第9話 黄昏の町の魔女二人(2)

 町の大通りは十字になっていて、1本は南北、もう一本は東西に走っている。

 したがって、東西の大通りは西日が差し込んで明るいのに対して、南北の通りは薄暗く、昼間から街灯がついている。

 それでも、中央広場より北は、東側にのみ高い建物が立ち並んでいるため、やや明るい。

 それに対して南は、東側がスラムのため、より薄暗い。

 

 なお、二人の拠点はスラムの中、奥まった場所の二階であり、治安も悪いが二人は気にしていない。


「おいおい、この町は初めてだよな?」

「そうよ」

「それにしちゃ、えらく慣れてるじゃねえか、PCの姉さん」


 PKは、先に行く彼女に呆れ声で話しかける。

 

 すでに町に入って一週間になる自分でもちょっと入るのをためらうような道を通っているのだが、肩を並べて歩く彼女は平然としている。


「そっちこそ、この一週間何してたのよ。それに、この辺りは安全だって本部で教えてもらったでしょう?」

「そりゃそうだが……実地で見ると違うだろう?」

「一週間あったんだから、もっと町を隅々まで知っていると思ったけど?」

「いや、いろいろと忙しかったんだよ」

「へえ……どんなふうに?」

「ほら、町の人と仲良くするとか……」


 実際には酒場でしか仲良くしていない。

 むしろ、他の町の人が活動している、朝から夕方に至る時間帯は拠点でカーテンを閉めて寝ていたのだった。

 秘めた力が何であれ、不滅の存在である魔女であれ、本人の性格や志向とは関係ない。

 PKは見た目通り、自堕落な酒飲みのおっさんであった。


「で、その結果として何か今後につながる情報は得られたの?」

「いや、それは……」


 振り返って「はああ」とこれ見よがしにため息を付く同僚から目をそらし、PKはあたりを見回して、そして気づいた。


「おいっ」

「何よ?」

「囲まれている」


 場所は南西地区の路地裏。

 周囲は住宅街だが、この街はスペースの関係か知らないが、3階建て程度のアパートが多い。

 近道を通ってきたのだから必然的に、人通りは無い。

 人影は無いが、人の気配が前後から迫ってきているのを感じる。


 正直、何かLWの勢力がうろついているとすると、繁華街の北西地区だと思っていたし、それとは関係なしに暴漢が現れるとするとスラムだろうとPKは思っていた。

 

 ――よりにもよって一番平和そうだと思っていた住宅街で襲われるとは……


「どうする? PC」

「先手必勝」


 彼女はリュックを下ろしながら、右手を変化させる。


「よし、後ろは俺に任せろ」

「……任せた」


 路地であり、左右は2階、3階建ての高さがある。

 進行方向の西から夕日は深く差し込んできているが、その分視界がいいとは言えない。

 そちらは攻防そろった相方に任せ、PKは背後からの敵に対応する。


 どこにそんな道があったのか? と不思議になるほどに大勢が、それもご丁寧にひと昔前のギャングスタイルの恰好の敵が湧いて出てきた。


 頭上からの奇襲も考えなければいけないのだが、とりあえず前後方向に集中する。


 この一週間でPKが(酒場で)調べた限りは、この街では治安は悪くない。

 市民が一人で出歩く分には平和で、強盗の心配すらない。

 もちろん、それは多くの住民をZZZが作っているからだ。


 だから、ここで騒ぎを起こすのはLWの手の者であるのは明白。

 そしてLWが絡んだ事件は、

 LWの配下が住民を襲う事件は日々起こっているが、それを目撃したPKが後で(酒場で)周囲に話を振ってみても誰一人そのことを知らない。

 

 これが、一週間酒場でPKが情報収集をした結果であり、そのことは拠点で情報共有済みだ。


 つまり……


「問答無用でぶっ放す!」


 PKは、雑魚敵掃討用の銃を懐から出し、初弾を装填する。

 やたら銃身が長く大きな拳銃だが、その分装弾数が多い。


『モードチェンジ、シューティング』


 自己を改変するキーワードを発声する。

 これにより、PKは射撃の熟練者の能力を獲得する。


 GJのように、弾薬無際限とか、無限コンティニューとか、そういうチートじみた能力からすれば下位互換に過ぎないのだが、そこらの特殊部隊員でもびっくりするような精度で銃を扱うことができるようになる。

