第6話 文化祭1

 文化祭当日、いつものように遅刻しかけていると春子が自転車の後ろに乗せて送ってくれた。あんたいい加減にしなさいよ、と怒った口調で話していたけれど顔には煌びやかな笑顔が浮かんでいた。


「文化祭まで遅刻するつもり? 彼氏もいいけど、私の相手もしてよね! 一緒にレモンスカッシュ作るんでしょ!」


「だから! 彼氏じゃないって! 悪かったよ」


 結局、出し物はレモンスカッシュに投票が集まった。途中までたこ焼きと同じ票数だったけれど、最後に彼が手を挙げた。こちらを見て恥ずかしそうにはにかんでいた。


 また前みたいに駐輪場の裏から学校の敷地内に侵入する。今日は春子もなんとか間に合ったようだ。あと少し遅かったら横断旗が直撃していたところだろう。学年主任の旗が綺麗に丸められたのが見えた。


 あの日から彼氏、彼氏と春子が囃し立ててくるようになった。それを耳にした彼も満更ではなさそうだ。


 駐輪場に転がっていた石ころを遠くに蹴飛ばした。側溝に入る直前で石ころは歩みを止める。


 

いよいよ文化祭が始まると、全校生徒が体育館に集められた。広辞苑一冊分音読しているのではないかと思うほど長い長い校長の話から注意事項まで、せっかく上がっているテンションの熱りを冷めさせる。もしやそれが狙いなのだろうか。


「えーそれではこれから文化祭を始めます。くれぐれも羽目を外さないように、以上!」


 最後の前口上が終わると三年生のMCが舞台袖から出てきた。アフロ頭にサングラスを掛けて衣装は赤と金できらきらしている。


 恐らく学年全体のムードメーカーで、登場と同時に先程の冷めた空気が吹き飛んだ。拍手喝采と大勢の笑いに包まれて文化祭が始まる。


「すごい熱気ね、私ちょっとわくわくしてきたかも」


 舞台の周りや体育館全体に施された飾りが文化祭を盛り上げる土台の役割を果たして、観客の熱によってひらひらと揺れている。


「うちの高校って結構規模が大きいらしいね。他校の友達に聞いてみたけどこんなに大々的にやるとこってあんまりないみたいだよ」


「えっ、夏美って他にも友達居たんだ……」


「失礼だね、急に」


 舞台の幕が上がって、楽器を持った四人が登場するとアンプから激しい音が鳴り響いた。MCが紹介していたらしかったけれど、周りの熱気と会話に掻き消されてあまり聞いていなかった。


「聴いてください、アンソロジー」


 静かな一音から始まったその曲は、手のひらサイズの詩集のようなまとまりのある歌詞が並べられている。AメロからBメロ、さらにはサビまでしっとりとした曲調で歌い上げられた。二番からCメロにかけてはどんどんボルテージを上げていって、ラスサビに入る頃になると演者も観客も息つく暇が無いほどに壮大な楽曲へと変わっていった。アウトロでは、ラスサビで発散しきれなかった熱量を全て解き放つように演奏された。大きく燃え上がった火が、消える直前揺らぐように。


 曲が終わると、アウトロで聴いたような熱量の拍手と歓声が鳴った。とても高校生が作って演奏したとは思えなかった。文化祭の始まりとして完璧だと思った。


 隣で口を開けて呆然としている春子と感想を言い合った。二人とも詩的な感想は一つも出なかったけれど、感情のままに話した。


 話している最中も開きっぱなしだった春子の口を手で無理矢理閉じてやると、ようやくいつものように笑った。

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