Case6(下) 未NTRを侵食系
それは不快感の連続だった、私という人間はこの日を絶対に忘れやしないであろう。
どう足掻いてもおかしいのだ、普通ではない事の連続が続いたのがこの日だった。
人は皆歩くものだ、あるいは動物に乗るということもあるだろう、人より遥かに強い動物の力を利用することだってあるだろう。
だがしかし私は思う人は普通、水に浸かる事が正しい自然の摂理である、水の上に移動できる状態というのは橋で道を作った場合に限る、波に揺られながら水の上を移動するなど人の摂理に反していると。
「もう一度言ってくれないか?」
だから七瀬はパトロンHの言った言葉の意味が理解できなかった。
『……、君たちには飛行機を使って指定された場所に移動して貰う?』
「…………………い!」
「「『い?』」」
「嫌だ!飛行機ってあれだろ?空を飛ぶ奴!無理無理無理だ!あり得ない!あり得ないぞ…人は普通空なんて飛べない、重力に従って落ちるそれが自然の摂理、それこそが普通!」
「駄目だコイツ…、よし無理やり詰め込むか」
パトロンHに用意された車内の中で、子供のような駄々をこね始める七瀬がそこには居た。この中で一番の最年長であるはずだが、中身がどうあがいても子供のそれである。
「え、えっとー七瀬さん車は大丈夫じゃないですか?運転できますし、どうして船や飛行機はダメなんでしょう?」
「考えてもみろ、車は歯車的一部だ。いわばあれは動力を他で補っている馬車と言い換えても良い…。飛行機、船どれも普通じゃあり得ない事象の連続だ…まだ船は大丈夫だが…」
「あ、あれで大丈夫という枠組みなんですね……なんだか私の中の七瀬さん像が…うーん」
「…?…実際常識的に考えても見てくれ、船や飛行機なんて常識的にあり得ないんだよ、そうはならないか?」
夕夏がこちらを見つめながら遠い目をしている事は一度放って置くが、なにやら私に対する心象がねじ曲がっているような気がしないでもない。だがそれよりも目先の事に私は気を向け画面から声だけを通すパトロンHと、雷道に理解を求めるように視線を向けた。
「お前の常識が紀元前で止まっていることは良く分かったよ」
『しかし、船は克服しなくても構わないが飛行機だけは克服して貰わないと少し困る…』
「どうしてだよ?この車で移動すればいいんじゃないのか?」
『我々の活動方針はこの国の常識を少し前に戻す事だ、だが私一人の資金面でそれを遂行するには無理がある、ここまで理解できるかい?』
「まぁアンタがどれ程の金持ちでも限界は来るだろうな、ここまでの資金面をどう調達したのかも正直疑問だが…、まぁそれを疑うのは今じゃないよな」
『そうしてくれると助かるよ、要は運営費のスポンサーが欲しいという話だ、そしてそのスポンサーを得る方法は遠野君によって作られている、説明頼めるかな?』
「は、はい……あ、あの七瀬さん飛行機が嫌なのは分かりましたから…そこまで引っ付かれるとちょっと邪魔なんですけど…」
彼らが話をしていた内容は全て記憶しているが、それよりも今はどんな醜態を晒そうと飛行機に乗るという事を回避しなくてはならない、だが割と信頼してくれていた夕夏からそういう目で見られると、何故だかとても心が痛いのであった。
「わかった……少し窓から遠くを見てくる…」
「この世の終わりみたいな顔してるぞ、七星の奴」
「まぁ後でどうにかしましょう、それで運営費の件なんですけど。えっとこれですね…今画面に映します」
遠くを眺めながらではあるが、画面に映った恐らく夕夏が合流以降作っていたモノの正体を私はそこで初めて目にした、画面に映っている事を要約するのであれば、それは。
「PNTR政策で愛しい人を奪われた人達を、返すという約束の元で働かせているグレーゾーンどころか完全に真っ黒な売春営業所。このような場所に騙され入った人やその親族や友人が、金銭と引き換えに助けてあげて欲しいとの声が多数存在し、それ専用のサイトを作りました」
どれほど過激で苛烈な事でも応える否応えさせる、奪われた者を取り返せるという一途の望みを餌として感情も尊厳すらも踏みにじる、人を道具として扱う事も辞さず完全に金持ち達のフェティシズムを満たす場所、それ以外の説明は必要なかった。
フェティシズム、性的に興奮する為の材料と言い換えてもいいだろう。
人には何かしら、興奮する為のトリガーが存在する。わかりやすい例を挙げるのであれば、女性器や男性器、そして胸や顔に声などが該当するだろう。
しかしフェティシズムというのは、人の好奇心によって奥深さなどが変わりゆく、好みの顔から次第に目や、鼻、口などと移り興味次第ではその眼球など部位そのものに興奮を覚える存在もいる、だがしかしそこまで行けば人としての常識やその国の法がその道を閉ざす。
閉ざされてしまえば、その道が開くことはない。だがしかしそれを例えばヤクザ等の反社会勢力が金次第でその場を提供できると言われた場合、法や常識で道を閉ざされていた者達は、その一線を我慢できるのだろうか?
