Case7(上) ソープランドの中の戦争

 情に流されるな、そう言った意味を雷道翔は理解していなかった、遠回しの言葉として紡いだ私自身にも非があるとはいえ、まさか初日でそうなるとは思っていなかった。

 詰まる所、信頼や信用が足りていないという話だ。明らかに自らに非があると理解し顔面を似合わない蒼白にさせ正座している彼と、それを見張るようにPCを弄っている遠野夕夏がカタカタと子気味よいタイピング音を鳴らし、そして七瀬香里は何をしているのかというと、どこからか持ってきた重しを一つずつ正座する彼の太ももに乗せている。

「よいしょっと、いやぁ都合よく重りがあってよかったよかった」

「あの、七星さん?」

「何かな?人が忠告したというのにもかかわらずぅ?それを破り情どころか、己が信念を無駄につき通しぃ、結果出禁をくらい内部構造は夕夏のハッキングに頼みという状況にした翔くーん!」

「……すいません…」

「泣くのは誰にもできるさ、まぁいい。大雑把にだが作戦を変更する、お前はその場でもう少し苦しみながら一言一句聞き逃さないようにな」

「七瀬さん、言われていたモノ一先ず完成しましたー、実行していいんですか?」

「あぁ頼むよ、夕夏」

「頼んだモノって何を…ギャン!」

 ガスが一瞬漏れたような音の発生とほぼ同じくして、ただ横で正座しているだけの雷道は起き上がる勢いを持って背中を仰け反らす。

 一応雷道が装備するはずだった、実践用のNtR材質性の弾丸を極限まで威力を弱めた状態にし、それをハンドガン式の拳銃に入れ込み一定時間が経てば発砲する、その仕組みを夕夏には忙しい中で作ってもらった。

「鞭が無かったんだ、まぁそれだけで済ませるのはありがたく思えよ」

「そもそもこの石抱だけで、十分な苦痛になるっー……ザック」

「雷道翔、お前はミスをした。大きなミスだ、その失態を私は今すぐ取り返せなんて無理なことは言わない、だからこうして罰を与えているのさ、次のミスを犯さないように………、人の体というのは良くできている、恐怖体験などは深層心理などにも深く刻み混まれることが多い。故に本人が受けるそれまでの中で一番の苦痛を経験させれば、次同じ状況になった時に、この体験を思い出し同じ失敗はしない、そういう考えな訳だ」

 重しをもう一つ積み上げる、苦悶の表情こそが学びそのものという訳ではないが、間違いなくその痛みを覚える事で雷道翔という人間の中に記憶は刻まれる。

「それで…?作戦の変更って何なんだ…よ?」

「ほぉー、根をあげることは自身のプライドにかけてしないか、ますます重しを追加したくなったが一先ずここでやめにするか……夕夏、銃は解除してくれ、それと今わかっている分の内部データを」

「了解です」

 プロジェクターを壁に投影し、今わかっているだけの内部構造を写しだす。外観からの予測と、雷道翔に仕込んだ小型カメラで知れた限りの構造を写しだす、知ってはいた事だが当たり前の様に情報が足りなすぎる。

「まず前提条件として地下は捨てる、私達の目的はここを世間様の白日の下に晒す事、そしてNNTRという組織は政府が取り締まれないようなことを取り締まる…謂わば…謂わ…」

 私がまず提案する作戦の変更点は、地下に居るであろう従業員を敢えて見捨てる選択肢を取る事、その場所を潰し、明らかにしてしまえばいくら裏で繋がっていようが、国も手を出さざるを得ない。

 だがそういう行為をする団体の名称を思い出せないからか、私の話は一度躓いた。

「要は反政策組織という声のデカい少数派から、確かな結果を残す自警団的な扱いにしたいってことだろ?」

「そう、そんな感じのニュアンスだ、大学行っているだけあって童貞の癖に頭は良いな」

「七瀬さんは、いくら国を丸ごと洗浄し、一見全ての汚れを落としたかの様に見えたこの国にも、取り切れない汚れは存在すると、それを糾弾する方向で行くんですか?」

「それは違うな夕夏、それはパトロンが決める事だ私達が決めれる事じゃない。私達はこの事実を公表するだけでいい、そうすれば民衆は勝手に想像力を掻き立て、私達の存在を勝手に定義付ける、私はそれに身を任せればいいとは思うがな」

 悪事とも言えない些細な出来事でも、それが著名人であろうが、民間人であろうが誰かが悪い事と定義し賛同者が集えば、相手を破滅にだって追い込める。

 そこに常識や普通は存在せず、ただ一つそいつは悪事を働いていたという結果が残る。

 それがこの社会の歪さでもあり、そして素晴らしさでもある。

 私達はその例を見ている、過剰な防衛と言えばそれまでだが、花火というには物騒すぎる爆破を用いてまで自分達の意見を届かせようとした人間達ではなく、そのあとにKDKごと誰にも怪我をさせずに蹂躙したNNTRという組織と、そのリーダー格と思われている私が一番、ネットの海では匿名性をいいことに誹謗と中傷の嵐を受けているからだ。

