第11話 魔女二人、三人、いや四人(1)

「よく来たな」


 その男は、部屋の奥、距離にして20mは離れているだろうに、その声は部屋に入ってきた二人にもしっかり聞こえた。

 前後に長い大きな部屋。

 大きいということはすなわち、男の配下が多数その場にいて、入ってきた二人に銃口を向けている。


 一斉射。

 だが、リュックから飛び出た何やらよくわからないものが、傘のように広がり、二人の前で攻撃を防ぐ。

 もちろん傘のように布でできているわけではないだろうし、何らかの不思議な素材なのだろうが、一発たりとも弾丸を通すことはなかった。


「やめよ」


 また声が響く。

 ちょうど弾切れになり、銃撃が止んだ時に発せられた言葉に、再度の発砲は無く、部屋に沈黙が降りた。

 元々、人間などではないLWの配下は、音を立てて動くわけでもないし、衣擦れも、呼吸もしていないので全くの静寂だ。


「少し……話をしよう」


 男の声が続く。


「狙うのをやめてもらえればいいぜ」

「ふむ……そうだな」


 その男、LWが手をあげると、その場にいる彼の配下が銃口を下ろす。

 そして、LWは歩いてこちらにやってくる。


「やけに早い再挑戦だと思ったが、なるほど、よく考えられているな。久しぶり、そして初めまして。私がLW、『闘争の魔女』として知られる者だ」


 LWは痩身の、闘争と名付けられるとは思えない小柄の老人だった。

 もちろん、寿命とは無縁の魔女であるから、その姿だからといって衰えていると考えるのは間違いだろう。


「久しぶり……」


 その言葉で、当然心当たりのないPKは、相方を見る。


「PCが前にも……か?」


 PKに心当たりが無ければ、当然「久しぶり」なのはもう一人の方だ。

 確かに、ヴァルプルギスは魔女を殺すことが

 だが、倒せば必ず死ぬとか、殺せば必ず死ぬとか、そういうものでもないのが魔女なのだ。


 ――ならば、PCが前にLWに挑み、破れてなお生き残ったとすると……


 『人形の魔女』であるならば、死を回避することもできるのかもしれない。


「PC? ああ、前回私が殺した女だな……確かに同じ見た目をしているが……違うだろう?」

「そうね……お初にお目にかかるわ。私はPG、このヴァルプルギスの最中に生まれた新しい魔女よ。正直迷惑してるのよね。このままじゃ私、最悪は歴史の流れに一度も乗らないままの可能性だってあるじゃない。魔女歴最短(笑)なんて後ろ指さされるのはごめんだわ」

「……どういうことだ?」


 PKは、当然相方が『人形の魔女』PCだと思っていた。

 聞いていた容姿と同じだったし、人形を操って戦闘もこなしていた。

 

 彼の中では、今回の二人の人選は、純粋に現時点の戦闘力トップ2だからだと聞いていたし、自分でもそう納得していた。

 だが、「若手の中では戦闘力が高い」PCでなく、「生まれたばかりの」PGなどという初耳の魔女が相方ということは想定外だ。


「ああ、そうね、そろそろいいかしら……『P153 エグゼキュート』」


 その言葉を聞いた途端、PKの記憶にかけられた封印が解ける。


「ああ……ああ……そうか……なるほど」

「問題ない?」

「ああ、問題ない」


 誰も思考誘導などしていない。

 ただPKが自分自身の記憶を一部封印していたのだ。

 その封印とは2点。

 自分の正体と、そして自分がどういう状態にあるか。


「なるほど、二度目だったのは俺か……」

「そう、前回あなたとPCはLWに挑んで負け、共に滅びた……」

「……そして、お前はPCの予備の人形で、そして俺はバックアップから復活し、同じくPCの残した人形に……ま、前回も人形だったわけだが……」

「ふむ、滅ぼし切ることは無理な相手だったわけだ……」


 そうこぼすLWに向き合い、PKは改めて名乗る。


「そのようだな。改めて、俺の記憶としては初めましてだが、『プログラムの魔女』PKが再びお目にかかる」


 PKの能力は、ただ達人の能力を再現する、ではない。

 達人の能力を含む数多のアプリケーションを実行し、千変万化の状況に対応できる、万能の能力者。

 元はただのプログラム言語であったものが、自我を得て人としての人格をシミュレーションするようになった、情報化社会の化身。

 それこそが『プログラムの魔女』、魔女名PK、元になったプログラム言語の名前『プランカルキュール』から魔女名を名付けた電子の人格であった。

 LWが顔をゆがめて笑う。


「なるほど、プログラムの魔女と、騒霊の魔女、どちらも人でなしということか」


 ひとでなし。

 確かに蔑称ではあろうが、この状況においてはそうでなければならない。

 だからPGは胸を張る。


「そう、二人とも人間であったことは過去に一度もない。ただ人格をシミュレーションしている存在だからこそ、闘争本能の暴走は起きないわよ」

「そうかそうか、ならば闘争に狂うのは私だけということだな」


 そして、小柄な老人であったはずのLWの身体が膨れ上がっていく。


「名乗りは済んだ。ならばあとは殺しあうのみよ!」


 LWの叫びは、太く低く様変わりして、まるで地獄からの呼び声のようであった。

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