Case4 あんなに普通だったのに

 雪が深々と降りすさむ中で、気まずい空気が流れたまま普通という仮面を被ろうとしている二人の人間が一定間隔の距離を保ちながら歩いていた。先ほどまでは清楚の塊のような黒髪ストレートの髪を風で靡かせていたのに、今の七瀬は不遜にして大胆不敵、全てを置き去ってしまうが如く雷道翔の前を闊歩する。

「おい、ついてこいと言ったくせに、何処に連れ行くつもりなのかくらい教えてくれないのか?」

「余計な雑談が必要か?伝説の間男という割には寂しがりなんだな、意外に可愛いところがあるんだな」

「おい七星、それがもう勘違いの積み重ねってことは分かってるんだろ、嫌味か?ていうかここはどこだ?なんだこのみすぼらしいあばら家の数々は」

「勘違いの積み重ね?そんなことはどうでもいい。……そしてここが今現在お前を探る為の拠点だ。詳しいことはまぁ私たちのパトロンから聞いてくれ…」

「パトロン?出資者がいるのか?」

 言われるがまま、成すがままに雷道翔はアパートの一室へと連れこまれる、そう促したのは七瀬本人だが、そこに立ち会うつもりはないと言わんばかりに彼女は外にある、この場には似つかわしくない図体をしたアメ車に乗る姿を横目に雷道翔はアパートの扉を開ける。

 一体何のため?その答えはパトロンが本人語るであろう。


 ◆◆◇


 七星を名乗る清楚風ビッチのような女にたぶらかされたと言えばいいのか、それとも七星薫が口にしたNNTRという組織の掌で転がされているというのかは分からない。

 だが雷道翔は自らの意思でここに来た、この古臭すぎて彼女ら以外住んでいない、住むのも憚られるようなオンボロなアパートに。

『やぁ君が雷道翔君だね、私はH…このNNTRという組織の創設者にして、組織を維持する者だ……まずははじめましてだね』

「はじめまして……、そちらの小さなお嬢さんも貴方や七星と同じNNTRのメンバーなのですか?」

『そうだ…私が出資し、君の言う七星君が前線に立ち、そこにいる遠野君が支援や開発などを行う少数の……言ってしまえばPNTR政策反対派のテロリスト…かな?』

「こ、候補という形ですね。まだ厳密にいえば事件は起こしていませんから…、するとしてもやっぱり…」

『遠野君の言う通り、今はまだKDKにも気づかれていない犯罪組織を名乗ろうとしている…、そうだな…大学のサークルと変わらない、だが近い内に行動は必ず起こす。そこで君の手も借りたい、そういう事でここに連れてきて貰った』

「私がごっこ遊びに人生を賭けると思いですか?正直話にならない…、七星…彼女が鬼気迫る演技でそれらしいことを言っていたので、もしかしたらと思いましたが…残念です」

 モニターや、それらしいPCそんなものがいくらあったとて何もできていないんじゃ話にならない、故に雷道翔は肩を落としため息を吐く。

 こんなごっこ遊びに付き合って等いられない、それならばどれ程誰かに勘違いされようと、遠い昔にも思える普通に戻るその時を信じて待っている方が良い、どれ程自らが普通じゃない、感情に支配されようとも…。

『そうか…それは残念だ。遠野君…彼に私の名刺を』

「は、はい」

「要らないよ、そんなことに付き合えるほど子供じゃないんでね」

 またそれらしいものが出てきた、出てくるだけだ、なにも実行できていない。

 あの公園から見える小学校の中の生徒たちの方が、まだ結果を残しているというのにここにいる連中は理想だけを語る、行動も起こさずに理想など叶いはしないというのに。

『まぁ受け取ってくれたまえ、私たちは先ほども言った通り行動は必ず起こす、そしてこの世界が間違っていることを、それを正すことを宣言する。……その時にもし雷道翔君…君のお眼鏡に適い、私たちと同じ先を見たいのであれば歓迎しよう』

「そうですか…、まぁ…では受け取るだけ受け取っておきます」

『帰りは護衛を付ける、と言っても歩き、君の言う七星君が後ろからついて行くだけだが』

「護衛?…監視の間違いでは?」

『さぁどうだろうね』

 その言葉を最後にアパートの扉を開き、その場をあとにする。

 階段の下には護衛という名の見張りが夜だというのに、肌寒そうな服で待っていた。

 ふと違和感を覚える、先ほどと同じ七星薫なのにもかかわらず、彼女は全く別人になったような違和感、だがそれを考えすぎで一蹴できるほどに彼女らという組織はお粗末そのものだった。……故に。

