第2話 黄昏の町、街外れ
「ここが、黄昏の町か……」
黄昏の町、などと言われているが、決して過疎で滅びゆく町、という意味ではない。
そもそも、ここを黄昏の町と呼んでいる者は、世界人類70億のごく一部でしかない。
具体的には、20人より多く、500人には満たない。
「20では足りず、500では余りある……か……」
何が?
それは、この世界に存在する魔女の数だ。
遥か昔、最初の魔女が発生した時は魔女の総数は1であった。
それから時が過ぎ、魔女の総数が20を越えた時に、だがその増減を考えると500人よりは遥かに少ない数に収まるだろうと考えられた。
そのため、アルファベット一文字ではなく、三文字でもなく、二文字で管理することにしたのだ。
すなわち、厳密には26よりは多く、26×26の676に収まる程度の数に収束すると考えられたわけだ。
「今回の死にたがりは、どっちなんだろうね? VLか、LWか……」
町に続く一本道を歩きながら、女性は思案する。
町は今時珍しく、大きな城壁に囲まれていて、その端は遠く見えない。
が、彼女の進んでいる道の先には大きな門が存在する。
その大門はしかし、常に開け放たれていて、何かから町を守る役には立っていない。
ただ、街道の端、町の入口としての意味しか果たしていないように見える。
門番がいて、人の行き来を厳しく制限しているというわけでもない。
跳ね橋があって、いざという時には閉め切ることができるというわけでもない。
だが、その大門に門番ではない何者かがもたれかかっていた。
その男は、現代の人間ではいささかおかしな恰好をしていた。
「カウボーイ?」
女性が見たところ、その恰好を一言でいうとそうなる。
カウボーイハットにダスターコート、インナーは普通のシャツとジーンズだったが、大きなガンベルトとそこに吊られたリボルバー拳銃。荒野というわけではないのに、日焼けした肌に無精ひげを伸ばしている。
どこのマカロニウエスタン映画から出てきたのかというぐらいの、ステレオタイプなカウボーイスタイルだった。
男は、女性が来るのを門で待っていたようで、こちらを認めると近づいてきた。
「おう、いいだろ?」
「で、あんたがPK?」
「そういうそっちはPCか?」
「そうよ」
アルファベット二文字。
すなわちこの女性もカウボーイもれっきとした魔女の一員ということになる。
カウボーイ――PKは、町の外から歩いてきた女性――PCを上から下まで眺める。
どこにでもいる大学生のような服装、革ジャンにジーンズと、多少ワイルドな雰囲気をしている。
あえて特徴を言えば、顔は整っており、髪はショートカット。
荒事が予想されるわけで、その意味では服装はふさわしいものだが、見た感じリュックが一つだけで武器や装備を持っているようには見えない。
だが、なにせ魔女なのだ。
どんな力を隠しているかは外見ではわからない。
問題は、このどうしようもない状況を何とかできる力を持っているかどうかだ。
「ま、それはおいおい確かめればいいか……」
「何を?」
「いや……感度とか」
「あら? 優しくリードしてくれるのかしら? 言っとくけど、正真正銘の処女よ」
「そうだろうな……だが、まずはこっちの感度だなっ!」
ダスターコートを跳ね上げ、リボルバーを抜くPK。
その銃口はまっすぐPCの方を向いている。
それを見てPCは驚くでもなく、慌てるでもない。
身を守ることすらせず、単に右手を振っただけだった。
すると、その右手の肘が背中側に折り曲げられ、その前腕が伸び、背後から自分を襲おうと狙っていた獣の頭を握る。
そして、そのまま力を込めて獣の頭を握りつぶした。
女性の手で、握りつぶす?
だが、ありえない方向に折れ曲がった肘といい、彼女の身長より長く伸びた前腕といい、獣の頭を握ることができるぐらい大きくなった手のひらといい、その体が尋常の構造でないことは明らかだった。
「やばっ」
「おうおう、派手だねえ」
散らばった血と脳漿がリュックにかかっていないか慌てるPCに対して、PKは銃をベルトに戻しながら声をかける。
「そのほうがインパクトあるでしょ?」
「違いないな」
どういうカラクリか、リュックを下ろして確かめる彼女の右手には血も脳漿も肉も、かけらも無かった。
そして、握りつぶした手が盾になって彼女のリュックも無事だった。
ひとしきり確かめて安心したのか、PCは再びリュックを背負い直した。
「で、感度は充分かしら?」
「ああ、問題ないな。町中で不意打ちされても対応できそうだ」
「じゃあ、さっそく拠点に……あるのよね?」
「ああ、いささかむさくるしいところだが、食い物と酒と添い寝相手には不自由させるつもりはないぜ」
「最後のは要らないわ」
「ははっ、冗談だ」
魔女PCと魔女PK。
この二人は、どちらも比較的新しい魔女だが、この時点で5本の指に入る戦闘向きな魔女だと言われている。
『対策本部』が自身を持って送り出した二人だ。
そして、二人の魔女は、大門をくぐり、町の中に足を踏み入れる。
後には頭を握りつぶされた、自然にはありえないぐらい大きな狼の死体が、黄昏に長く影を落としていた。
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