「できないんだろうな」
「何か言ったか?七星」
「いーや?……パトロンH、お前に問う。飛行機に乗る事さえ我慢すれば、ここで囚われている者達を解放できるのか?その先の受け入れ先は?」
「そこは私の方で経歴等、誤魔化しが効くようしておきました。このサイトに依頼した人も特定はできません。恐らく今日もどこかでネカフェに居る人が反政策の罪として取り調べは受けているかもしれませんが…」
「夕夏それはダメだ、知らない人だからと言って巻き込んではいけない、自らの大義名分の為と言って完全なる赤の他人を巻き込んではならない、これは常識であり普通の事だ」
「…ヒ…ェ…、わ、わかりました……常に発信源……が、全世界を移動……するようなシステム……にしておき…ます…ごめんなさい」
どんどん彼女の語気が弱まっていく、少し言い過ぎたかもしれない…だが絶対にやってはならない事、それは確かに存在する。私達はテロリストであるが、無関係、無差別に巻き込む事だけは許容してはならなかった。
「怒りは分かるが七星、それを遠野に向けるな」
「…わかっている、わかっているさ」
雷道に諭され七瀬は落ち着きを取り戻す、ふと視線を下に追いやると握りしめた拳が力加減を間違えたのか、肉に食い込み突き破り血が滴っている。
この感情を私は知っている、普通の人ならば普通に抱く感情である、怒りそのものだ。
『決意は纏まっているようだね、雷道君のタブレットに便のチケットについての情報を送っておいた、あとは君たちに任せる。それと車は安心したまえ移動はさせておく』
少し歪めてしまったこの車内の雰囲気を壊すように、私は車の外へ出た。
一刻も早くこの問題を解決する為ならば、己にとっての普通や常識の向こう側へ行く等、多分怖くはないのだ。
私は飛行機の搭乗する、その時までそう思っていたのだ。
◆◆◇
ビジネスクラスの飛行機の中、席は一応隣同士、暴れないように見張る形で遠野と自分が挟み込む形で七星を囲む、そう言った万全の体制を整えて飛行機は空を飛び立った。
まず初めに空を飛ぶという事に七星は常識的にあり得ない、普通ではないと語っていた、だが雷道翔としての意見を答えるならば、何を馬鹿な事を言っているんだコイツは、常識が無いのはお前の方である、一つの乗り物で駄々を捏ねる方が異常そう思っていたのだが。
「七瀬さーん…七瀬さん?」
「呼吸はしてるよな?脈拍もある……気絶してるぞコイツ…」
どうやら七星薫という人間にとって、常識ではない普通と呼べる行為をすることはこれほどリスクのある行為だったらしい。
約2時間弱のフライトが終わり、明らかに意識のない人間に肩を貸しながら飛行機を降りると七星の意識は覚醒した、地面に降り立つという事が意識を戻すトリガーとのことだった。
そこからは電車を使いバスを使い、なんとかこの国最大の湖近くにあるコテージが今回の拠点との事でそこに到着したのは既に時計の針は12時を過ぎ示している。
「疲れた、二日に分けてよかっただろうに、この移動なら…」
「流石に腰とかが痛い……、というよりももぅ………ぐぅ」
「寝るなら着替えてから眠れよー」
普段外出をし無さそうな遠野の事だ、まず間違いなく体力の限界なのだろう、とぼとぼと壁に寄りかかりながら用意された部屋へ荷物を運びながら歩いてく姿が1分単位でも変わらない所を見るに相当な疲れだったのだろう。
自分にだって流石に疲れは存在する、フェリーに飛行機、電車にバス、一日にこれだけの移動をして疲れないという方が無茶な話だ、というよりもこれで疲れない方が常識的に考えるのならばあり得ない。
「七星はえらく元気そうだな…」
「そう見えるか?まぁ確かに疲れは無いな、十分な睡眠をとれたからかもしれない」
月明りに照らされる七星の姿が妙に不気味に見える、どうしても明かりの関係上彼女側が影になっているというのもあるのかもしれないが、だが雷道翔にとっての彼女はそれだけの理由でそう見えるとは思えない。