「ついてくるなよ、少し期待した私が馬鹿だった。口だけならば何とでもいえるというのに」

「そういうな、私はこの組織にたどり着くまでに2年を要したが、実際に発足してからはまだ1週間と少ししか経っていないんだ」

「2年ねぇ、もう少し有意義に使えないもんかね…清楚系ビッチの七星薫さん?」

「七星薫という演技を真に受けたのは、お前が悪いんだ。責任を私に転嫁するな」

「はいはい、そうですね」

 この拠点とやらに来るまでに辿ってきた道、というよりは大学からあの公園までの道をそのまま戻るという感覚だった。

 後ろについて歩かれるという事に少しだけ嫌悪感も抱きながら、少しだけボロアパートで見た少女らと、そして後ろにいる七星について思う。昼間の雪が未だに靴で踏みしめ足跡を記憶できる程度には積もっている、だがそれは一瞬の事、人通りが多ければ自分のいた足跡など勝手に消える、それは何も足跡だけでなくこの世界においてもそうだ。

 1分前に誰かが起こした行動が、1分後の誰かによって無に帰されるなんてこと珍しい話ではないというかそれが普通だ。

 その方法が自然の手によるものかもしれないし、人の手によるものなのかもしれない、ただ自分達の人生においてそれは明らかに人の手で起こされたことは明らかだった。

「私はこの世界より、今いる自分自身が嫌いだ。…七星、君に聞きたいどうして変革を望む?私達が我慢すればいいじゃないか?」

「我慢の先に何もないから問題なんだ、私達は我慢すればいい、じゃあ私達の次はどうなる?私達と同じ苦しみを今度は産まれたその時から味あわせるか?」

「それは…」

 日常で過ごすだけで感じる普通とは違う感覚、これが成長期に見られる自分は特別という一種の妄想ならばどれだけいいことかと思ったことは何度もある。

 気づいた時には既に手遅れだった、自分たちはいきなり自身の根底ともいえる部分を、普通では現れることも、その存在すらも気づかなくてよかったかもしれないモノをいきなり見せつけられ、そして隠す事すらも許されないそういう状況に陥った。

「私たちは少数派だ、だから国も問題視していない。少数派の我儘に大多数を付き合わせるそれは普通の存在からしたら足を引っ張られる行為に他ならない…、私はそう思うのだが」

「わかってない、わかってないよ雷道、これはそういう話じゃ……っ…」

 七星薫は不敵に笑う、まるで論点そのものが違うとも言いたげに彼女は雷道の一歩前を歩き始めたと思えば、いきなり腕を通せんぼする形でこちらを遮り立ち止まる。

「一体何して……」

 一瞬の疑問の感に起きたのは、閃光と衝撃。巻き上がる雪やゴミ、そしてその衝撃によって発生したあらゆる破片が散らばっていく。もし七星薫の静止を振り切っていたら、出会い頭の衝撃を直撃をくらって死んでいたと心臓が破裂しそうな鼓動をあげている。

「へぇ…、私たち以外にも動く人がいるのか……。いいな…気に入った、加勢するかどうかは置いておいて…行動を起こすとしたらここしかない」

 バサッと七星薫は衣服をいきなり剥ぎだす。清楚系ビッチをは演技ではなく、本当の事だったのかとも思ったがどうやらそうではなく、彼女は痴女であったらしい。

 キャットスーツのような上半身かと思えば、旧スクール水着あるいはブルマのような衣服に太ももまであるタイツと、それに比べるとまだ機能性はありそうなブーツ。

 タイツはタイツで意味があるのかとも疑いたくもなる、ガータベルトと鼠径部を隠すためなのか最低限度のミニスカートに、ほぼ透けて見える薄手のフード付きパーカー、この衣服を服の下に着用し、一目を気にせず脱げるのは間違いなく痴女である。

