Case3 金髪泣きボクロの担い手、間男のショウ
遥か北の大地から、北の大地の南方への移動を一日で慣行したのは良いモノの、最北端のド田舎から、北の大地最大の都市部に来るとその人の多さが嫌になる。
人が多ければそれだけ愛無き、関係性の人物達を運転中とはいえ、嫌でも視界に入れることになる。ただのナンパであればいい、けれど彼らや彼女らがやっている行為は、いわば関係の略奪だ、不法行為ではないが、不逞な行為には他ならない。
「指定されたのは、ここ……のはずなんだけど…流石に場違いすぎないか?」
「一応MM迷彩を使って、一番ここに合うような車種になるよう努力はしましたけど…、流石に迷彩であって変形している訳ではないので、触れられたらバレます…はい」
「流石にこのアパートにキャンピングカーは変だが…流石に…なぁ」
七瀬と遠野夕夏はお互いの顔を見てため息をつく。
おそらく自らのパトロン、Hを名乗る男は組織名もそうだが何かを選択するセンスというモノが信じられないくらい低いのであろう。
幸いだったのは、到着したのは深夜であり、人影も都市部から少し離れていた分見当たらずに突如として現れたという不自然な形ではなく、MM(Mirage Move)迷彩を誰にも気づかれることなく施せたという事。だがその用意された全ての選択肢を確認したうえでも、やはりこの場に似つかわしくない車種の迷彩にはなってしまった。
「どうして普通車だとアメ車みたいな迷彩しかないんでしょうか?Hさんの好みなんですかね?」
「そんなことは知らん…が、車幅が合うとなるとアメ車しかなかったのかもしれない…だがならもう少しありそうな場所を拠点にしてくれても良いモノを…」
「まさかの、ボロアパートですもんね…」
そうなのである、重量感のあるアメ車には似つかわしくないというよりも、そもそも土地があったとしても、車を置くような環境ではない場所が今回の拠点と言われても周囲から浮いているだけだった。
「まぁとりあえず深夜だが、連絡を入れて明日に備えよう。衣服などは揃えているらしいから、そっちに期待だな」
「そ、そうですね、七瀬さんはずっと運転してましたし、一度休息をしたほうがいいと思います、私が一応周囲の状況やターゲットの情報を集めておきますね」
「そうか…、なら夕夏に任せ……………ぐぅ…」
思ったよりも一日中の運転、それも300キロ以上もの距離となると流石に体のあちこちが痛くなっており、そして気が付けない疲労も溜まっていたのであろう。
そういう所を遠野夕夏はよく見ている。まだ出会ってから二日しかたっていないが、彼女の周囲に対する気遣いは常軌を逸しているといってもいい、彼女個人の心のメンテナンスも手伝ってやりたいが今はターゲットの観察と休息が最重要事項だった。
雷道翔という人間の観察を開始する為に必要なことがあった、それは個人的にはやりたくないことが、たかが一個人の一意見と、一組織の行動理念であれば優先されるべきは後者である、前者なんてものはただの我儘にすぎないのだ、我慢しろ、我慢するんだ七瀬香里。
用意された衣服に袖を通す、雷道翔の大学での活動を探るには大学生らしく大学で観察するしかない。
もともと前線の役目が七瀬香里で、通信などのオペレーション担当が遠野夕夏であることは初めから決まっていたことでもある、故にこういう場面で出張るのは七瀬なの…だが。
「なぁおい…H、この服を本当に着ないといけないのか?」
「あ、あの!私はよくお似合いだと……思います…七瀬さんの綺麗なストレートの黒髪に白いワンピース!それに上から羽織るカーディガンが清楚さを醸し出しているようで」
『すまない、雷道翔という存在が好みがわからない以上、どうしてもそのような衣服に…』
おそらく遠野夕夏なりの必死の誉め言葉と、パトロンHの本当にすまないと思っているであろう弁明、服装に拘りを持っている方ではないが、だが部屋にあるスタンドミラーに映る自分の姿を見て、これは流石に違うと否定したくなる。
「そのようなって…、気が弱そうーって見た目で、現実知らなそーっていう清楚系な少女を私に演じろと?」
その鏡に映る自分が可愛いとか可愛くないとかの問題ではなく、ある意味で一番自分が忌み嫌うような存在を演じなければならないという事が七瀬にとって苦痛に他ならない。
『一応眼鏡も用意してみたのだが…』
「いると思うか?」
