09話 盗賊退治
「うわぁぁああ、速い! 怖い! 速い!」
約3mの高さから見渡せる長閑な草原の景色が、加速で流れていく。身体の正面が強風で押され飛ばされそうだと思った俺は、アルテミス様の銀色の毛並みを力いっぱい掴み、頭を下げて風の抵抗を小さくした。
アルテミス様は更に加速していく。
アルテミス様の身体が上に下にと跳ね、俺の腰を幾度ともない浮遊感が襲う。
腰が少し浮いては跳ね、正面からは強風が当たる。俺は、振り落とされないように必死で手に力を込めた。
目を瞑り、ただがむしゃらにアルテミス様にしがみつき続けること数分(俺の体感だと数十分)、アルテミス様は徐々に減速して足を止めた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。し、死ぬかと思った……。アルテミス様、もうちょっと手心というものをですね?」
「この程度で死ぬとか大袈裟じゃの、リオンは。ところで、地図で示されていたのはこの辺りじゃったよな?」
「大袈裟じゃないです。……人間は、この速度で振り落とされたら木っ端微塵のひき肉になってしまいますよ……」
俺は、アルテミス様に跨ったまま『食い道楽』を取り出してクエストページを開き盗賊討伐の文字列を指でなぞった。
「妾の加護で身体能力も強化されてるし、大丈夫じゃろうて」
「だとしても、勘弁してください。安全装置のないジェットコースターに乗せられてる気分でした。しがみついてただけなのに、俺は既にへとへとです」
「この程度でへばるとは、本当に情けないのう。じゃが、疲れたのなら多少は脂肪も燃えたのではないか?」
一日二日の疲労で痩せるのなら、誰もダイエットで苦労なんてしない。
だけど、しがみつくのに必死で必要以上に力を使ったから、腕周りや腰回りの筋肉痛は必至だろう。
とはいえ、これ以上言い返す気力はないので、俺は地図に目を落とした。
アルテミス様が走ってる間、怖くてずっと目を瞑っていたから現在地がよく解らない。キョロキョロ周囲を見回してみるけど、解りやすい目印とかも見当たらないし。
いやまあ、そんなのあったら簡単に見つけられてすぐに討伐隊組まれちゃうから、当たり前なんだろうけど。
「中々都合よくとはいかないですね……」
「いや、ここらで合ってそうじゃぞ」
ニヤリと、アルテミス様が犬歯を見せて笑うと同時に飛び上がり、飛んできた何かを叩き落した。アルテミス様は、折れた弓矢を2本踏んでいた。
「敵襲じゃ! リオン、撃ち返せ!」
「は、はい! ……“顕現せよ、『狩猟の月弓』”」
手を上に挙げ、下ろすと灰色の弓が手に顕現する。咄嗟だけどちゃんと出せた。
「射貫け、金の月矢! 射貫け、金の月矢ッ!」
弦を引き、二発同時に打ち込む。方角は、人が隠れられそうな岩陰のある方。
二発放ったのは、アルテミス様の手の下にあった矢が二本だったから。二人いるかもしれないと思った。
放たれた矢は、金の光を放って吸い込まれるように岩の裏に入って行った。
「「うわぁぁあああ!」」
男の人の悲鳴が、二人分聞こえる。
そのまま小走りで岩の裏まで走ると、髭も剃らず小汚い恰好をしている男の死体が二人分転がっていた。
「うっ」
金の矢が頭に刺さり、二人は白目を剥いている。即死だったのだろう。頭から赤い血と赤ではない汚い汁が零れ出ていた。風呂も入っていなかったのだろう。皮膚は垢で黒く煤けていて、そこそこ離れてるのに悪臭も酷い。
初めて見る、老衰ではない人の死体。
その光景のグロさと死体の臭さに吐き気を催すけど、それだけだ。
今俺は、人を殺したのにイマイチその実感が沸いていない。罪悪感もなかった。
事前にアルテミス様から、盗賊は悪人でそれを殺す俺の行いは正義であると許しを得ていたからかもしれない。
先に弓を放たれていて、正当防衛感の強い状況だったからかもしれない。
或いは盗賊の見た目が不潔過ぎるあまり、人というよりモンスターに近い見た目をしているからかもしれない。
俺は、気に病むと暫くへこむ方なので、胸が痛くならないのは僥倖だった。
「リオン、よくやったぞ! 勇敢に戦い、悪を屠る。それでこそ、妾の使徒じゃ」
アルテミス様に褒められると、早鐘を打っていた鼓動も少し収まった。
「ありがとうございます。あ、でも、一人は殺さないでアジトに案内させるべきだったですかね?」
「まあ、そういう立ち回りが必要な時はあるじゃろうが、今回に関してはそれには及ばん。臭いが強すぎて、特定も簡単じゃ」
そう言ってアルテミス様は、すんすんと地面の臭いを嗅いでからくいっと顎を上げて自分の背中の方を指した。
これ、また乗れってこと……?
さっきのが軽いトラウマになったから、もう勘弁してほしいんだけど……。
「早うせんか。其方の歩みに合わせておれば、日が暮れてしまう」
「む」
それでも躊躇する俺の首根っこを咥えたアルテミス様は、そのまま駆け始めた。
「あ、アルテミス様! アルテミス様!?」
「静かにせんか。叫ぶと、賊共に勘取られるではないか」
「むぐっ」
「うむ。良い子じゃ」
アルテミス様は、そのまま林の隣を道路に沿って駆け林の中に突っ込む。
道なきけもの道を少し走ると、木々が少し開けた岩場に出る。小さな湖畔があり、浅い洞窟もある。
そして浅い洞窟の前では、4人ほどの野盗たちが焚火を囲んで騒いでいた。
「うわっはっは! 今回は、豪運だったぜ! まさか、王族を護送する馬車に、たったあれっぽっちの護衛しか付いてないんだからな!」
「お、親分! この胡椒ってやつ、辛いけど肉に付けて食うと美味ぇです!」
「うわっはっは! こっちの酒と合うぜ!」
岩陰の後ろで死んでいたあの二人と同じく、汚い恰好をした男たちが何かの肉を齧り、酒を飲んで宴会を開いている。
「おい、そこの女。なに、ずっと辛気臭い顔をしてやがる。飯がマズくなるだろうが!」
「なあ、親分。こいつ、犯っちゃって良いですか? 最近、ご無沙汰じゃないですか」
「お前、このちんちくりんが良いのか? まだ女って言えないくらいのガキだろ」
「この、子供を産めるようになったばかりくらいの女が一番興奮するんです」
「なんだぁ? お前、
がっはっは! と野盗たちが、下品に笑い声を上げる。
俺は見つからないように気を付けつつ、首を更に出してみる。
すると奥の方に、高そうなドレスを着た金髪碧眼の、12歳くらいに見える可憐な少女が暗い表情で木箱のようなものに座っているのが見えた。
よく見ると、逃げられないように重りのついた足枷が嵌められている。逆に言えばそれだけの拘束だった。
「ソイツは、王女様だ。傷物にしたら価値が下がっちまう。手を出したらぶっ殺すからな」
盗賊の親分と思われる図体のデカい男が、ドスの利いた声でそう言った。
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