「恥ずかしくないのか?その恰好」

「逆にこれを恥ずかしがらずに着用できる人間がいると思うか?」

「あぁ、いないだろうな」

 確かにこれを恥ずかしがらずに着るというのは、ものすごい度胸が無ければならない、それこそまだ露出の方が幾分マシだと七星薫も思っているのだろう。

「これ、私の携帯。夕夏に帰りは案内してもらえ…それではな」

「あ、ちょっと…」

 何を想ったのか、雷道は思わず声をかけて目の前を発とうとしている七星薫を呼び止める、最後にこれだけは聞かせて欲しいと、煙や雪が空から舞い散る、一種の紛争地域のような惨状で雷道は問う。

「私は何を間違えているんだ?」

 七星薫は根本的に雷道を間違えていると語った。

 その答えをまだ聞いていない、ただそれだけの為だ。あとからでもいいのではないかとも思える会話だが、今ここで聞いておきたかったのだ、きっとそれは今後の人生に関わる内容であるから。

「あぁ簡単だ、嘘を吐けず真実しか語れない世界と、嘘を吐いてもいい世界、誰かの為じゃない自分が生きるとするなら、お前ならどっちを望む?」

「それは…、嘘を吐いてもいい世界…」

「その通り!嘘は吐いてもいい世界の方が、良い世界に決まっている、だって嘘を吐けなくなったからこそ、私達は困っている。そして嘘を吐ければまた私達は普通に戻れると知っているからな。お前はマイノリティがマジョリティの足を引っ張ることは良くないそう語った、大いに賛成だ。世界はマジョリティを中心に動いていた方が良いに決まっている、だが嘘を吐けない世界では、私たちはマジョリティには参加できない。だから根本的にお前は間違っていると言ったんだ。私たちNNTRが望むのは前のような嘘を吐いてもいい世界に戻したい、それだけなんだよ」

「それは自らを普通にするために?」

 何を当たり前のことを言っているんだと、言うがごとく目の前の彼女はこちらに向けてほほ笑む。普通を望むのに普通でないことを我慢するというのは、確かに馬鹿げている。

 そして普通になる為に大多数の足を引っ張るのもまた馬鹿げている、だが確かに少数派が大多数に簡単に参加できる方法が確かにあった。

 それは最初から最後まで嘘を吐きとおす事、嘘を吐きとおせば真実など相手には知り得ないのだから。

 ならば雷道翔のやることはただ一つだ、普通を望む青年は普通になる為に何をするのか、答えは決まっているようなモノだ、嘘を吐いてもいい世界に戻すそれは大層魅力的な案だった。


 ◇◆◆


 爆発と衝撃、隙間から流れでる煙幕と熱、そしてそれによって生まれた幾重の破片がこちらを襲う。顔さえ守れば大したダメージは受けない。それはTMNスーツが証明してくれている、自ら動こうとも考えたが、その時期は今誰かが用意してくれたらしい。

 上に羽織っていた衣服を脱ぎ棄て、後ろの彼は言う「恥ずかしくないのか?」と無論答える必要もないが恥ずかしいに決まっている、そう答えると彼、雷道翔はクスリと笑った。

 そして雷道翔は最後に問う、自分は何を間違えているのか。

 七瀬は答える。

「嘘を吐いてもいい世界ならば、私達も普通でいられる」

 そう答えると、そう答えると雷道翔は何か腑に落ちたのか、彼自身が納得したように見えた、ずっと引っかかっていた魚の小骨のような違和感が、私の答えによって上手く嚥下できたのならば幸いだ。

「そうだ、もう一つだけ聞いてもいいか?違和感の正体に気づいたんだ」

「違和感?私に対する?まぁ別に答えられる範囲ならばいいが…」

「七星、お前って着やせするタイプだったんだな、初対面の時とスタイルが違い過ぎてずっと違和感が……七星?」

「ふ…ふふふふ……」

「お、おーい七星―?」

 先ほど浴びた爆風による衝撃や破片よりも一段階強い、一撃を七瀬は確かにくらう。心臓部には、恐らく破片ではなく電柱程の太さの何かが刺さり、そして肉体は地雷を踏んだ人間のようにバラバラになっているだろう、それほどのダメージをくらいながらも七瀬はしっかりとその要因を見る為に振り返る。

「次その話題を出したら…、問答無用で……」

「……っスー……、あぁーそーいう…、それじゃ!」

「………、命拾いしたな…」

 最後の言葉を出す前に雷道翔は全てを察した、勘違いが全ての発端ではあるモノの、この世界に対し嘘を吐かずに擬態できていた彼だからこそ、七瀬のコンプレックスもすぐに察せたのであろうと、推察してみもする。そんなことはもうどうでもよく、今はただ誰かが起こした爆発現場に向かい、状況を見て行動するそれだけだった。

