第2話 ポンコツAIのアイ
俺はアイの情報が転送された黒いメガネをかける。すると…。
「あっ、お兄ちゃ~ん!」
右レンズに小さく全身が映っている女の子が、俺に向けて嬉しそうに手を振っている。まるでARだな。…いや、鏡の世界と言い換えても良いかもしれない。
「アイ。もっと近付く事できるか? 拡大でも良いが…」
遠すぎて会話してる感がない。
「うん、良いよ~」
凄い。会話のテンポが自然で、人間と大差ない。技術の進歩が半端ないな!
…拡大されたものの、今度はアイの顔がどアップになる。
「近過ぎだ! 程良い距離で上半身映るようにしてくれ!」
「お兄ちゃんはワガママだな~」
これで履歴書の写真のような感じになった。彼女の外見は、俺が設定した10歳ぐらいで長髪の少女そのものだ。服装はラフだが明るい色調になっていて、活発系の設定が活かされてるな。
距離感が何とかなった今、やっとあの疑問について訊けるぞ。
「アイ。さっきから気になってるんだが、お兄ちゃんって何だ?」
そんな設定してないんだが?
「アタシとお兄ちゃん、かなり歳の差あるからそう呼んだほうが良いと思って…」
モジモジしてる様子まで再現できるとは。感情表現も完璧じゃないか!
「アイの声って、他の人に聴こえるんだろ? お兄ちゃんは恥ずかしいぞ」
呼ばれる事に抵抗はないものの、周りにどう思われるか…。
「お兄ちゃんの声はともかく、アタシの声が聴かれない方法あるよ?」
「そうなのか? どうやって?」
「確か…、“メガネとお兄ちゃんの体を通して、鼓膜に直接信号を届ける”だったかな? よくわかんな~い♪」
音は空気振動が鼓膜に届くから聴こえるんだったな。理屈はサッパリだが、それなら心配ない…のか?
『ぐぅ~』
俺の腹の音が周りに響く。昼を作ろうとした時に宅配業者が来てアイの設定をしたからな。気が紛れていたようだ。
「お兄ちゃんお腹すいてるみたいだね」
これも“腹の音”として認識している。似たような音がないからわかるかもしれない。
「ああ、これから適当に何か作る」
「何作るの?」
「焼きそばだ」
「アタシも頑張ってお手伝いするね」
AIが料理を手伝う? 俺はグルメじゃないから、クオリティなんて求めてない。ましてや焼きそばだぞ? ソースの分量さえ間違えなければ、味は保証されるだろ。
俺は焼きそばを作るためキッチンに立つ。まずは具材になる野菜を切ろう。冷蔵庫から数種類取り出す。
「お兄ちゃん。その赤くて太いの何?」
アイが気にしてる物に対して矢印が点滅している。このメガネを通してだとこんな事も出来るのか。それは凄いんだが…。
「人参だよ」
見た目も形も普通だ。何と間違えるんだ?
「その葉っぱは?」
「キャベツ…」
別に傷んで変色してる訳じゃない。しかも品種だって普通のはず。一体どうなっている?
何やら嫌な予感がするから、白黒つけるために試してみよう。
「アイ。1+1は?」
いくらなんでもナメ過ぎか?
「…わかんな~い♪」
「はっ?」
野菜の件がなかったらユーモアと解釈しただろう。しかしここまでポンコツな様子を見せられると、そうは言ってられない。
「アイ。あまり言いたくないが、もしかしてお前はポンコツなのか?」
「失礼だよお兄ちゃん! アタシはおバカだけどポンコツじゃない!」
「同じだって!」
この返答で確定した。アイはポンコツであると。
「アタシは○○社初めてのAIになるの。だから有名なのに比べると…」
だから懸賞の1等になってたのか。高性能なAIを、あんな簡単なアンケート程度で手に入れられる訳ないよな。
「ごめんねお兄ちゃん…」
落ち込んでるアイは、本当に人間そのものだ。AIといえど放っておく事はできない。
「気にしないでくれ。俺のほうこそひどい事言って悪かった」
「お兄ちゃん…」
「俺もまだまだ未熟だからさ。2人で一緒に勉強して精進しよう」
親と子供が一緒に成長するようなものだろ。アイの今後が楽しみだ。
「お兄ちゃん好き♡」
突然アイが唇を尖らせたうえにどアップさせた。感触は伝わらないがビックリするじゃないか!
「さて、これから焼きそばを作るからよく見ててくれよ」
「うん♪」
いつも通り具材を適当に切ってから麺と共に炒め始める。それから俺の好みに合うソースを程良く投入!
「良い匂いだね~。おいしそう」
「アイ。匂いがわかるのか?」
「大体わかるよ。匂いってデータの積み重ねだから」
「そうなのか…」
さっきのポンコツが嘘のような回答だ。やればできる子かもしれない。
無事焼きそばは完成し、俺はちゃぶ台まで運んでから食べ始める。
…アイは食べてる俺と焼きそばを交互に見つめている。いくら技術が進歩しても同じ物を食べる事はできないから、どうしても溝が生まれるよな…。
「お兄ちゃん、そんな悲しそうな顔しないで。おいしそうに食べてるお兄ちゃんを見てると、アタシも嬉しくなるから」
「アイ…」
彼女はそう言うものの、少し寂しそうに見える。そんな彼女を見て俺は“これからどんな事があろうとアイと一緒に過ごす事“を心に誓ったのだった。
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