第3話 対策本部にて
「困ったものだね」
「と言われても、どうしようも無いでしょう?」
もちろん、困っている内容は、2021年10月21日に発生した、第38ヴァルプルギスに関してだ。
ヴァルプルギスの夜、あるいはワルプルギスの夜と呼ばれる祝祭は、一般にも存在する。
春の訪れを祝ったり、悪霊や魔女を退けるための祭りとして火を焚き、酒を飲む一般的な祭りなのだが、一方で魔女がいけにえを捧げたり怪しげな儀式をする夜とも言われている。
実際には、魔女が怪しげな儀式をするという点は正しいものの、決してそのことが一般人に知られることは無い。
なぜなら……
「もうとっくに300年を越えちゃったよ」
「本当に……最長記録更新中ですね」
何が300年を越えたのか?
2021年10月21日が300年を越えたのだ。
もちろん、一般人にとっては2021年10月21日は1日、すなわち24時間だ。
だが、魔女にとっては――ヴァルプルギスに参加を許された魔女にとっては、すでに300年を越え、350年に迫ろうとする長い時間が、日付を変えないまま過ぎ去っている。
「しかも、時間が良くない」
「西に窓のある場所とか最悪ですからね」
この300年以上、地平線の少し上で止まったままの太陽の光が窓から容赦なく入ってきて不快だった。
実際には過去37回のヴァルプルギスのうち半数以上は、名前の通り夜に発生しているが、その場合でもここまで長引くことは無かった。
太陽の光からしばらく遠ざかるのもストレスがたまるものだが、不快の度合いでは今回よりはるかにましだった、とMMは思い返す。
「で、結局新人を送り込むということでいいんだね?」
「ええ、GJの案を採用するということで……」
MMは青年の姿をしているが、これでもヴァルプルギスを除き1500年以上の歴史を刻んできた大魔術師であった。
元から他人にも、他の魔女にもかかわりを持たない隠棲者であったが、さすがにこの状況で一人引きこもっているのはまずいと考え、表に出てきたのだ。
いったん表に出てしまえば、魔女の中でも古い方であるMMの元には、困り果てた他の魔女が集まり、彼が拠点にしているこの屋敷は『第38ヴァルプルギス対策本部』の様相を呈していた。
目の前にいる、大型で長毛の猫の体をしているPPや、永遠の遊び人を自称するGJなども、あまり活動的な方の魔女ではなかったが、ここに集っていた。
「なるほどね。何だったかな……ゴーレムとスフィンクスだっけ?」
「ええ、確か……」
「おやおや、ちゃんと正確に表現してくれないか? ゴーレムとアンドロスフィンクスだよ」
いきなり話に割り込んできた眼鏡のオタクという容姿をしたのが魔女GJ。
先ほどから、窓際のロッキングチェアをゆらゆら揺らしながらぼうっとしていたはずだった。
GJは、ヴァルプルギスを利用してひたすらゲームと漫画、アニメを消化していたのだが、さすがに300年もあれば一通り消化しきってしまった。
ならば、ヴァルプルギスを終わらせ、新しいコンテンツが追加されるのを待つという方針に切り替えて対策本部に協力を決めたオタクだ。
「要はヴァルプルギスなんてサルバンみたいなものだから、それに対応したパーティーを組むのは戦略として当たり前だよ」
最初聞いた時はMMもPPも、その他対策本部の誰もが全く意味不明だったGJの言葉。
彼が言ったのは、前世紀に存在したコンピューターRPGの話だ。
モンスター多種族でパーティーを組んで宇宙人を倒すというものだが、その作中で種族によって昼しか活動できない種族、夜しか活動できない種族というのが存在し、昼と夜で別のパーティー編成をするというものだった。
そして、その作品には第三のパーティーが存在する。
毎月特別な一日は、その長さが30日分あり、その特殊な日のみ活動することができる種族がいる。
それが、さっきGJが言った2つの種族なのだ。
「……確かに、人間の魔女では難しいらしいことはわかっているが……」
「そう、だから人間ではない魔女を送るべきだと申し上げたのです。MM様」
GJは大仰に腰を折り、MMに対する敬意を示す。
このふざけた男は、それでも比較的若い魔女の中では実力で抜きんでており、頭脳や発想も優れている。
「うまくいけばいいんだけどね……」
すでに精神的には人間を遥かに越え、神か置物かという域に達しているMMに取ってさえ、今回のこのヴァルプルギスにはうんざりであった。
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GJの言うゲームとは『ラストハルマゲドン』です。
権利関係が行方不明で続編どころか復刻版すら出せないありさまをゲームファンは皆、悲しんでいるので、権利侵害だという方がいらっしゃったらぜひ苦情をお願いします。
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