 爆破されたのは広場の真ん中、怪我人や死人はいない…探る為とはいえ店の屋根に上るというのはなかなかスリリングで子供心が疼き始めるものだ、といってもいつまでもここにいる訳にはいかない、加勢するかそれとも…、こういう時は判断を仰ぐに限る。

「SM1N、爆破犯を発見……NP2Tへ、報道はどこまで活発になった?それとHに今が動くべきかどうかを聞いて、どうぞ」

『こちらNP2T、報道は危険性を考慮してのドローン放送です。あとHさんは今回の事は全て1Nに任せると……、ど、どうしましょう』

「どうしたものかな…、一先ず爆破犯は複数の様だしあっちの言い分と、KDKの対応を見て決めるしかない…か」

 KDKは必ず出てくる、これは理想論などではなく、確定した未来。

 これがただの政府に対する嫌がらせというには度が過ぎているし、そうなのであれば即刻排除するべきであろう、だがこれは爆発という花火を合図とした政府との対話を求めている、テロリストの掲げたプラカードがそれを物語っている。

「奪われるだけの者たちにも救いを…か」

 あの者らは敗北者、男女の関わりの奪い合いに負けた捨てられたモノ達だ。

 PNTR政策はいわばワンナイトラブの推進に近しい、その結果出来た子供や妊娠してしまった女性、あるいは妊娠させた男性にはさまざまな褒章は与えられる。

 子供であれば大学教育あるいは成人まで養育費や病院費用を国が補填し、妊婦は妊娠期間中の最大限のケアと継続的な報奨金、妊娠させた男性には妊婦よりも少額だが継続的ではなく一括的な報奨金が渡される。

 その資金はどこから?という疑問に関して言えば、この国そのものの税金の仕組みが変わったという印象が強いだろう、この政策を作る際に一番初めに政府が取り掛かったのが社会全体の給料問題。

 それらの一番の問題である所得税や年金を一時的に個人や企業を問わずに一時国が受け持ち、国民の手取りを増やす。

 そしてそれによって起きる物価やサービスへの料金改革を法によって制限を掛け実質給料を増やし続け、そしてなにより大物小物問わず脱税や裏金の徹底摘発が行われた、悪を働いて私腹を肥やす行為は完全に悪であると世間にアピールし、あれよあれよと摘発されていき、一時は国そのものが混乱に陥りもしたが、まるで憑き物が落ちたように政治家や国は、国の発展敷いてはPNTR政策で得られる利益を得られる形に国そのものを変えていく、それが10年もたたずに行われたのだから誰もが驚いたことだろう。

 だが今語ったのはあくまで上手くいった部分だけだ、あの者らの様に奪われるだけの者も存在する。

 男であり、女であり、この政策では築いていた関係を強奪する事が可能だ。例えばそれは顔かもしれないし、金かもしれない、あるいは権力かもしれない、だが女も男も優秀な者たちへと集う事が増えた。

 優秀であれば、誰もがついて行く、優秀でなければ誰もついてこない。皆等しく給料は上がったスタートラインが殆ど同じになった、だが同じ条件であれば大抵顔か性格の良いモノへついて行く、その結果生まれたのがPNTR政策の恩恵を受けられないモノ達だ。

「大人しく投降しなさい!貴方達の言い分は分かります、ですがそのための風俗業サービスなどの拡張でしょう!貴方達にも確かに恩恵はあるはずです!」

「お前たちは得られる側だから分からないんだ!金でしか私たちはその関係を持てない、金でしか買えない関係なんて虚しいだけだ!」

「それは…そうかもしれませんが…、ですがそれでも貴方達は奪われてばかりではない!風俗業の人たちが機能しているのは貴方達のお陰です。金でしか買えないと言いましたが、金じゃなければ買えない関わりもあるでしょう!それこそ人を自身の悦楽の為に使うという行為は逆に貴方達にしかできない特権でもあります!……PNTR政策における関わりには過度な暴行には罰則が与えられます…」