「そういえば雷道お前は私を七星と呼ぶ、それは何故だ?それと意識的にかは知らないが一人称も変わる時があるな、それはその目がそうさせているのか?」
確かに雷道翔は私と、俺を私という二つの一人称を切り替えて使っている、それは特に意味はない、強いて言うのであれば素の自分こそが私で、この国で生きていく上の人間関係で俺という人物像が必要になったというのが正しいか。
「お前が最初に七星って名乗ったんだろ?だから私にとって七星は七瀬じゃなくて七星なんだよ、生憎だが私は人の名前を覚えるのは下手なんだよ、気づいたらそうなってた」
「確かに私の落ち度だな…ふふっ…、それにしても七星薫かパッと想いつた割にはいい名前だが、私には些か眩しすぎる名前だ」
七星は遠くを見つめ、星を掴むべく窓を越えて外へと一歩踏み出した。
「私…いや私達のような日陰モノが星を名乗るのは滑稽だと思わないか?」
「日陰モノ、………そ、れは……」
「違うとは言わせないぞ、そして語らなくても良い。私達が個々に持つそれは個性というには歪みすぎているが、ただ嘘を吐くことを許さない今は間違いなく自分の本質が生きる事の邪魔をする、お前が向かった公園だって隠し切れない本質そのものだろう、その広すぎる視界がどうしてもそこへ足を運んでいた、違うか?」
「なんでも分かるんだな、少し気持ち悪い。誰かの心を簡単に見透かすなんてそれこそ異常で常識がなく、普通ではないことの様にも思えるな」
スパスパと雷道翔という人物の本質を暴かれて、良い気がしなかったのだろう。
自分でも言うつもりが無かった事を言ってしまい、慌てて撤回しようと前を向いた先には目を丸くきょとんとさせた、七星薫がそこには居る。三白眼の様に目が小さくなり本当に驚愕しているようだった。
「まさかお前に言い当てられるとは思わなんだ。…そうだ、私は異常者に他ならない、私は異常者だからこそからこそ、今日も見せた通り外付けの常識しか持ち合わせていない、夜風に当てられてしまったか、それとも自身の脳のキャパを越えたのか付随する常識が外れているようだ、付け直す為に私も寝るとするよ、いい夢を」
「ああ…おやすみ…」
七星薫は簡単に宣言してみせた、自身が異常者であると。
彼女の強さの所以、その体現がその心構えなのだろう、そう確信付けるには十分な会話だ。
「この視界も、この本音も私が持つ異常だと思い切る事ができれば、どれ程楽なのだろう」
羨むような小さな声で、雷道翔は月に向かって自身の本音を語るのだった。
装備の準備、絶対に失敗しないための緻密な作戦会議、そして一番重要なことは乗り込むその場所の把握、突っ込むだけでは退路を築けず捕まる恐れもある、ならばそれを防ぐ手は何かと言われれば答えは簡単だった。
「潜入作戦は構わない、構わないんだが…どうして私なのか説明を貰えるか?」
「外面と社交性だけはいいから?」
「七瀬さんはまだ大丈夫ですけど、私はどちらかと言われたら買われる側になりそうですし…、ここは男性である雷道さんに行ってもらうのが一番いいのでは……駄目でしたか?」
二人の言っている事にも一理はある、七星は行った瞬間に気に入らない事が見つけてさえしまえば、その時点で行動を起こす危うさを持っているし、遠野に至っては間違いなく客ではなく従業員とも間違えられる可能性だってある。
「私が行くしかない…、だが流石に気乗りはしないかな」
「一応今回の作戦としては今回協力を取り付けた清掃員の方を、雷道さんが買っていただいてその館内の情報の整合性と、当日の作戦遂行時に必要な前準備…こればかりはデータを見て話して貰った方が速いですね」
「まぁお前は童貞坊やだが、一応数々の女を食ってきたという逸話もある程有名人らしいじゃないか、余裕だろ?無理そうなら連絡しろ、私が代わってやる」
「安心しろ、七星に頼ることは絶対にない」
「そうかい……、まぁ相手に入れ込み過ぎるなよー」
「……?…当然だろう?」
七星のよく分からない忠告を受け雷道翔はその場をあとにし、その家の中には七瀬と遠野だけが残り、疑問があるかのように遠野は問う。
