第3話 三度下
声をかけてきたのは同じクラスの篤宏くんだった。あまり面識もなく、話したこともないはず。たしか……サッカー部だっけ?
普段から話すのは春子か美術部の子達ぐらいで男子に耐性がない私は、学校の外で私を見つけて声をかけて名前を覚えていてくれたことに少し脈が波打つ。
「そんなに驚かなくても、同じクラスだろ?」
「あっうん。そうだね、ところで篤宏くんはどうしたの?」
テンパって何を話していいのかわからず、適当に話題を振ってしまった。そんな私を子犬を見るような目で一瞥すると、見逃してしまいそうな一瞬だけ口角を上げるとすぐに話しだした。
「いや、噂で聞いただけなんだけど、ここの海岸から水平線に夕日が沈むのを一ヶ月間見るとなんでも願いが叶うらしいんだよ」
げっ、意外とロマンチストか……。少しだけ苦手なタイプかもしれない。この歳でそんなの信じてる人いるんだ。
表情に出ていたのか、何かを察した彼は恥ずかしげに海のほうへ向くと夕日の色をその顔に乗せた。
「今バカみたいだって思っただろ。でもな、何事も信じて実行するのが大事なんだよ。じいちゃんがいつも言ってたんだ。嘘か本当かはやってみればわかるってな」
「いやいや、良いと思うよ。私そういう情報に疎くて全然知らなかった。願い事は何にしたの?」
「言わない。それに今丁度願い事を変えたところなんだ、超ビックな夢にね」
そう言うと座っていた海岸から立ち上がり、夕日が完全に隠れたのと同時に走り去った。
「じゃ、またな! そのカバンにつけてるじゃがいも? みたいなやつかわいいな! ……それと斎藤も!」
彼のせいでせっかくの夕日が全然見れなかった。それに、じゃがいもじゃなくて大好きな漫画のポテトマンだし……。それに、斎藤もってなに。斎藤もって。バカみたい。
穏やかな夕日の空に似合わない嵐のような人だった。夕日が水平線に沈んで嵐が過ぎ去った後も、あの橙色に照らされた恥ずかしげな笑顔が忘れられなかった。
寄せては返す波の音が自分の心臓の音と重なる。心臓から押し出された血液が全身を寄せては返す。先程の出来事を馴染ませるように全身に流れた。
今日起きたことを朝から順番に思い返そうとしても上手く記憶が出てこない。嵐が全て吹き飛ばしてしまったのだろうか。
もうとっくに暗くなった闇の中でただ一人その顔に夕日が暮れていた。波が打ちつける音に代わって、イヤホンをつけて静かな歌を聴く。帰路の途中では平凡な三度下のハモリを歌った。
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