『……はい…、じゃあ…その…作戦開始してください…』
その言葉を最後に通信は途切れた、人前に出ないで命令するだけの立場の癖に、驕らず引き際だけはしっかりとしている。そうでなければ恐らく雷道翔という突発的に表れたイレギュラーへの対処であっても最速かつ最大限の安全を確保できるのだろう。
「逃げましたね…Hさん。で、でも本当に七瀬さんはこの服を着こなせていると思いますよ!私だとこういう格好しても子供の背伸びって印象持たれると思うので…」
確かに遠野夕夏の背丈で着るには無理がある、恐らく自分で自分のワンピースを踏んで転ぶだろう。まぁ背丈が問題なくとも彼女の体形でこの衣服を着ると色々残念なことになりそうだ、どことは言わないが恐らくはち切れるだろう。
ブラウスなどのある程度の、押さえがついてしまう衣服と彼女の相性は恐らく最悪だ。
「励ましはそれくらいで大丈夫だよ…夕夏。それよりもだ、君が情報を掴めた場合は戦闘時同様この耳当てイヤホンで応答すればいいんだよな?」
「は、はい。こちらからのコールに対して一回触れていただければ応答が可能です。応答が不可能な場合は二度触れてもらって、音声だけ聞き取りたいときは長く触れてください」
「わかった、それじゃあ気は乗らないが、ある程度目を付けられに行ってくるとするよ…」
古びた扉を開いて外に出る、風はそこまで吹いてはいないが流石に未だ冬景色。晒している素肌から体から体温が奪われているという感覚を肌で感じることに違いはない。
昼になれば雪が溶けるとか言っていたが、マイナス気温のままでよく溶けるモノだと雪国に来て改めて感心したことさえ今は懐かしい。
あの時の身を潜め、反撃の狼煙をあげる為に火を探していた自分とは違う、既に武器は構えられていて、失敗は許されない。だからこそ今一度気合を入れ、気の弱そうでまだまだ社会のルールを知らない清楚な女子大生を演じてみせようではないか。
「大学か…この政策さえなければ私も今頃通っていたのかな…」
戯言だ、不意に出てしまっただけの。
掛け替えのない誰かと自由に共有できる最後の猶予、もう考えることも、そして憧れることもなくなった筈のモノが今、偽装という形ではあるが手に入れてしまった。
(偶然かそれとも、必然だったのか…せっかくの機会…案外浮かれるのも悪くないのかな」
ボソリと呟くつもりもなかった、七瀬本人ですら自覚しているかもわからない戯言には違いないが、きっと心のどこかにあったこの世界における普通な人になりたいという願い、この世界では普通でいられないから抱く想いを北国の雲の間から覗く太陽だけが恐く、彼女の本音を聞いていた。
いくつかの日を跨ぎ現実を知らなそうな、ある意味で手を出しやく、そして自分色に染めやすそうな清楚な女大生を演じ始めてから一週間が過ぎた。
手を出そうとしてくるのは、大学生活を完全な人生の休息地点と勘違いしているような、頭が性欲に満たされた猿ばかりで、通称伝説の間男とも呼ばれているらしい、金髪に女泣かせな泣きボクロを携えた齢19の青年は今日も普通の大学生をしている。
「聞いた?……学科のあいつ、雷道翔に彼女取られたらしいよ?」
「えぇまじ?狙い目じゃーん」
そんな噂を耳にすることは多くとも、その現場に立ち会えたことは一度もない。だがしかし実際に話題になった面々のSNS等を夕夏に調べて貰うと、雷道翔が寝取ったのかは照明できないが、実際にカップルを破局に至っているとのことだ。
観察や身辺調査だけでは限界が見えてきたこの頃合いしかない、この目で見て、この口で会話を重ねる、1週間である程度の設定は固まった。
(私は七星(ななほし)薫(かおる)、清楚系かつ少しだけ現実を知らない状況に流されやすいお嬢様…)
脳内で考えるだけで発疹が出てきそうなくらい、演じる事に拒否感を覚えるが恐らく第一印象で関われるか関われないかが決まってくる、会話の最中でも設定は変えていく雷道翔が一番好む性格を演じる事、それが恐らく最重要事項である。
(雷道翔は、講義がない時間決まって外に出る、それを追う…それで一人になったところを捕らえる…)
「こちらSM1N…聞こえるか?これから対象Rを追う、逐次目標の位置情報を」
『こちらNP2T…音声状況クリア、対象Rの位置を補足、1Nはそのまま相手に補足されない距離を保ち移動してください』
「了解…」
