第2話 ウミネコ
放課後、顧問の江藤先生が急用で帰るから! と急いで帰って行ったので、今日美術部は休みになった。少し天然でふわふわしている先生で、これといって課題とかやらなければならない事などはいつも無いから休みにしなくてもいいのでは……? と思う。おそらく、先生にとっても都合が良いのだろう。
「先生にも色々あるんだなぁ」
何人かの部員は適当に描いてるよ、と言っていたけれど、私はあまり乗り気じゃなかったから帰ることにした。美術室から漏れる暖かな恋愛話を、少しだけ盗み聞きしながら階段を降りた。
描くことは好きだけど、全然描こうと思わない日もある。好きにも良い距離感があるから、パーソナルスペースは守らなくちゃ。
それから、春子の様子を見に体育館へ向かった。
「運良く春子も休みになってないかな」
重く鳴る体育館の鼓動のような低音と、軽やかなステップが奏でる高音が、バスケ部の稼働を知らせていた。
そりゃそうかと肩を落とした時、ボールを追いかけて奔走する彼女を見つけて目が離せなくなった。他の子と比べても一目でわかるほど汗でびしょびしょになっている。本人からすると欠点とも思えるその要素は、光を帯びてきらきらと美しく光っている。彼女が動くたびに光る汗は、その性格や様相をどんどん昇華させていく。
五分ほど目が奪われて、ふと我に帰る。私はこの世の美しいものが好きだ。風景や友情、愛情。目に見えるものから見えないものまで。彼女もそんな、この世の美しいものに入っているのだろう。本人に伝えると気味悪がられるからやめておこう。
体育館を後にして振り返った空は紛うことなき橙色……。少し赤にも近いかな。夕日を絵の具で表現する時はいつも迷う。橙色、赤色、黄色、白色といろんな色を様々な配分で混ぜてみるけれど、悩んで迷う内に何時何分の夕日を描こうとしているのか分からなくなる。
この空に浮かぶどろどろした太陽を筆で掬って塗りたくれたら良い。曖昧な空の表情も描き手の心情さえも映してしまいそうなその色が、手に届かないことを実感したら寂しくなった。
「そうだ、海に行って夕日が沈むのを見よう」
まだ通ったことのない道を歩いて海に向かった。住み慣れた町でも初めて歩く道は知らない感覚がした。見上げた空だけはいつもと変わらない。いつもと変わらず、一日かけて変化している。
海沿いに作られた道路は、散歩やランニングで意外と人が多い。静かに目を閉じて波の音を聞いているとウミネコが鳴いた。
「あれ、斎藤じゃん。なにしてんの」
「わっ」
急に名字を呼ばれてウミネコみたいな声が出た。
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