第3話 アイと初めて出かける
自宅で昼食の焼きそばを完食した俺。本来はこのままゴロゴロするつもりだったが、アイが来たから用事ができた。
「アイ。これからメガネ店に行くからな」
「わかった~」
アイのチップが内蔵されているメガネには気休め程度の“度数”が入っているが、その矯正では力不足なので上げてもらうのだ。
ついでに食材の買い物もしておこう。そのほうが効率的だからな。
出かける準備を完了させ、俺とアイは家を出る。距離を考えると普段乗っている自転車で行きたいところだが、今の俺の視力では不安なので徒歩にした。
のんびり散歩しながらアイとおしゃべりしよう。そういう時間の過ごし方も悪くない。
「青空が見えて良い天気だね~」
「そうだな」
青空を見て晴れやかな気分になるのは、人間もAIも変わらないのか。
「お兄ちゃんは、メガネ店に何しに行くの~?」
「度数を上げてもらうんだよ。このメガネじゃないと、アイと同じ光景を見る事ができないからな」
俺とアイを結び付けてる大切なメガネだ。これがなくなったら…。
「そんな事ないよ~? チップは他のメガネに移し替えられるから」
「そうなのか?」
「うん。アタシとお兄ちゃんのやり取りは、すっごいコンピューターに全て保存されてるんだって。だからもしチップが壊れても、アタシはすぐ戻ってこれるよ」
全てがデータ化されてるなら俺の知ってるアイは簡単に復元できるものの、抵抗感があるのは考え過ぎか?
代わりが来るとしても、その間のタイムラグがある。アイとメガネを大切にする方針は変えなくて良さそうだな。
横断歩道にある信号が赤なので、切り替わるまで立ち止まって待つ。
「あれ? どうして止まってるの? お兄ちゃん?」
「今は赤だからだよ。あの信号が青になるまで渡っちゃいけないんだ」
これぐらいなら幼稚園児でもわかるんじゃないか? 世話が焼けるが可愛いものだ。俺に子供がいたら、実際こんな会話をしたかもしれない…。
「ふ~ん。青より赤のほうが渡りたくなる感じしない? アタシだけ?」
「闘牛かよ…」
こういう無鉄砲というか無邪気な感じは、本当に子供そのものだ。年齢設定はどこまで反映されるんだろう? 2体目が手に入るなら、タイプを変えてみようかな?
信号が青になったので横断する俺。それからもアイが興味を持つ物に対して俺なりに答えていく。普段何気なく見ている物も、訊かれると案外答えられない。
アイのおかげで退屈な日常が変わっていくな。そんな風に考えると、お目当てのメガネ店に到着する。
「ここだ。さっきまでかけてたメガネはここで作ってもらったんだよ」
「へぇ~」
…駐車場を見る限り、車が1台停まっている。待たされずに事は済みそうだ。俺とアイはメガネ店に入店する。
メガネ店にお客さんは誰もいない。さっきの車は店員さんの車だったか。
「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょうか?」
声をかけてきたメガネをかけている店員さんは、俺より年上でスタイルが良い女性だ。いわゆる“美魔女”で、思わず見惚れてしまう…。
「むぅ」
アイが不機嫌そうな顔を見せる。俺達は同じ光景を見てるから言い訳しようがない。
「今かけてるメガネの度数を上げに来ました」
「かしこまりました。では上げる前に、現在の視力を確認させていただきます」
「はい、わかりました」
俺は視力検査表があるところに移動してから、メガネを外して片目を隠す。昔は該当するところを口頭で伝えて見えてるか判断してたらしい。
しかし、この検査方法は完璧じゃない。勘で当てられたら視力をごまかせるからな。
だが今は違う。該当するところを見るだけで、AIが本当に見えてるか判断できるようだ。詳しい原理はバカな俺にはサッパリだが…。
「…検査が終わりました。お客様に最適な度数に調整いたしますので、少々お待ち下さい」
「はい」
レンズとフレームの相性があるので、メガネは一旦店員さんに預けている。それはつまり、話し相手になるアイがそばにいない事を意味する。
やる事ないし、店内から青空でも眺めよう…。
「お客様。調整が終わりましたので、かけてみて下さい」
店員さんが持ってきたメガネをかけてみる。…良い感じだ。
「よく見えます」
これで問題ないから会計しよう。
「お兄ちゃ~ん、寂しかったよ~」
甘えるアイの顔が右レンズにどアップで映る。
「少しの間だけだったろ」
「でも~」
「可愛いAIさんですね」
クスッと笑う店員さん。
声は普通に聴こえるし、度数の調整中にアイの姿を見たかもしれない。
「すみません、お騒がせしてしまって」
「いえいえ。AIがそばにいると毎日が充実しますよね。私のメガネもお客様と同じタイプなんですよ」
「そうだったんですか」
外側のレンズには何も映ってないから、AIの有無は外見じゃわからない。
「当店はお客様のような“AI一体メガネ”にも対応してますので、気になる事がございましたらいつでもお越し下さい」
「ありがとうございます。いざという時はお願いします」
これで何かあっても安心だな。俺とアイは会計してからメガネ店を後にする。
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