03話 もふもふ神様のご加護

 焼き立てのクロワッサンに極上のはちみつを欠けて食べると言う誘惑に抗えなかった俺は、久々に無数の依頼書が張り出された掲示板の前に訪れていた。

 ここに来るのは、登録して初めて受けた依頼を失敗して以来だ。


「リオンよ、ここはどこじゃ?」


「冒険者ギルドですよ。キラービーを倒しに行くのなら依頼を受注してお金も貰える方が嬉しいので」


「神の使徒とあろう者が、金にがめつくあろうとはけしからんぞ?」


「俺が自由に使えるお金が増えれば、偶に村に来る行商から砂糖とか珍しい食材を買えるようになります。つまり、作れる料理のレパートリーが増えるんです」


「なんと、であれば存分にお金も稼いでいこうではないか!」


 なんと言う鮮やかな手の平返し。

 アルテミス様の許しも出たので、キラービー討伐依頼の紙を引っ剥がしてそのまま受付窓口まで持って行った。


「このギルド証、半年以上の依頼達成実績がないので失効してますね。再発行には銅貨3枚が必要ですが、如何致しますか?」


「お願いします……」


 大人しく銅貨3枚を支払って、ギルド証を再発行してもらった。


 冒険者ギルドは世界中に点在しているらしく、そこから発行された冒険者証は身分証明になる。故に登録の基本料金は銀貨一枚と高めだけど、その殆どが不詳の身分を保証するための保険料に充てられるので、市民証を見せれば銅貨5枚で登録できる。


 再発行で6割も取られるとは……手痛い出費だ。


 貯めていたお小遣いのほぼ全てが吹き飛んでしまったが、キラービー討伐依頼(5匹)の依頼達成報酬が銀貨3枚+素材の買い取り料金で高額だったから仕方ない。

 銀貨3枚あれば、食材だけじゃなくて気になってた調理器具まで買える。


 気弱な俺は、はちみつだけのモチベーションだとキラービーの姿を見ただけでビビッて逃げそうだったし、お金を払ったのは却って良かったかもしれない。


 因みに、冒険者は下はFから上はAまであって、Aの上には特例的にS級というものが設置されているらしい。

 ひよっこの俺は当然、Fスタート。実力者はお金を払うことで最大D級から始められるシステムもあるらしいけど、キラービーの報酬目当てで再登録したような俺にはあまり関係ない話だ。


 そんなこんなで、依頼を受けた俺たちは村を出て近くの森へ向かった。


「む、早速見つけたぞ。幸先が良いな」


「えっ、アレがキラービー? デカッ」


 アルテミス様が指した先を見ると、大きな蜂が木の実を貪っていた。

 大きさは50cm程度。木に留まっているので飛んではいないけど、時折動く羽がブブブブブッと大きな音を立てる。それが俺の恐怖を駆り立てた。


 あんなのに襲われたら、一溜りもない。絶対に、死んでしまう。


 しかもでっかい蜂は二匹もいた。いや、見えてるのが二匹というだけで木の裏にもう一匹いるかもしれない。死ぬほど怖い。


「木の裏にはおらぬ。目に見えるあの二匹だけじゃ。早速討伐するのじゃ!」


「えっ、無理無理無理。怖すぎる。絶対に嫌なんだけど。もう帰りたい」


「登録料に全財産を投げうったんじゃろ? このまま帰ればリオンは無一文じゃぞ」


「うう、そうだけど……お金は命には代えられないだろ」


「むぅ、本当に情けないの。其方、本当に玉ついておるのか?」


「玉……。仮にも神様がそんな下品なこと言わないでくださいよ」


 指摘されて少し恥ずかしくなったのか、アルテミス様は小さく咳払いをした。


「危なくなったら妾が助ける。だから安心して戦うのじゃ」


「戦えってったって、無理だよ。一応ナイフは持ってきたけど……」


 俺の手にあるのは刃渡り10cm程度のナイフ。これを片手にあの蜂に突っ込みに行く度胸はない。


「何を言っておるのじゃ。其方には加護を与えたじゃろ。それで戦うのじゃ」


「……加護? 俺に与えられたのは、病気に掛からなくなるやつでは?」


「そんなのおまけに決まっておろうが! 妾の加護の本質は、妾の権能の一部を使えるようになることじゃ。使い方を教えるから、妾の言う通りに動いてみよ」


「わ、解りました」


 やっぱり戦う力もあったんだ! ……俺、戦いたくなんてないのに。

 なんか少し騙されたような気分だ。生身でナイフ片手にキラービーに特攻しに行くよりはずっとマシだけど。


「リオン、利き手はどっちじゃ?」


「……? 右です」


「では左手を上に挙げて、前に突き出すように降ろせ」


「こう、ですか?」


「うむ。そして妾に祈りを捧げながらこう言うのじゃ。顕現せよ、『狩猟の月弓』」


「“顕現せよ、『狩猟の月弓』”」


 口にすると、俺の左手には望遠鏡で見た月の表面みたいな灰色の弓があった。

 この世界に来てからも全然鍛えてない腕でも重さを殆ど感じないほどに軽く、それでいて凄まじい力を感じる不思議な弓だった。


 でも、矢がない。


「これ、どうやって打つんですか?」


「弦を弾いて、妾への祈りを捧げながら――射貫け、金の月矢と唱えよ」


「えっと……射貫け金の月矢?」


 言われた通りに弦を引きながら、唱える。すると、指の間に金色の矢が生まれた。いきなり手の中に矢が出たことにびっくりして離すと、矢が物凄い速度で飛んで行って、そのまま蜂の一匹を射貫いた。


 全然狙いを定めず打っちゃったのに、当たったよ。


 運が良かったのか、それともこの弓が特別なのか。神様の加護で使えるようになった武器なのだから、きっと後者なのだろう。


 そんなことを考えている間に、もう一匹の蜂が凄い勢いでこっちに飛んできた。


 仲間を殺されて、怒っているのだろう。


 俺は慌てて弦を引くけど、パニックになって言葉が出てこない。なんだっけ。


「射貫け、うわぁっ、助けてアルテミス様!」


 矢を放つよりも早く襲い掛かってきそうだった蜂を、ペシッとアルテミス様が叩き落した。ビビり過ぎて腰を抜かしてしまった俺は尻もちをついた。


「……男子とあろうものが、情けない悲鳴を上げるでないわ」


「うっ、面目ない」


 確かに今のは、中身がトータルで40超えてるおっさんが出して良い悲鳴ではなかった。恥ずかしくて、顔が熱くなる。


「そんなことより、戦利品の確認じゃ!」


 アルテミス様はウキウキで、俺が仕留めたキラービーを回収して持ってくる。


「おおっ、キラーハニーじゃ!」


 俺が倒したキラービーの腹の中には、黄金の蜜が入っていた。


 

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