第5話 黄昏の町、拠点

「意外ね」

「何が?」


 拠点に落ち着き、買ってきたパンと出来合いの料理で腹を満たした後、魔女二人はそのままワインで酒盛りをしていた。


 まさに酒盛り。


 どこかの屋敷で行われている、いや、この時点ではまだ客の青年は応接室でコーヒーを前にしているのだが、後に行われる予定の青年と紳士の語らいとは大きく違い、まさに酒盛りというにふさわしい低俗さで、魔女二人は杯を重ねていた。


 ワインは町の雑貨屋で買ってきた安酒だったし、つまみは食事の余りやカチカチの干し肉などで、杯はマグカップだったし、つまみも適当に食い散らかしていた。


 なお、こうした下品な酒盛りはPKの見た目にはよく似合っていたが、PCには全く似合っていない。


「こんなヴァルプルギスの中心地なのに、しっかりみんな生活しているように見えることよ」

「ああ……」


 二人とも知識としては持っているのだが、ヴァルプルギスの期間、動けるのは魔女とそれに連なるものたちだけだ。

 今回、当事者になっている魔女は一人が戦闘狂、一人が闇の王と言われている。

 それらの配下が、こうして平和に市民生活を営んでいるというのは考えにくい。

 実は魔女になって日が浅いPCには、まだ魔女業界の知識に抜けがあり、そもそもヴァルプルギスに参加するなどというのは初めてなのだ。


「……と思っているだろうが、この町を維持しているのは別のやつだ」

「当事者以外で?」

「そう、ヴァルプルギスが長引いた時には大体奴が場を整える。『夢見の魔女』ZZZだ」

「ああ、あの……」


 夢見の魔女の魔女名はZZだ。

 だが、かの存在はそれこそ原初に近い古株であり、その当時の魔女名がZであった。

 魔女名が2文字になったのは魔女が20人を越えてからで、それ以前は1文字だったのだ。


 だから、かつての名前と今の名前を重ねてZZZ。

 ちょうど、眠りの表現としての「zzz」と符号するので、魔女の間でもその名前で知られている。


「そうか、やたら街並みが古臭いのも……」

「そうだ、あいつは普段寝ているからな。まだ頭の中が過去なんだろう。街並み的には19世紀ってところか……」


 黄昏の町は、21世紀現在の、道がアスファルトで舗装され、自動車が行き交い、電柱が立ち並び、少し歩けばコンビニエンスストアがある日本の風景とはかけ離れている。

 石畳で舗装され、ガス灯が照らし、馬車が行き交う異国情緒、歴史情緒あふれる街並みが広がっているのだ。


 そして、その町は無人というわけではなくヨーロッパ風の人々が日々の生活を送っているように見える。

 もちろん、本当の人間だとするとおかしなことが多い。

 まず、ずっと黄昏時が続いているのに、そのこと自体を疑問に思っているようには見えない。

 町の時計塔の文字盤と鐘によって、時間の経過を把握しているらしく、それに合わせて生活を律している。

 現に今は夜が更けた状態のようで、黄昏の日差しがある中で通りは無人だし、店は全て閉まっている。


 だが、この食事や酒を買った店はちゃんと主人が居て、二人の相手をしてくれた。

 にこにこした太めの中年の店主は、魔女による作り物であるとは思えないような応対で、初めて町に来たというPCに余り物をおまけしてくれた。

 ついでに、PKとの仲を誤解してからかわれたりもしたのだが、つまりはそれぐらい人間的で、真に迫っていたということだ。


「あの人たちって、年を取るのかな?」

「さあ?」


 もし本当に年を取り、子供を作り、そして代替わりするのだとすると、彼らは人間のように生活しながら、その一生を黄昏の中で過ごすことになる。

 そして、代替わりをするにつれて、過去のことも忘れられ、いつしかそれが当たり前になってしまうのではないだろうか?


 PCはそんなことを考え、だが無意味なことに気づく。

 どっちにしても、歴史の中で生きてきた人では無いのだから、かれらがどう思おうが、彼らがどのような人生を送ろうが、ヴァルプルギス終了と共に消え去るのだ。


「変なことを考えているだろう?」

「……そうね……酔ったのかな?」

「それもあるだろうが……俺たちもまっとうな人間じゃねえからな」


 その言葉に、PCは妙に納得してしまう。

 結局、わずかな共通点に依拠したかすかな同族意識というやつだった。

 

 実際には、PCは誰かに作られたわけではないが、彼女のは確かに作り物だった。酔いで判断力の鈍っていることを自覚したPCは、それ以降の余計な思考を断ち切って話を本題に切り替える。


「で、どうやって動くの?」

「そうだな……LWの方がアプローチしやすいとは思う」

「VLは居場所すらわからないからねえ……」


 VLはヴァンパイアであり、荒野のどこかに潜んでいるらしい。

 残念ながら、悪魔城は確認されておらず、居場所は不明なままだ。

 そして荒野はゾンビやグール、スケルトンが大量に徘徊しているため、戦闘向きの魔女でさえ踏破は難しかった。


 それに対して、LWは町の中にいる。

 多数の配下を持つLWは、町の影の支配者として君臨している。

 その意味で居場所は限定されるのだが、問題はこちらも配下の戦闘力が高いことが問題だ。


 配下は銃で武装しており、かつてのマフィアやヤクザの親分をどうにかするのが難しいのと同じく、LWを見つけて殺すというのは難しい。


「でも、私たちで殺しちゃっていいの? 魔女対魔女の闘争でしょ? 部外者が解決したとかって後に遺恨が残らないかなあ……」

「今更何を言っているんだ……確かに、どっちかに肩入れするのは褒められたことじゃねえが、ここまで長引かせたらどっちにせよ害悪だ。一刻も早く解決するのが最優先だぜ?」

「そうよねえ……上からもそう言われているし……でも、なんかすっきりしないのよね」

「そうかもしれねえが……そこは割り切れよ」

「……うん」


 飲みすぎただろうか? PCはふらつく頭で「もう休む」と告げて奥の部屋に引っ込む。

 もちろん、添い寝は断固拒否。

 カーテンを閉めて真っ暗になった個室で、PCはベッドに倒れこむ。


 ――あ、着替えてないや……それに報告も……


 PCは今回、行動をできるだけ本部に報告することになっており、そのための通信機器も受け取っていた。


 ――まあ、明日出かける前には連絡しよう……


 今日はこのまま拠点で休むのだ。何かが起きることは無いだろう。

 行動開始前に連絡すれば最低限義務は果たすことになるだろう。


 結局PCは、眠気に負けてそのまま起き上がることなく、寝息を立て始める。


 外は相変わらず黄昏で、夕日が石畳の陰影を強調していた。

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