これが私達の作戦中のコードネームだ、万が一にも本名を補足されないために作戦行動中はこのコードネームで呼び合う事をパトロンHから厳命されている。最初の二文字の意味はよくわかっていないが、後半二文字に関してはイニシャルと加入順番、まぁ今気にする内容ではないこと確かである。
『対象Rはそのまま直進しています、二つ先の交差点を超えた先、人の密集度が高くこちらもロストする可能性があるのでそちらも見失わないように』
「1N、了解。…あとこの先に商業施設などの昼食が取れる場所はあるか?」
『……こちら2T、周囲検索の結果を知らせます、この辺りはディナーよりの店が多く、今時間帯は少なくても入れる店ないかと』
「そうか了解した…、……住宅街?」
昼もいい時間であるからこそ、昼食を食べに行くのだと予想していたからこそ夕夏に周辺の店を身の丈にあった店を探してもらったが、この住宅街に来る意味が分からない、ここにはあったとしても学校とその近くにある公園くらいなモノだ。
「こちらSM1N、一度通信を遮断、嫌な予感が当たる前に対象に接触を…」
『……えっ…ちょっ…七』
プツリと通信越しの焦った彼女の言葉も聞かずに通信を切る、そして目の前にいたはずの雷道翔の姿もその一瞬の隙をつかれたのか見失ってしまっている。
「瞬間移動なんてあり得ない…、普通に公園に入ったはずだ」
少なくても七瀬香里という個人は観測できていない筈だ、七瀬香里の姿を知っていたとしてもこの移動の間、彼の視界には一切入ることはなかった、それは間違いなく断言できる。
だから普通に横切るように、この公園に来てみたかったように、少し変ではあるがただの一個人としてここに現れれば。
「なんの用かな?大学の中からずっと追いかけてきてたよね?」
(気づかれている⁉それはあり得ない…)
気さくな顔で、こちらが安らぎを覚えるような声色で雷道翔は問う、何故自分に追いかけていたのかを、だがしかしその言葉には明らかにおかしい点が一つ存在する。
この道中で気づいたというのならばまだ理解できた。だがしかし彼は大学からついてきていると語った、七瀬香里もとい七星薫は学校内で接触したことも追いかけたこともない。
私は彼が大学を出てから初めて尾行をしている、それは今日に限った話ではなく、これまでの一週間も同じである。七星薫が雷道翔という存在をPNTR政策利用して、彼の本性、こちら側の存在なのかを探ること、それが私たちの作戦だった。
「気づいていらしたんですね…、実は…どうしても貴方様に私の目は奪われてしまうのです…、貴方様が人との関わりを長く続けないことは噂でも知っております、ですがそれでも…たった一夜の夢物語でもいいのです…。私を抱いていただけないでしょうか?」
我ながら渾身の演技だ、薄ら笑いも出ないし、服の中は自らの発言への拒否感からか冷や汗でダラダラだった。気色悪いことを言った自分に対する嫌悪感と、少し暖かいと感じるだけの日の光を浴びる事で得た違和感を、体は勘違いをし続けて見えない所ではオーバーヒートしたかの様に汗が流れ続けている。
「そういう噂を信じているようじゃな…」
雷道翔はボソリと口にした、その言葉だけでは噂を鵜呑みにする人間が嫌いなだけで、確かな確証とは言い切れない、あと二押し程度は行う必要がある。
「私これでもこの齢になるまで純潔は貫いておりますの…、噂が真実でないのならば大変な失礼をお詫びします……。ですがこの想いは、貴方に捧げるこの想いは…確かに本物なのです…。こんな常識知らずな私では駄目でしょうか…」
「い、いや、そういう事を言いたかった訳ではないんだけど…」
純潔など守っているどころか、策略によって捧げた記憶すらもない誰かに散らされているし、雷道翔という存在に対する想いなど同胞か、そうでないかそれ以上の考えなド存在しない、だがしかしその想いを抱いた時代は七瀬香里にもある。
普通の時代で、普通の愛を求めた時代があるからこそ私は今ここにいるのだ。
「いえ…私の常識がないばかりに貴方様を困らせてしまっているのですね…、いいのです、それならばただ一度でいいのです。私の名前を読んでいただけませんか…まるで最愛の者に投げかけるような優しい声色で…」
「そ、それくらいなら、まぁ大丈夫かな?で、アンタの名前は?」
「私の名前は七星薫と申します…」
「えっとー、それじゃあ七星薫さん、薫さん?」