 

「死ねっ」


 つぶやきながら引き金を引く。

 もちろんLWの作成した配下なのだから死ぬわけではなく消えるだけだ。


 ガン、ガン、ガン、ガン……


 道に存在するゴミ箱や雨どいの影に隠れて接近する敵の頭を狙い、一発ずつの発射。

 通常の拳銃弾より遥かに貫通力の高い弾が正確に敵の頭を打ち抜いていく。ボディーアーマーの普及に伴い、それを貫くために作られた弾丸は、ゴミ箱の影に隠れようと、雨どいにさえぎられようと関係なく貫いていく。


 背後からも、ブシャァとか、カンカンとか、ゴキッとか耳障りな音が聞こえてくるが、それに気を取られていてはPK自身がやられてしまう。

 人形の身体を変形させ、あるいは敵を握りつぶし、あるいは弾を弾き、骨を折っているのだろう。


 そして、シューティングモードに入ったPKにとっては、狙いを外すことなどありえない。

 23発の銃弾で、正しく23の死体が路地裏に転がることになった。


「……結局騒がしくなりそうだね」

「だが、それでも騒ぎにはならねえよ。そういう仕組みだからな」


 背後からの声の調子に、切羽詰まったものを感じなかったので、警戒を続けながらPKは振り向く。


 そこには、石畳を真っ赤に染め上げ、あたりに肉片が散らばる惨状のただ中に、そこだけ合成したかのように一切の汚れの無い細身で長身の女性の姿があった。


「いや、音は聞こえてたからわかるけど、それにしてもひどいありさまだな……」


 町はずれで見せた力は、相手が多数であっても健在のようでPKは安心した。


「そっちはスマートだね……と、それにしても大きな銃ね」

「P50だ。大きいだけじゃなく、弾が50発入るからな」


 その分弾倉交換が面倒で……とPKは続けながら、血まみれの肉塊の中に見つけた黒い塊を足で蹴り出し、その機種を確認する。


「P99か……」

「有名な銃?」

「まあ有名だな。設計が新しいし、何より弾数が多い」

「やっぱり弾数重視なのね……」


 PKが、P50などという、一般にはゲテモノに分類される銃を使っているのもそのためだ。その割に弾数の少ないリボルバーを腰に吊っているのは単に使用目的の違いだった。


「いやいや、重要だぞ? 特にLWは、その名前の通りの銃を好むからな」

「名前?」

「ルーガ・ヴァルターだ。つまりルガーかワルサーの銃が出てくると思ったほうがいい」


 ちなみに、ルガーは会社の名前ではなく、技師の名前の方なのでルガーP08だけ、そしてP08の装弾数は8発だ。32発のカタツムリ型弾倉はあるが、見た感じその特徴的なシルエットはあたりに存在しない。


 ワルサーはかつての名自動拳銃P38なども弾数は少ない。

 新しい設計であるP99に至ってようやく15発以上の一般的装弾数になったので、彼らLWの配下がそれを使うのはもっともなことだった。


「好きなものの名前を二つ重ねただけなの? なんか単純……」


 確かに、魔女名のつけ方には適当なものも少なくない。ZZなどはうまくハマった方で、その他でもよく考えられているものはそんなに多くない。そしてそれを言うなら……


「お前だってそうだろうが。ピノキオとコッペリアでPCだっけか?」


 両方とも有名な創作物に出てくる「動く人形」だ。

 人形の魔女の魔女名として、ふさわしいといえばふさわしいが、単純に二つ並べただけ、というのはやはりセンスがあるとは言い難い。


「……ん?」


 その言葉に返答が無いので、PKはいぶかしんで顔を覗き込んだ。


「あ、ああ、そうよね……確かに、うん、私もそうだったわ」

「おいおい、ボーっとするなよ。戦闘の後はちゃんと切り替えろ」

「うん……そうね」


 かく言うPK自身が、そういえばシューティングモードから戻していないことに気づき、「やべえ」とモードを戻す。

 心中の切り替えだから見た目に出るわけではないのだが、それはそれとして目に映る全てのものが標的に見える今の状態を続けると、驚いた拍子に弾丸を打ち込みかねない。


 なんだか妙な雰囲気になってしまったが、気が付くと周囲の死体は消え去っていた。

 結局作り物なのだ。


 そして路地裏には、二人の長い影だけが伸びていた。

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