05話 交渉と報酬

 魔物の解体場に17匹分のキラービーの死骸を出すと、さっきまで疑りでいっぱいだった受付嬢の表情が驚きに変わった。


「こんなに……。って言うかこれ、どこから出しました? マジックポーチではないですよね?」


 受付嬢は俺の腰回りや手をジロジロと観察しながら尋ねてくる。


 やべっ、どうしよ。これ、正直に答えちゃ……マズいよな。


 俺は実家でパンとか菓子を作って気ままに生きてきたし、これからもそのつもりだったから、この世界でこういったスキルがどんな風に扱われているのかとか全然知らない。大した事がないのなら素直にゲロっちゃった方が後々面倒がなくて良さそうだけど、これがとんでもスキルだった場合――凄く面倒なことになりかねない。


 お貴族様に目を付けられて、徴兵されるとかなったら……最悪だ。


 スキルがこの世界でどういう立ち位置になるのかとか、少しでもアルテミス様に聞いておけば良かった。今からでも助け船出してくれませんかね……?

 ちらりと周りを見てみると、ずっと横に歩いていると思っていたアルテミス様の姿がどこにもなかった。


 くっ。だったら、とりあえず誤魔化しておくしかないか……。


「冒険者なので、隠し札の一つや二つあるものです。詮索はしないでいただけると」


「…………まあ、そうですね。つい半年前までスライムに逃げ帰っていたような最低ランクの冒険者が、マジックポーチに匹敵する『何か』を持ってるとなればトラブルの元になるでしょうし。隠しておく方が賢明でしょう」


 過去にスライム討伐依頼失敗した記録、ちゃんと把握されてる……。


「では、査定しますので検めますね」


 そう言って受付嬢は、キラービーの死骸を拾って調べ始めた。


「! ……このお腹の中、僅かですけど蜜が入ってますね。まさか、キラーハニー? すんすん。……間違いないですね。待って、こっちも、こっちも蜜が……。信じられない。幻の蜜とまで言われたキラーハニーの蜜が、僅かずつではあるけど全てのキラービーの腹の中に。……リオン様、もしかして、瓶か何かに詰めたキラーハニーをお持ちではないでしょうか?」


「えっと……」


「もしお持ちでしたら、いくつか売ってくださいませんか? ……キラーハニーは幻の蜜とも言われる代物で、時期にもよりますが一匹で金貨1枚は堅いです」


「金貨!?」


 実家のパン屋はバケット1つ銅貨一枚で売っている。銀貨1枚がが銅貨10枚で、金貨は銀貨10枚だから10×10で100枚。つまり、バケット100個分!?


 小さな村だけど、家のパン屋は何だかんだ毎日100個以上パンを売ってる。

 だけど実際には材料費とか家の維持費とか税金で引かれるから、両親の手元に残る額が丁度一か月で金貨1枚くらい。


 パンが主食のこの世界で、パン屋は凄く儲かる職業だ。つまり村人としてはかなり裕福な家の月収分が一撃で手に入る。


 俺の小遣いは月に銅貨3枚ほど。つまり、約33か月分。それが手に入る。


 金貨一枚あれば行商人から上白糖や茶葉も……いや、気になっていた調理器具すら買えてしまうな!


「纏まった数を売っていただけるのでしたら、多少色もお付けしましょう」


 俺は、キラーハニーが入ったままのキラービーの死骸を二匹取り出した。


「えっと、これを売ると言ったらいくらで買ってくれますか?」


「そうですね。……二つなら、金貨2枚と銀貨2枚とかどうでしょう?」


 銀貨22枚分。依頼達成の報酬が銀貨3枚で……


「因みに、そのキラービーの死骸はいくらで買ってくれますか?」


「……急所を弓矢のようなもので一突き、かなり綺麗な状態で討伐されてますが毒袋がないですからね。一匹あたり銅貨3枚と言ったところでしょうか?」


 銅貨3枚×17で51枚。つまり、銀貨5枚。22+3+5で、30枚。つまり、金貨3枚分!


「本来高値が付く毒袋の部分が、キラーハニーに変わってますからね。でも、キラーハニーは毒袋の比じゃないほど高値です。もし19匹分あるのでしたら、ギルマスとの相談になりますが、金貨25枚以上で買い取りましょう!」


 受付嬢が興奮した様子で俺に迫ってくる。綺麗な顔をそんなに近づけられると、年甲斐もなくドキドキしてしまう。


 金貨25枚……凄い額だけど、なんか多すぎて現実味がない。


 と言うか、金貨3枚だけで俺としては十分だった。あんまり大金を手に入れても、そのせいで怖い人に目を付けられて襲われたら怖いし。


「すみません。瓶に詰めた蜂蜜は、自分で使うために取ったので」


「自分で、ですか?」


「実家がパン屋なんですよ」


「なるほど。……キラーハニー入りのパンなんて、お貴族様にでも献上するつもりなんですか?」


「え? いや、えっと……まあそんな感じです」


 実際に献上するのはアルテミス様なんだけど、貴族より神様の方が偉いだろう。


「であれば、仕方ないですね。こちら2つはギルドで買い取ってもよろしいでしょうか?」


「ええ。……それと、今回のことは」


「勿論、振れ回るような真似はしません。ギルド職員には守秘義務がありますので」


「はい、よろしくお願いします」


「……では、こちらがクエストの達成報酬とキラービー強顎、及びキラーハニーの買取価格で計銀貨30枚の受け渡しになります。よろしいでしょうか?」


「あ、えっと、銀貨3枚は銅貨30枚にしてください」


「解りました。では少々お待ちください」


 金額的には金貨3枚と同じだけど、金貨はその辺の店で使ってもお釣りが用意できないとかのトラブルの原因になるし、銀貨の方が使い勝手が良い。

 何なら、銀貨でも使いづらい店とかはあるので一部は銅貨にして貰った。


「銀貨27枚と銅貨30枚です。ご確認ください」


 受付嬢は、10枚ずつに並べた銀貨と銅貨を見せてから、袋の中に入れてくれる。

 計57枚。間違いない。渡された袋は、ジャラジャラと音が鳴り、とても重かった。……このまま冒険者たちがたくさん通りかかるギルドの前を抜けて家まで帰るのが少し怖くなるくらいの大金だ。


 金貨25枚なんて阿呆みたいな額、受け取らなくて正解だった。


「ありがとうございました」


 俺は、袋に入ったお金を服の下に隠して猫背になりながらこそこそと帰宅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る