「それでもお前達はだってその手に入れた関係で、そんな行為やろうと思えばできるだろ!そんな奴が私たちの苦しみを分かった気に…なるなぁああああああああ」

 くだらない物言いの連続、そして僻み妬み。そして激高した、自称奪われし者の一人が新たな火種に手を掛けたところでその腕はどこから来た衝撃で体ごと持っていかれる。

「KDKの狙撃か…、まぁ頃合いかな。こちらSM1NからNP2Tへ、これより戦闘を開始する、本当に奪われた者たちの声を届けけてやる」

「こちらNP2T、りょ、了解しました。何か援護は?」

「そうだな…少しでも狙撃手の邪魔になるようにドローンをハックし攪乱…あと正式に声明を出すその時はまぁ演出してくれ…できるか?」

「できます、ですが自動修復プログラムで回復するのに恐らく10分…その間しか私の操作は受け付けません…それでもやりますか?」

「あぁ…それで大丈夫だよ2T、それじゃあ作戦を開始しよう」


 奪われし者、爆破テロを試みた馬鹿たち人間たちは自らたちをそう前提した。

 反吐がでる、KDKと彼らの会話内容で私達が一生かかって相容れないことがあるとすればそこだ、お金で関わりを得ることができるところまでは否定する気はない、そういう職種もあるし、それを仕事にしている人を否定する気はない。

「ただ一つ、私は問おう…KDK、それに自らを奪われし者と自称するクズ共よ」

 二階から飛び降りながらNtR材質の刀剣を振りかぶり、切り落とす感覚で奪われし者と自称した者達を切り伏せえる。

「何者だ!こいつらの仲……ま?」

「まだ私が質問をしていないだろ、何をお前が先に質問している?」

 着地と同時に次はKDKの懐に忍び寄り近接を受け持つKDKをも切り伏せる、対話をしていた存在以外は必要ない。

 必要なのはそれぞれの在り方を語っていた二人だけ、故にそれ以外の意識はもう奪った。

「そ、狙撃!」

 狙いをつけている方角さえ分かっていれば、そしてKDKの不殺の理念から察するに狙う場所は自ずと絞られる、恐らく弾丸もこちらと同じNtR物質で作られているのであろう、不殺にはもってこいの物質だ、その物質が産まれた理由が理由なのだから当たり前なのかもしないが…。

「……狙撃は来ないが、お前見捨てられたのか?」

「なっ……そんなはずは…、狙撃はどうした!返答を!」

「まぁいいか…質問をしよう。貴様らは言ったな人を自身の悦楽の為に使うために風俗業があると…、奪われた者はそれを支えていると…。そして奪われたと自称するお前…お前達も言ったな、得た関係を使ってその行為を行えばいいと、そう言ったな?」

「ええ、そう言いました。ですがその答えになんの問題があるのですか?これはPNTR政策で保証されている内容です」

「何も使わずそういう行為をできる事に憧れて何が悪い!お前も…奪われていないから俺たちの気持ちなんてわからないんだよ!」

 吐き気を催す言葉だ、自らの悦楽の為に女を、男を買う?

「ならばそうするしかなかった者たちはどうなる…、誰かを想って自分の身を引き渡し、都合の良い悦楽の捌け口にされる男や女はどうする?ただの政策だ法の様に完全無欠ではない、それに利用されるだけされ捨てられる存在…それもPNTR政策だから許されるのか?」

 ゆすって、脅して、丸め込んで、そうやって誰かと誰かが築いてきた関係を破壊する、もし自分が我慢すれば相手の為になると思わせて、そうやって苦しむ自分を…他人をいくつも見てきた。

 もう一緒には居られないと言い渡される人も、もう一緒には居たくないと言い渡される人も、大切な人を守る為の行動が自分から大切な人を奪い、大切な人に捨てられるという脳が壊されそうな苦痛を味わう人間はどうすればいいのか…。

「それは自身の自業自得では?相手もPNTR政策を守って関係を新たに築きに来ていることは分かっている筈、ならば最初からその話に乗らなければ……あがッ…」

「もういいウンザリだ、お前たちの理屈は…。なぁお前はどうだ?お前もそうなりたいのか?奪われた者と自称しながら相手を奪う事に躊躇いはないのか?…」

「な、なにを当たり前のことを聞いているんだ!この異常者!そのためのPNTR政策だろうが!その恩恵を俺たちは得られないからこうやって声をあげているんだ!」

 その宣言が、本心だという事それを理解するのにそう時間はかからなかった。

 本気で殺してやりたい、あの苦しみを味わうことをどうしてわかってあげられないんだ、どうしてそれ程までにたった一つの政策に思考を放棄し、自分達の事しか考えられないんだ?どうしてその自分を想う心を誰かに向けてやれなんだ。

