Case6(上) 未NTRを侵食系
この世で最も疲れる行為を知っているだろうか?七瀬香里はそれを知っている。
これは課せられた試験を合格し、その資格を持っている人間にしか許されない行為だ。ミスが発見された罰を受け、繰り返しのミスや大きなミスを犯してしまえばその資格ははく奪される、まず間違いなく責任が自分に被る資格であることに間違いはない。
「はぁーーー…、億劫だ。そもそもなんで私以外免許持ってないんだ?」
疲れる行為というのは真冬+悪天候+何もない高速道路、止めに目的地までの到着予定時間は4時間越えという長距離運転、そもそも冬場の運転などそんなに経験が多いという訳でもないのに、彼女は最悪の状況化で運転させられている。
「パトロンHィ、無茶なスケジュールを組みやがって、私の疲労を考慮してないだろ…」
島国故に車のまま内地に向かうとするならば、どうあがいても船に乗るという事などは推測可能だったはずだが、それでもまさか戦闘を行った明後日には出立する羽目になるとは思っていなかったのだ。
それが決定されたのは、巻き戻ること半日前に戻る。
私は怒っている。なぜならば同じTMNスーツであるにもかかわらず、雷道のスーツは普通のミリタリージャケットのような意匠であったからだ。
「なぜ私のスーツはこれで、お前のスーツはそれなんだよ、格差が酷すぎないか?」
「いや知らんが?七星の趣味という訳ではなかったのか、その痴女スーツ」
「雷道!…いいだろう君には、地獄すら生ぬるい苦痛の限りを見せてやろう…」
「おぉーやってみろよ、スーツ無しじゃただの女だろうよ!」
ポコスカと殴り合いにすらならない、一切の防御が不可の一方的な暴力が翔を襲い、最初の威勢はどこへ行ったのかただただ蹂躙される姿が七瀬の瞳に映り、その事実が更に七瀬の攻撃を苛烈化させる。
「おいおい、どうした?最初の威勢は、情けないなぁ似非ヤリチン小僧」
「なんだとこの痴女スー…痛い痛い痛い!どこにそんな力あるん…痛――い!」
「人体の構造を教えてやる、どこを弄れば人は最大の苦痛を味わうのか、どこまで痛みを与えても骨折のような実害が出なければ……」
「あの…、今集中しているので、黙っていて貰えますか?」
「はい…、ごめんなさい…」
七瀬は思わず、背筋をなぞられたかのように背を伸ばしてからうかがうように、今もPCの画面に張り付いている夕夏の姿を見る。
普段のおどおどしロリロリしい少女の姿からは考えられない程の、冷めた視線そして荒んでいる感情を正面からぶつけられると、普段をしっていればいるほどに委縮してしまう。
「ようやく解放された…、でも腕の感覚が無い気がする?」
「まぁそれはさておき、そんなに大変なんだ?同じスーツにつける増加装甲?拡張機能?」
「えぇ大変です、七瀬さんのスーツは近接の為に無駄を削っているので、そこに無駄を付け足して無駄を無くすのは…、本当に」
「でもその言い方的に二度手間じゃないか?それ、別に私はそのスーツを強くしようとなんて…夕夏?」
ピクリと彼女の動きが止まり、不穏な静寂が訪れる。
出来得る限りを尽くしスーツの改修の為のソフトを凄まじい勢いのタイピングが一度やむ、まるで壊れた人形のように首を振り返る様、死んだ魚のような瞳で振り返られても、まだ少し可愛らしいが勝つのだから、夕夏のポテンシャルは凄いのだろう。
「なんてことを言うんだ七星!馬鹿、馬鹿、この馬鹿!…、七星が帰ってきてから七星の為に思考錯誤して、寝ずに1日パソコンに向かっている遠野さんに、こいつ!」
「ふふっ……そうですね、二度手間ですね」
「あれ?」
「そうですよ!二度手間じゃないですか!このLUNEスーツといのも、TMNスーツの上から増加装甲のような事にして使うから今回できたわけで、つまりはこれをそもそもTMNスーツ側に更に内蔵して、このポテンシャルを………つまるところ!」
ガタンと音を鳴らし、夕夏はその場を立ち上がる。ほぼ一日と半日座りっぱなしの体的には大丈夫なのだろうかと私も思ってみたりするものの、大丈夫そうだ。
そして私の前に夕夏は堂々と立ち向かい合う、そして振りかぶって手で服を思いっきり引きはがした。
「結構愛着あったんだが…」
「一からTMNスーツを設計しなおします、データ取るのでそのまましばらく下着でいてください」
「構わないが……、おいそこの童貞。お前には刺激が強いだろ?車で待っていろ」
「恥じらいとか無いのかよ、…お前の貧相な体じゃ何も思わないね、タイラーノッポ」
「雷道ァ…後で絶対に泣かせてやる」
「七瀬さん早く機材つけてください、今日の夜には出ないといけないんですから」
「ぐぅ…、わかっているが…私は掌以外に機械が触れるのは苦手…ひゃん!」
ペタペタと明らかに布ではないモノが私の体に張り付けられていく、健康診断を行う時もそうだが、私はとにかく指先や掌以外に機械に触れることが苦手だった。
「あのー、七瀬さん?大丈夫でしょうか?」
「問題ない、軽い貧血と吐き気のような感覚がするだけ……うっぷ」
こうして体を横にさせ、この体調不良さえ乗り切ればよいのだから簡単な事なのである。だが私はそれと同時に疑問を抱く。
「体に機械が触れ続ける事は、普通に考えて異常だろ?夕夏」
「そうですかね?結構自然なことじゃあありません、それこそ腕時計とかも今はほらスマートウォッチやらありますよ?」
「腕時計は腕に巻く時計以外の機能いらなくないか?……あ、駄目、吐きそう、寝る」
