06話 ハニークロワッサン

「なんだ、遅かったではないか。待ちわびたぞ」


 家に帰りつくと、いつの間にか先に帰っていたアルテミス様が俺を出迎えた。

 一人で先に帰ったくせに、とても偉そうだ。いやまあ神様だし、実際に偉いんだろうけど。


「査定とか、買い取りとかして貰ってたからこんなもんですよ。でもその分、結構な報酬になりました」


「ほぉ。そんなものの為に時間を費やすとは、人間とは難儀じゃの」


 パンパンに入った袋を見せても、アルテミス様の反応はイマイチだった。


「人間は、お金がないとご飯も食えないですから」


「む、それは一大事じゃの。因みに、どれくらい貰ったんじゃ? ちょいと見せてみい……って何じゃ、銀貨と半分は銅貨ではないか。金貨は、金貨はないのか?」


「流石に低級のキラービー討伐で、そんな沢山の金貨にはなりませんよ。……一応、手持ちの蜂蜜全部売れば袋一杯の金貨をくれるみたいなことは言ってましたけど」


「なぬ!? それはならんぞ。あれは妾の為の蜂蜜じゃ! う、売ってはおらんよな!?」


「当然でしょう」


 厳密には、瓶に詰め切れなかった2つは売ったけど。


「む、売ったのではないか」


 アルテミス様が目を細める。

 二匹分の為に瓶を煮沸消毒するのは面倒だし、高く買ってくれるって言われたから金に目が眩んでしまった。


「ま、まあ、良いじゃないですか、二つくらい。それにこれだけお金があれば、行商から珍しい食材だって買えますよ」


「むぅ。まあ、リオンの能力があるならまた取りに行けば済むし良しとしよう。その代わり、その行商の件忘れるでないぞ?」


「はい。……それより、早速クロワッサンを焼きませんか?」


「そうじゃったな!そのくろわっさん? とやら、早う用意せい」


「承知しました」


 俺は早速、『食い道楽』の『食糧保存庫』のページを開いて、予め入れておいたクロワッサンの生地を取り出す。

 

 クロワッサンは生地から作るとなると手間も時間もかなり掛かるけど、気軽に食べたいタイミングは多いからな。

 纏めてたくさん作っておいて、保存庫に放っておいたのだ。


 因みに、焼いた後の方も保存してたけど、それは既に食べきってしまっていた。

 クロワッサンなんていくら作り置きしてても、あればあるだけ食べちゃうね。


 アルテミス様は、生地に鼻を近づけて匂いを嗅いでいた。


「これがその、クロワッサンなのか?」


「その生地ですね。これから形を整えて焼いていきます」


 俺は、テーブルに打ち粉を敷いてから大きなままのクロワッサン生地を広げて程よいサイズに切っていく。そして丸めるように成型していく。半分は、普通に。


 そしてもう半分は――


 食糧保存庫から、瓶詰にしていたキラーハニーを取り出した。


「お、もう使うのか?」


「焼き上がった後につける予定でしたけど、もう半分は生地に直接練り込んでしまおうと思いまして」


「ふむふむ」


「中から蜂蜜の甘みと香りが広がるクロワッサンに、更に外からキラーハニーをかけるんです」


「それは……とても良い案じゃな!」


「でしょう?」


 半分は更にキラーハニーをふんだんに垂らして、生地に練り込んでいく。それから纏め直して、切り分け、成型していく。


 鉄板に、普通に成型したクロワッサンと蜂蜜を練り込んで成型したクロワッサンを並べていく。そして仕上げに、溶き卵をヘラで塗ってから窯の中に入れた。

 後は焼き上がるのを待つだけだ。


「まだ焼けんのか?」


「窯なので10分程度で焼き上がると思います」


「むぅ……」


 アルテミス様は、少し不機嫌そうに唸る。


 かく言う俺も、怖い思いをしてキラービーと戦ったからお腹が減っていた。

 一刻も早くご馳走にありつきたいと言う気持ちは、アルテミス様と一緒だ。俺は、机の上に乗っている、黄金の蜜が入った瓶を見る。


「……待っている間、そのまま舐めますか?」


 スプーンを一つ取り出して、瓶詰からキラーハニーを掬い上げて差し出す。アルテミス様は、ぺろりと舐めた。


「ふむ。やはり美味いのぅ」


「じゃあ、俺も一口」


 アルテミス様に渡したのとは別のスプーンで掬いあげて舐めた。


「……っ!」


 美味っ。これ、美味っ!

 濃厚でありながら、豊潤で上品な蜜の香りが広がる。甘いけど甘すぎなくて、ねっとりした蜜が舌を這い喉の奥へと流れる過程で脳が幸せいっぱいに満たされていく。


 これが一匹分で金貨一枚で取引されるのも納得の美味さだった。


 もう一口掬って舐めようとしたら、いつの間にか、アルテミス様が瓶ごとべろべろとキラーハニーを舐めていた。


 ……まあ、あと4瓶あるから良いんですけどね。


 俺はもう1瓶、保存庫から取り出してスプーンで掬って舐める。やっぱり美味い。


 そうこうしている間に、焼けた小麦とバターの匂いが漂ってくる。そろそろ頃合いかな。そう思って、鉄板を釜から取り出すと、良い感じのきつね色に染まったクロワッサンが出てきた。


「ほほぅ。これは……」


 夢中になって瓶の中の蜂蜜を舐めていたはずのアルテミス様は、取り出されたクロワッサンに目を惹かれていた。


「これを、もう食べて良いのか?」


「ええ。熱いので気を付けてくださいね」


「では、まずはそのまま。……これは! ただの焼いたパンとは思えないサクサクの食感、噛むほどに広がるバターの香り。クッキーと似ていながら大きく異なっている。面白い。中々に、悪くないではないか!」


 サクサクとクロワッサンを食べるアルテミス様は、悪くない悪くないと呟きながら口周りと蜂蜜とクロワッサンの粉で汚しまくっていた。


 お気に召してくれたようだ。


「熱っ」


 俺は焼き立てのクロワッサンをパカッと開いて、保存庫から取り出したバターを挟み、その上から蜂蜜を掛けて、食べる。


 アツアツでサクサクのクロワッサン生地に挟まれた、大きめにカットしたバターが口の中でジュワッと広がる。バターの塩気が蜂蜜の甘さによってマイルドになって、病みつきになる味を作り出していた。


 美味ぇ。カロリーとんでもないことになってそうだけど、今日はいっぱい運動したから実質プラマイゼロ。……ああ、幸せ過ぎる。美味ぇ。


「なんじゃ、リオン。其方だけバターを挟むなんてズルいぞ。妾にも寄越すのじゃ!」


「ああ、はい」


 蜂蜜を練り込んだ方のクロワッサンを割ってバターを挟み、更に上から蜂蜜を掛けて渡した。


「ふぉおおっ! これは、とんでもないの! クロワッサンも、キラーハニーも単体で食べて十分に美味いのにそれが合わさって、更に上手くなっておる。そしてこの口の中で溶けるバターが食べ応えを上げてて良いの!」


「そうですね」


 この世界、っていうかこの国は牧畜が盛んだから美味いバターが比較的安価で手に入るのだ。俺も今度は蜂蜜練りクロワッサンにバターを挟んで食べた。


 美味っ……!

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