃だった。

「どこにッ?」

「瞬きは厳禁…」

 こちらからは相手の姿がよく見える、気の緩みにすらならない筈の一瞬の隙も見ながら行動すれば、確実にその隙をつくことが可能だった。

 相手の狙撃銃の銃身を掴み、狙いを外し別の場所へ発砲させる。

 そして自分の目の前に相対したのは、150㎝も無い小さい体をし、年相応の声を出すまるで子供に見間違えることが当たり前と言いたくなるほどの少女の姿。

 強烈な違和感が雷道翔を襲う。

 彼女とは会ったこともない、初対面のはずだ相手からもこちらは顔の半分を覆い隠している見えやしない、なのにどうしてその表情ができる、そしてなぜ自分は既視感を覚えるのか理解できない、想像し考える鍵は閉まったままだダイヤルを回して金庫を開けるように思考を回し続ける。

「カイ…ト……さ…ん?…どーして…」

「ヒメ…カ…?」

 全ての疑問に当てはまったその瞬間が、ダイヤルの答えを示すようにダイヤルから開錠してしまった音がカチっと鳴り響く、気づきたくなかった真実が金庫の中に隠されているように示されていた。


 ◇◇◆


 ライトニングハンマーフルコネクトからの経過時間は13秒、そろそろ決め切らないと肉体の限界が先に来る、再三耳の中で響くアラートもそれを示している。

 だがそれよりも優先しなければいけないような出来事が目の前に存在している。

「終わりだ…、ハハ、終わりなんだァ」

 確か彼の役職はここの支配人、私とこのKDKの隊長との戦闘が激化したが故にKDKが捕縛できず、そしてこの騒動によって運が悪くも目を覚ましてしまったからこそ、その苦悩をその一身に味わいながら、隠されていたのかジュラルミンケースから支配人は一つの銃器を取り出した。

『…カツマ!…鉛合金!』

 敵のインカムからでも聞こえる必死の叫び、もしかすると?などと考えている余裕はない、止めなければ作戦そのものが失敗に終わる可能性だってあるのだ。

「2T、放送はどうなってる、まだ残せているならすぐに放送を落とせ!何も映ッ……」

「ッいきなり叫ぶなヒメカ!…安心しろ逃がしはしねーよ、コイツはここに捉える!」

「ッ……邪魔をするなァアアア!」

 トリプルアクションサンダーを相手の腹部に押し当てる、残り時間はまだ10秒残っているが無駄にするなどという考えはその場においては存在しなかった。

 決め切れなくても、あの支配人を止めることこそが最重要の項目に上がり出る。

「出力最大で穿つ!」

 片手では抑えきれない衝撃を全て肩に任せ一撃を、このスーツに蓄えた電力の50%を使用して放つ最大威力の一撃をKDKの隊長を吹き飛ばしながら私は放つ。

 コンタクトは既に外してある、一瞬の動きを止めるくらいならば。

「私の瞳を前に……、止まれェエエ!」

 見惚れる事、それは思考を放棄する事、故に支配人の体は静止する。

 あと一歩、ただの相手はただの怪我じゃすまないかもしれないが、その蛮行を止めるにはこの手しか存在しなかった。

 けれど支配人は私よりも一足早かった。

「あぁ見惚れた女の前で逝けるなんて…」

 パァン…そうたった一発の銃声が木霊する。


 映像を止める、そう七瀬さんに命令された。

 だけれど私は脳はそれを拒む、なぜならば目の前で最も愚かで美しい行為が実行されそうになっているから、私の体はそれを拒み続ける。

 あとコンマ5秒もあればその瞬間を私は目に焼き付けられる、そのあとでもいいじゃないかとそう思い私は手を止める。

 その瞬間はすぐに顕れた、一発の破裂音と共に画面越しに映る赤い鮮血と飛び散る脳漿。

「へへへへへ…………」

 よだれが垂れる、心の底から望んだ光景が今私の目の前に存在する。

 頭の回転が異常に速くなっているような、そんな全能感を覚えながら私はその場面を見た瞬間に今の電子戦に勝利できる、それどころか普段は届かない所まで行ける。

 答えがわかっているかのようにプロテクトを全てくぐり抜けて、最後にエンターキーを押す。

 あの場における電子制御権は今この私の手にある、故にあの場所にある全ての電源を落とし、そしてKDKの敵味方識別信号を誤認させることだって可能だった。

「あぁ綺麗…、アナタを直接この目で見ていたい……」

 他の事をやらなくてはならない、七瀬さんや雷道さんの逃走経路だってしっかりナビゲーションをしないといけないのに。

 どうしてか私は力が抜けたようにフローリングに倒れ込み、画面に映るこの世で最も美しいモノを見ながら、満足したように意識を容易く手放した。

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