 故に私は夕夏と雷道に問う。

「例えば悪人が悪人を裁いた場合、どちらが賞賛されると思う?」

『そこに証拠さえあるのなら、悪人の事実よりもより被害をもたらした方こそが罵りを受けるという事かな?』

「ビックリしたぁー、Hさん参加しているのなら普通に声かけてください…そんなクラックされたように入ってこられると流石に驚きます…」

『これは申し訳ないな、以後気を付けるとしよう』

「丁度いいところに来たな、パトロンH。装備は明後日には到着させることは可能か?」

『私は私の意見の答えを聞きたかったのだがね…、まぁいい。それは可能だが、それが作戦に関係してくるのかな?』

「なんだ?お前、案外かまってちゃんだったのか?それは知らなかったな。まぁ答えるのであれば半分正解という所かな?」

 正確な条件をあげるのであれば、両者が悪人の場合は被害を出した時点で共に嘲罵の限りを受ける、被害をあげても許されるのはただのその場に居合わせた一般人が悪人に立ち向かった時に限るといってもいい。

「両者が悪人前提なら、被害を出した瞬間に悪人の騒動になるんじゃないのか?」

「童貞の癖に鋭いなお前、その通りだからこそ私達の作戦は悪人以外に被害を出さない、それが最重要項目だ。だからこそ地下には関与しないで国自身に自浄してもらおう」

「童貞は余計だ!七星お前は童貞に何か恨みでもあるのか?まぁいい、だがそれだと口封じや移送をされたりするんじゃないのか?」

 確かに何故だろうか?私は別に雷道を嫌っている訳ではない、だが彼が童貞であることが凄まじく腹立たしい気分になるのは、これは何という感情なのだろう?

 数秒私は目を瞑り考える、これが恋とかそういう感情ではないことは分かっている、ならば何故怒りの様な感覚を覚えるのか……、あぁ理解した。これは私の初体験が関わっている。

「生憎だが私は童貞の癖に、童貞じゃない感を出している奴が嫌いなんだ。まぁそれはどうでもいい、だからこそ作戦決行日を当初の昨日を抜いた4日後から、3日後に変更する、ヒメカ?とか言ったか確か、そいつが私達だけに救助申請を求めているとは思えない」

「でも七瀬さん的には、結局国などと癒着が残っているからこそ、こういう場が残っているという考えなんですよね?なら警察とかは動けなくないですか?」

『あぁ、なるほど私達があの場でNNTRという組織であるという事を明かしたのは悪手だったかもしれないね』

 パトロンHは気づいたか、ある程度の露出が必要だったとはいえ、パトロンH以外にもパトロンを付ける重要性を私は考慮していなかった、だからこそこれはあの場で名乗った私の落ち度に他ならない。

「悪かったな、短絡的な行為をして」

『いいや?悪いと言っている訳ではないさ、こればかりは結果論だ』

「なんの話をしているんだ?」

「まさかなんですけど、今回の作戦に第三勢力が加わるってことですか?」

 最も負担がかかるのは間違いなく夕夏である、だからこそ申し訳ないことをしたと私は珍しく自分の落ち度を認めている、これが今回作戦行動にある程度無茶を入れる原因や、地下は敢えて関与しない選択肢を取らせた雷道であれば、お前が悪いで私も片づけるし、それに対して雷道も文句は言わないであろう。

 だが今回は必ずKDKが動く、国としてはPNTR政策施行前に追い出し切れなかった膿が持ち込んだ、活動家の餌にしかならない違法売春宿。

 しかしその膿は誰と繋がっているかが分からないからこそ、国は動けずいた、だがそこにこの国にとっての反逆者そのものであるNNTRが活動しているという状況を落とし込めばどうなるだろうか?

 上手く行けば膿を出す国にとっての害悪そのものをNNTRの捕縛という大義名分をもってKDKを使い探すことができる、膿が違法売春宿と繋がっているのではなく、NNTRと先導していたという話であれば、まだ国民の批判は押し込められるだろうからだ。

 見て見ぬ振りしかできなかったKDKをようやく動かせる動機を私は自らの手で作った。

「物事に絶対はないが、最悪はある。ここでいう最悪はヒメカという女に伝えた5日後動くという情報がKDKに伝わった場合だ、だからこそ私達はその裏をつく必要がある」

「ヒメカに何とか情報を通して作戦を6日後に伸ばすことはできないのか?」

『それは難しい、何故ならKDKの行動は後手でいいんだ』

「最重要はあくまで私達っていう事ですよね…、なら一日でも早く作戦を実行して、相手が完全に揃っていないという前提のもと、先手を打つしか…」

「そういう事、悦楽の都での私の失敗が足をひっぱっている…か」

「安心しろそういう訳でもない、お前が一日で調査を終了せざるを得なくしたお陰で、私達の作戦はKDKには筒抜けにならないからな」

 雷道のミスは確かに確実な作戦成功、観衆に対する見世物としての作戦の完成度を低くしたことに代わりはないが、だがそれと同時にKDKに対する情報規制としては上手く行っている、私達の目的があの違法売春宿を晒す事、今回はパトロン候補に向けるプレゼンとし、次回をパトロン候補へのデモンストレーションにすれば良い話なだけである。

「ではこれより本格的な作戦会議を開始する!」

「なぁ、いい加減この重しは取ってくれないのか?」

「駄目だ、もっと苦しむ顔を私に見せていろ」

「七瀬さん、結構なサディストですよね」

『そうかい?案外マゾヒストにも私は見えるが?』

 すぐに脱線し始めるのは、まさしく大学のサークルのそれに近い。

 私はその光景にどこか微笑ましさを覚えながら、作戦概要の説明を始めた。

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