第9話 誰かの声
散らかった部屋のベッドに起きた。天井は片付いていていいな、と思う。上から見ると私も散らかった部屋の一部だろう。
あれから、しばらく春子と関わらなかった。私が一緒に遊ぶ回数を減らしていてそれが面白くないからか、春子から話しかけられることも徐々に減っていった。
——ついに見捨てられたか——
それでいいんだ、こんなつまらない人生に付き合わせちゃ悪い。誰であっても、家族ですら。
——お前はそんな人間だ——
気がつけば死ぬことばかり考えるようになっていた。死ぬか、宝くじのような人生大逆転が訪れるか。そんなことばかり。まだ少しだけ希望を考えていることだけが救いだ。
——勘違いした夢を抱くな、現実は死んでいる——
いつからこうなってしまったのだろう。部屋の隅に幼い頃の自分が見える。無垢に笑う顔が可愛らしい。でも半袖半ズボンから出た腕や足に痛ましい青あざが見えている。
——哀れだ——
今日はやけに声が聞こえる。自分じゃない誰かの声が。
「うるさい」
ああ、私がどこかで気づいただけで、
ずっと、きっと生まれた時からこうだったんだ。このダメな人生も、この声も。
ふと、一人のクラスメイトを思い出す。海岸で見た夕日に溶ける笑顔。
——卑屈な笑顔だ——
私は彼に惹かれていた。こんなことを考えてもときめく精神状態じゃない。笑顔はそのまま脳内にしまった。
外から聞こえる鳥の声が自分を蔑む声に聞こえる。幻聴だとわかっていても、それを完全に否定できるような自分ではない。
自分の部屋でただただ時間だけが過ぎていく。一人で暇を過ごす時間は危険だ。悪い思考が渦巻いて声と一緒に自分を責め立てる。枕に顔を埋めた。
何の変化も起こさない部屋は時間が過ぎるにつれて色だけが赤く変わっていく。
何のきっかけもなく突然、ベッドから立ち上がった。日が暮れてきている。またあの海岸に行こう、僅かでも甘く時間を過ごした海岸に。
もう一ヶ月は過ぎているから、彼もきっと居ないだろう。
自分の部屋を出て、玄関に向かう。階段を下る一歩一歩に物凄い重力が掛かっているような錯覚に陥る。
リビングに横たわっている母は無視して家を出た。
海岸に向かう道はいつもと何も変わらない。遠くから子供と母親の声が聞こえてきた。
「はるとー。もうお日様隠れちゃうよ、そろそろ遊ぶのやめて帰らないと。」
「わかった! でももう少しだけ!」
公園で遊ぶ幸せそうな家族が見える。その幸せを纏った夕景がどうしても心に刺さる。咄嗟に目を逸らした。
海岸に着くといつもの場所に一人で座った。きらきら輝く波が綺麗だ。
——こんなもの見てもどうにもならない——
「うるさい、うるさい」
夕日が沈みかけた瞬間に後ろから声がした。
「斎藤! やっと見つけた。学校も来ないし、どうしたんだ?」
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