そうして私は普通でないことから逃げるように、意識を逃避させる。それが出立する前、最後の記憶であり、目を覚ますとそこには目的地とパトロンHから指示されたらしき予定表に、証拠の隠滅は終わったのか閑散とした室内があり。
車に移動し、自分のやることはないと悠々寝ている二人を後ろに乗せ、車のエンジンを掛け高速に乗った直後から吹雪が押し寄せてきたというのが、これまでの経緯であった。
車を走らせること約4時間、時刻は朝を迎えたというのにも関わらず、いまだ空は闇に覆われている。眠たい眼を起こすかの様に目的地であるフェリー乗り場周辺のコンビニに立ち寄って、購入した温かいペットボトルを口にする。
「お茶なのにやっぱり、陶器の味がしない…不思議だ」
ペットボトル故に陶器の手触りもそして陶器そのものの口触りもしない、当たり前だ。
それは理解できる、だがしかし常識的、普通に考えてお茶という物、特に緑茶や抹茶を飲むのにプラスチックの手触りや口触りをするというのは、なんだか納得がいかない。
「味は…確かにお茶の筈なんだが…ふーむ………茶菓子も買ってみようか」
ついでに茶菓子として甘味を購入し口に含んだのち当たり前のことではあるのだが、やはりお茶からはお茶にあるまじき陶器の触感を感じるという事が出来ずに終わってしまう。
寒空の下、やはりお茶という名を冠していても常識的に考えてプラスチックからは、陶器を感じることは難しいという事に、やはり私は納得がいかない。
「夕夏も、雷道も慣れない習慣故に疲れも残っているのか、なら私も邪魔をせずに眠らせてもらうとしよう」
納得がいかないからとふて寝をするのは子供の所業だが、その子供に徹夜で移動を命じたのは大人である。
大人であるが、大人ではない私。それ故に忘れていたのだろう、フェリーの時間に合わせた目覚まし時計の設定を、この車にいる全員が忘れていたのであった。
◆◇◆
「ま、間に合ったぁ……、まさか七瀬さんが爆睡しているとは…」
「七星の奴、到着してフェリーに乗船したと思ったら、もう寝に言ってやがる…」
私の想像する七瀬さんは、生活に関してそこまで怠惰という認識はなかったけれど、今日の七瀬さんはどうにもだらしない。
もしかするとだらしないという訳ではなく、体が本調子ではないのかもしれない。
そう思えば遠野夕夏の足は自然と七瀬の元へと動く、あの戦闘後に見てしまった傷を見てから彼女は、気づけば七瀬を目で追っている節があることは徐々にではあるが気づいていた。
「な、七瀬さーん?しばらく船なので休めますけど、欲しいモノとかありますか?」
「うーん……、うぅー…防寒ウェットスーツ……」
「寒いんですか…?TMNスーツを着用すれば、それに近しい機能は出せますけど…着替えますか?」
「夕夏ぁー着替えさせてくれー……」
「そ、それはぁ、まぁ大丈夫ですけど、毛布とかもありますよ?」
「水上なのに浮いているのが気持ち悪い……、なら泳いで行かせてくれ…」
寝ぼけているのだろうか?気持ち悪いというのは船酔いの事なのだろうか?私には分からない、理解できる気がしないどうして七瀬さんは苦しんでいるのだろう?
「船酔いの薬もありますけど、飲みますか?」
「薬嫌い…、なんか生理的に受け付けないんだ…」
「えぇー、じゃあどうすればいいでしょうか?まだ試作段階ですけどTMNスーツver2の性能解説でも…、いやそれは七瀬さんが興味ないですよね…えーっと、えーっと…」
「それでいいから、私の意識を遠くへ追いやってくれー」
「話してもいいんですか⁉そこまで望んでくださる程に?ええでは話します、話しますとも、この遠野夕夏がKDKの特殊増加装甲スーツをどうやって改良し、実践ではどのような効果が期待できるかを話させていただきます……」
私は水を得た魚のように口が回りだす、そこが世界で私の為だけの空間になったかのように、私は七瀬さんが望んだからこそ、私の口は止まる事を忘れた暴走列車の如くだ。
「………であるからして新式のTMNスーツ、完全オリジナルなので名称はまだ決めてませんが、……まぁ物事は案外万事無事に行くものです、ということで名前を七瀬さんと…」
「遠野―、もう着いたぞ?車出すにも七星が居ないと動かせねーから早く連れてこーい」
「いつの間に数時間も⁉」
私を支配する感情、それは紛れもない本心からくる驚愕だった。
体感的に言うのであれば話したとしても十と数分程度、その程度の感覚だったのにもかかわらず、既に太陽は自身の真上近くを進んでいる。
「これは…時が加速し、イテッ」
「馬鹿な事やってないで行くぞー、ほら七星もとっとと運転席に着け、陸が好きなんだろ?陸がー」
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、そんな無敵の淑女であるはずの七星さんが船という乗り物の上では、一歩歩く事に船外とエチケット袋にゲロをまき散らす、ダメ人間になっていて、初対面では言葉を放っていた雷道さんは案外面倒見が良い。
「殺してくれ…、人は津軽海峡を泳ぐべきなんだ…」
普段では知り得なかったメンバーの本質を見れること、どれくらいの付き合いになるかは分からないが、彼女らの内面を知るという行為、私の本質を明かす行為、恐らくこれが私のこの短い人生の中で殆ど獲得できなかった、友人という関係性なのだろう。
「あぁちょっと七瀬さん⁉飛び降りようとしないでくださーい、もう陸はすぐ傍ですー」
撤回しよう、恐らく私達のテロ行為は前途多難であるのだろう、少なくても七瀬さんがそれを証明しているのであった。
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