「2T…カメラをこちらに」

『わ、わかりました』

 政策が全て悪いと断じるつもりはない、出生率や、個人の賃金も上がり基本的に不自由な国ではなくなった。だがだからといってなぜここまで盲目になることができる、考えることを放棄することができるのか…それが私にはわからない、だから。

「ここに宣言する。我らはNNTR…我らは…私は…、このPNTR政策をぶち壊す」

 だからこそ私達のような者、少数派のイレギュラーも普通に戻れる唯一の方法だ、倫理観やマジョリティの足を引っ張るかもしれない、だがそれでも同じ想いの者を普通に戻してやりたい、一度普通に戻れればこの狂った世界でもやっていける。

「聞け!私達は真に奪われた者の味方だ!理不尽によって愛を壊された者、愛を歪まされた者そのすべての味方だ!この馬鹿どもの様に自分達が恩恵を得られないからではない、愛する行為が許されない、それを否定し続けるPNTR政策は、かつて普通に過ごしていた者達から普通で過ごす権利すら奪った!」

 七瀬は声を高らかに宣言する、自分の張り裂けるような想いをこのカメラから国中に広まってほしい、そう信じて叫ぶ。

「今の私達はこの普通とのギャップに悩み苦しめばいいかもしれない、だがこの先産まれる子供たちが普通になれず苦しむ姿を私は望まない、だから普通になれなくて悩む者が私達以外にいるのなら!私達に賛同してくれ!」

「勝手に言わせておけば、この美しい政策を否定してぇえええ!」

「…なっ……」

 不覚を取った、まさか意識を取り戻す者がいるとは、その可能性を微塵も考慮していない。自分の浅はかさが嫌になるだが、ここで言葉を止める訳にはいかない。

「私達はこの政策を否定する…故にPNTR政策を矜持する者達に宣言する!」

 そう宣言しようとしたときに、背後に迫った影は七瀬を捉えていることを感じる、だがそれでもこの宣言だけは邪魔させない、例え私が犠牲になったとて、この宣言だけは止める訳にはいかない。

『こちらPP3R…狙撃した…SM1N…そのまま想いの内をぶちまけてしまえ!』

 その声色を私は知っている、先ほどよく聞いた声だったからつい、笑みが零れそうになるがそれは我慢するしかない、真面目な話の最中に半笑いになる馬鹿はいるはずがないのだ。

「今のも罰の内だ…、妄信的にPNTR政策に賛同した人間に対する罰だ。……そして私達はこの政策の寵愛を受けている者全てに罰を与えよう」

 大きく息を吸い込む、既にKDKの別動隊がこちらに向かってきているのは、口まで隠れる襟に映されている敵影の表示とアラートで気づいてはいたが覚悟は必要だ。

 心臓の音が高鳴る、これは高揚ではなくこの国を敵に回すことへの緊張だ、だが今更立ち止まることなど許されない、上へ向かうエレベーターを止めることはできないのだから。

 これから然るべき罰を与えよう、自分達は法の寵愛を受けていると錯覚し、大切な何かを奪われ脳が壊れるほどの苦しみを知らない者たちへ。

 改めてNtR材質の刀剣を抜刀し構える、数が数だが逃げ遂せることは可能だろう。

「気づかせてやる…、愛というモノの素晴らしさと偉大さを!」

 KDKの隊員を全力の突きで吹き飛ばし、そして振り払い胴を折るかの様になぎ倒す、戦っているうちに圧倒的な実力差の前では怖気づく、兵士としては二流もいいところだ。

 だが丁度良かった、これが中継されている以上、この機を更に有効的に使おう。

「どうした?怯えて、それとも私に諭され気づいたのか?……【誰かが作り上げた愛という名の関係を壊すのは…、関係を壊され脳が壊れるほどの痛みに耐えられる覚悟のある者だけだと】」

 これは私達が普通に戻る為の実力行使であり。 

 そしてこれから私達は普通と最も縁遠い人にならないといけないという覚悟の証明でもあった。


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