「七瀬さん、入れ込み過ぎるなとは?」
「あぁ?あー、そういう追い込まれている人間を見ると情が湧く事が多い、それこそ今回のターゲットは哀れにも騙された人達の巣窟だからな、アイツの様に普通に社会に溶け込めた人間だからこそ、その情が余計な一手を生みかねない、まぁこんなところだ」
その言葉を雷道翔は聞いていない、聞こえる筈もない。だがしかし彼という人間は七瀬や遠野と同じような存在でいながら、どちらかと言えば普通よりな存在だった。
故にそれを見て心を無にするなど、難しい話なのだ。
故にこそ彼が進む森の中にある、一つの建物、森には似つかわしくない灰色の質素な建物だが、森に作ったにしては大きすぎて違和感さえあるその建物に一度足を踏み入れ、その場の空気を味わってしまえば、飲み込まれるのも無理はないのだ。
「カケル様でございますね?お待ちしておりました、私ここ、悦楽の都で支配人をやらせていただいている反田(はんだ)と申します」
目の前に現れたのは、反田と名乗る下種そのものだ、だからといってここで感情を乱せば全てが無駄になる。だからここではショウではなくカケルと立場を入れ替えた、慣れている事だ、俺も私も、ショウもカケルも同じ事。
だからただ一言で言い、ただ一言いえばこの状況にも馴染める。
「出迎えご苦労様です、わざわざ私のような若輩者にまで」
「貴方様は当店の立派なお客様ですから、それでこの度はどのような商品にいたしますか?限りなくきっとカケル様のご趣味にも合う商品を取り揃えておりますよ?」
「そうだな…、少し周囲を見渡してもいいかな?」
「えぇどうぞご覧ください…」
目的の相手は清掃員、ここでは商品にならないような人間と聞いている。ともすれば醜悪な男か、それとももう価値もつかないような老婆か、こちらに対する合図は壁を掃除しているという事、この場でも二人程清掃員らしき存在はいるが壁を掃除しているのは割と近くに存在していた。
「あの清掃員の時間を買うとするかな」
「いいのですか?あのような醜女で、わざわざあのような女ではなくお客様であれば…」
「いいや、実を言うとな私はああいう女が好みなんだ、外では間違えても言えないからな、だからこうしてここを利用させて貰っている」
「そうでしたか…失礼いたしました、そう言った理由ならば納得です、では料金の程をいただいてもよろしいですかな?」
「あぁ受け取って確認してくれ、現金であった方が良いんだったかな?」
「えぇ、確かに頂戴致しました…、ではこの悦楽の都で、悦楽の限りを楽しんでください…」
用意された部屋に醜女と呼ばれた女と相対し、使い古された少し腰を掛けるのも憚られるベッドに腰を下ろす。
「えーっと、それで君の名前を聞いてもいいかな?」
「私はヒメカと申し上げます、この度はご協力とご支援に感謝いたします」
ヒメカと名乗る女性は徐に下げていた頭をあげてこちらを見る、確かに彼女は凡そ人に好かれるという顔をしていない、それで改めて近くで確認した際に150㎝も無い身長だと、なるほど納得だ。
彼女に客が付かないのは出来の悪い老婆を相手にしているような感覚になるのだろう、フェティシズムがそちらに傾倒したとしても、今度は若々しい10代の様な声のギャップによって、萎えるという事もあるのかもしれない。
顔のパーツはバラバラというのもあるし肌も凄い荒れていると感じる、醜女と呼ばれているだけあって本音で話すのであれば整形に失敗した、どこかの番組で取り上げられるような顔である。
「あのあまりジロジロとみられるのは、少し…」
「そうですよね…、すいません。では作戦の話をしても?」
「はい、まずは日程に関してですが五日後…それとダクトの整備…あとはこのブレスレット?になるんですか?を従業員には装着してほしいと、その理由を伺っても?」
彼女との対話は順調に進んでいく、だが何か違和感を覚えざるを得ない。
彼女は確かに顔にコンプレックスを持っているのだろう、だからこそ視線が集まることを嫌う、だがそれに対してこの意思の強さはなんなのだろうか?