彼が抱いた一瞬の決意の瞬間を七瀬は見逃さない、耳にイヤホンをあて通信を再開させる。状況が状況だ、一から説明している時間はないが、確実に声を取って嘘か誠かを計る。
「あぁもう一度、薫とお呼びいただけますか?」
「薫さん…」
もう一度、もう一度と噛み締めるようにその声を受け入れそして、ある意味汗で体が火照ったことが幸いしてか、一番手っ取り早い方法を実行できる。
「わっと…、どうしたんですか?薫さん…いきなりそんなに顔を近づけられたら…」
「私…やはり我慢できませんわ…。やっぱり雷道翔さん…私はアナタに抱いて欲しい…」
顔を火照りさせ、恍惚とした表情を向け、ここは住宅街の一角なうえその付近には学校もあるというのに、七瀬は雷道翔を押し倒し、カーディガンを開けさせ、相手の手を自分の胸元へもっていかせる。
「感じますか?この高鳴る心臓の音が…」
気持ち悪い、気色が悪い、もうやりたくない、そういった思いの数々を積み上げてここまで高鳴らせた不の感情による心臓の高鳴りだ、だがしかし鏡がないから分からないが、顔は恐らく情欲に溺れかけている世間知らずのお嬢様、そしてPNTR政策に溺れた人間の顔をしている筈だ、故にここから導き出される答えは二つ。
「止めてくれ!私はそういうのが嫌いなんだ。そうやってすぐに目の前の欲に狂い、愛しい者との関係を大事にしない、そういうのは相手とちゃんとした時間を過ごしてからだ!それに私の想いは君たちなんかに!」
先ほどまでの、恐らく勝手に構成された東日本伝説の間男として仮面は確実に剥がれた、こちらが本来の姿。先ほどまでの男らしい粗い口調とは、間男という存在から最もかけ離れた紳士らしい口調という本人にとって仮面を被ることすらできない状況まで追い込まれたことによって出てきた、雷道翔、彼の素の姿だ。
「よし確証は取れた、あぁ全く冷や汗が止まらない…よし行くぞ、着いてこい」
「…………は?……一体…どう…いう?」
「それを説明するにふさわしい場所までお前を連れていく、お前もこちら側なんだろ?」
「こちら側って………一体何のことだ!」
怯えるような表情でこちらを睨む、それはそうだ。この思想は罪だ、政策が受け入れられないということ、政策を否定し拒否しその在り方に拒み続けること、その行為そのものがKDKの処罰対象になりえる、大切に育ててくれた親や親戚一同にも迷惑をかける行為だ。
だからそういう人物でも表では、受け入れているという仮面を被る、その仮面が信じられないくらい豪華になってしまったのが彼、雷道翔という存在な訳だが。
まぁそれはそれで一種の才能でもあるのかもしれない。
「PNTR反抗するもの、愛なき関係に価値はないと論ずる側という事だよ」
聞きたいことはまだまだある、どうしてそこまで大きな仮面を被り続けたのかという事もだが、それよりも聞きたいのは。
「恐らく君にも我らNNTRに入る素質があるんだよ」
「……愛の価値………それとN…NT…R?」
そう彼にも存在するのだ、私の瞳と同じようなモノなのかもしれないし、あるいは夕夏と同じかもしれない。
パトロンH曰くそれは、世界常識の普通が私達にとっての普通ではなくなった所為で発露することになった、普通を補うために現れた何か。
普通でありたいと願うのに、普通でいられなくなるような想いが溢れてしまうようになるマイノリティの妄言でありながら、実際に起きてしまった事実。
抑えられるように存在していたことと同時に浮かびあがるある力の名前を、パトロンHはこう名付けていた。
「Fの力…。政策施行前では普通だった筈の私達が、この世界の異常と言われるかのような証拠として浮かびあがったここ数年で発現した、嬉しくもない私たちを蝕む異常の事だよ」
「力……普通ではなくなった証拠…?…はは…私のこんなモノは確かに…異常だ…」
自嘲気味に彼は笑う、晴れていた青空は消え去り、厚い雲が空を覆い深々と降り始めた雪の中で。しかしその降り始めた雪の中でも確かに残る、私達が倒れ込んだその場所だけは、私たちを異常だと排斥せずに形として残り続ける。
少し経てば消える雪に浮かぶ跡、だがそれでも間違いなくこの政策に痕(あと)という崩壊の始まりを告げる痕跡としてそれはそこにあったのだ。
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