08話 特別推薦状
翌日の朝。冒険者ギルドに足を運んで依頼書を一通り眺めてみたけど、盗賊の討伐を要請するようなものは見当たらなかった。
「おはようございます」
「あ、リオンさん。おはようございます。今日もキラービーの討伐に向かわれるのですか?」
昨日担当してくれた受付嬢に話しかけると、食い気味に聞かれる。
「いえ、その……昨日は運が良かっただけで、そう簡単にキラーハニーは手に入らないですよ」
「そうですか……」
受付嬢さんは露骨にしょんぼりする。
『食い道楽』を開けば、相変わらず『キラービーを倒そう:報酬:キラーハニー』のクエストは存在してるけど……それを正直に言うと面倒ごとになりそうなので黙っておく。
金貨3枚という大金を手にした昨日の今日で更に稼げば、いよいよ怖い人たちに目を付けられかねないし、そうでなくとも毎日ハチ退治させられるのはごめんだった。
落ち込む受付嬢さんを見てると、少し悪いことをした気になるけど。
「それよりその、盗賊退治の依頼とかありませんか?」
「盗賊退治、ですか?」
「ええ。その、出現情報とかでも良いんですけど……」
「そうですね。最近だと、付近に出現する盗賊の頭目に金貨一枚の懸賞金が掛かってますね。領主への年貢を納める馬車が襲われたのだとか。左目に眼帯を着けていたのが特徴的だったとか」
「なるほど……。居場所が解ったりとかは……」
「解ってたら、とっくに騎士団が駆除してるでしょうね。斥候が得意な冒険者に調査依頼が出されることは稀にありますが、今のところないですし、あったとしてもリオンさん向けではないと思います」
「は、はい……」
「リオンさんが調査依頼を出したい場合、相場は銀貨5枚からですが……」
「出したとしたら、どれくらい掛かりますか?」
「そうですね。すぐに見つかったとしても、準備に時間も掛かるでしょうし、最短で三日後とかじゃないでしょうか?」
期日明日だし、それだと意味ないんだよな……。
当てが外れたな。いざ盗賊退治に! と腹を決めたは良いものの、居場所が解らなければどうしようもない。
「ありがとうございました」
「いえ。あ、待ってください。これ、受け取ってください」
そう言って、受付嬢さんは一枚の封筒を渡してきた。
「これ、何ですか?」
「特別推薦状です。これがあると、私の名前でリオンさんを色々と特別扱い出来るようになります。これを渡した冒険者が問題を起こすと、出した職員の方まで責任が追及されるので、特別気に入った人にしか渡さないんですよ?」
人指し指を立てて片目を瞑った受付嬢にドキッとする。
うっかりときめいてしまいそうなのを誤魔化すように、封筒を開いて中身を見た。
“ギルド職員セレナ・フィルバロンは、冒険者リオン・ベーカリーを推薦する”と書かれていた。
この人、セレナさんって名前なんだ。
「えっと、何でそんなものを俺に渡してくれるんですか?」
「リオンさんが有望な冒険者だと思ったからです。……なので、再びキラーハニーを入手できるようなことがあれば私の方へお声がけください」
……そう言うことか。
この田舎村で大金持ってても偶に来る行商でしか使い道ないし、大金持つことで怖い人に目を付けられる方が嫌だから今ある分の瓶が空になるまではキラーハニーを採取しに行くつもりはないんだけど。
セレナさんが、期待するような眼差しを俺に向けてくる。
ま、まあ、稼ぎすぎなければ目もつけられないだろうし、偶になら売りに来ても良いかもしれない。貯金はあるに越したことはないからな。
「解りました」
俺は封筒を懐にしまい、頭を下げてからギルドを後にした。
「どうじゃった?」
ギルドを出て、村の入り口の方まで歩くとアルテミス様に声を掛けられた。
人混みとかが苦手なのか、アルテミス様はギルド付近には着いてこない。
「盗賊の居場所は、解りませんでした」
「む。ではどうするのじゃ?」
「どうするのじゃ? と言われましても……」
紅茶は惜しいけど、盗賊退治自体はそこまで乗り気でもなかったし場所が解らないんだったら割と諦めてもいい気分だけど。
アルテミス様の目が鋭く細められた気がしたので、俺は『食い道楽』を開いてクエストページを眺める。何か手掛かりが見つかるかもしれないしね。
『盗賊退治:報酬:ロイヤルティーの茶葉:期限:明日』
明後日だった期限が明日に変化している依頼の文章を指でなぞってみる。
すると、この村周辺の地図が出る。そしてある地点には赤い星マークがあった。
ここに、盗賊が出るってことなのだろうか?
「手掛かりもないし、とりあえず行ってみようではないか!」
「え、でも、これ結構遠いですよ? 馬車とか持ってないですし。こんな長距離絶対に歩きたくないです!」
「……元はと言えば、痩せるためのクエストではなかったのか?」
「痩せるために運動するような性格なら、前世はもっと長生きでしたよ」
「む。……どうしようもないやつじゃな」
アルテミス様は呆れたように溜め息を吐いてから、グググッとその姿を一気に膨れ上がらせた。大きくなる。普段は少し小柄な狼と言ったくらいのサイズだったけど、今は普通の馬くらいのサイズ感がある。
デカい。そして綺麗だった。ジブリ映画とかに出てきそうな美しさがある。
「じぶりえいが? とやらは解らぬが、褒められて悪い気はせんな。乗れ」
アルテミス様はふんっ、と誇らしげに鼻を鳴らしてからクイッと顎で白銀の背中を指した。
「えっと、俺が、アルテミス様に?」
「それ以外に何がある」
綺麗な狼の背中に跨って草原を駆けるってのに憧れはするけど、神様の背中に俺が跨るのは凄く畏れ多いような……。
「妾が良いと言っておるのじゃ。早うせい」
「は、はい! ではその、失礼します」
俺は恐る恐る足を上げて、アルテミス様の背中に跨ろうとする。だけど普段から運動していない俺の脚は全然上がらないし、乗ろうとしてみると意外に高くて全然届かない。
「あの、すみません。乗れないんですが……」
「はぁ。本当に情けない男じゃの」
アルテミス様は呆れたように息を吐いてから、パクっと俺の服の襟元を咥えて顎の動きでひょいっと背中に跨らせた。
「た、高い! 思ったより高いんですけど!」
視線が3m近い高さにある。怖い。けど、下半身はまるでアルテミス様と一体化したみたいな安定感があった。何か、凄い。
「リオン、振り落とされぬようしっかり捕まっておれよ?」
「えっ?」
「行くぞ」
アルテミス様は、疾風のような速さで草原を駆け始めた。
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