勘違いではあるが雷道翔は、通称伝説の間男として多くの人に言い寄られる機会や、そういう現場で助け船を出して勘違いされる要因を作る事が多かった、そこに美醜の区別はなく。ただ自分が持つ思想の押し付けで動いていただけなのかもしれない。
雷道翔とは生きている常識が違う存在達でも、ただ一つ少し前と変わらなかったモノがあるそれは性格だ。
顔の美醜、内面の美醜、体の美醜、彼女は内面がとても気高い意志を持っている、そう思わせる、自身の顔がコンプレックスというのは間違いない、しかし視線を集めることは苦手でも自身の顔を明かすことはいとわない、そこが何か引っかかる。
「……えっと、聞いてますか?」
「あぁすまない、少し考え事をしていて…」
つまらない事を考えて、肝心の作戦を疎かにしていてはお話にならない、だからもう一度資料に目を戻す、その時であった。
「イヤァアアアアアアア」
甲高い女性の声が響きわたる、恐らく従業員の女性だろう。
人が限界に達したときに聞こえる、錯乱、あるいは発狂とも取れる叫び声。
「作戦に変わりはありません、ですが当日だけだと不信に思われる。今日から占い的なモノとしてなんとかこのブレスレットを付けることを義務付けておいてください」
「あのどちらに?…それとお名前だけでも」
「ちょっと様子を見てきます、名前は……し…カケルです、では」
扉を開きエントランスに向かうと、下着姿の女性の首根っこを掴み窒息寸前にまで追い込んでいる、小太りの男の姿が見える。
この場は悦楽の都、肉体関係を築く事には不便なことは無くなった今のこの国で、唯一人々にとって些細ではあるが重要な問題があるとすれば、それはフェティシズムの解放。
簡単なモノをあげるとするならば、サディズムとマゾヒズム等の性的嗜好を味わうことが難しい、だからこそ大金を支払ってでも性的嗜好を満たす人間が必要だ、だがそれを現在PNTR政策の元で改正された法の前では違法になってしまう。
そしてPNTR政策の元、出発点に大きな差は無くなった。だが終着点という意味では無限なまでに差は変わらず開いている。
故に奪われたモノが、政策を利用して奪い返す最も安易な方法は終着点側に存在する人間の道具になり媚びへつらう事によって大金を手に入れて奪い返す。
違法であっても取り返せるならば、手段は厭わない、ある意味ここで働いている人間達もPNTR政策の被害者とは一概には言えないのかもしれない。
だってここで働いている者も結局は金という単純な方法で奪い返そうとしている、相手がやってきたことと同じ手段、同じ方法を用いているのだ。
もしかすれば寝取った側と、確かに愛を築いていたかもしれない、そもそもここで働いている人間達が酷すぎたからこそ、政策によって奪われることを良しとした可能性だって存在する。
けれど、雷道翔は断言する。
今にも意識を失い、命を絶たれそうな彼女が悪かったとしても、ただ商品という物を壊そうとしただけの男だとしても、そして商品が死んでも何一つお咎めが無かったとしても。
誰が悪くて、誰が悪くないを自分で決められる程、雷道翔は驕っていない。
「それはダメだ……ダメだ…ダメだってぇつってんだろ!」
ただの性的嗜好、フェティシズムを理由として悦楽に浸り。己が欲を誰かに押し付ける行為、一線超えなければいけない程のモノではない。
要は人間誰しもが持つ嗜好の話、嗜好程度の話で人の命が奪われてたまるか。
その想いだけで、雷道翔の体は行動を開始していた。
「その程度しか染まっていない癖に!貴様はァアア!」
その姿はまるで、己の欲望に浸り悦楽を楽しむ人間を許せないという我儘だ。
だがしかし我儘であり憧憬を嘆く、それを彼らだけは許される。
嘘を吐くことが許されない世界になったからこそ存在してしまった、絶対に道徳的にも常識的にも許されない性への執着を持つ者だけが許される、心からの叫びだったのだ。
ぽつりと、血の雫が雷道翔の拳から流れ落ちる。
相手の地ではない、自身を抑制する為に握りしめた拳から溢れた血だった。
(少しだけ、アンタたちが羨ましいよ)
騒動を聞きつけた支配人たちがようやく、雷道翔を取り押さえる。
ここは悦楽の都、他人の悦楽を邪魔するなどあってはならない。契約書にも記されていた通りの話だった、ここではこの恐怖で縮こまっている彼女も商品であり、人ではないと。
例え死んだとしても、客の責任ではない。故にここでの悪者は間違いなく雷道翔その人だった。
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