第7話 君の声を探して

 夏休みも終わりに近づく中、今日は朝から雨が降り続いていた。

 窓の外を見つめながら、私は机に向かって勉強していたが、どうも集中できない。


 いつもなら陽菜ひなからメッセージが来ててもおかしくないのだが、スマホの通知欄には何もなかった。

 

 雨音が心地よいリズムを刻む中、私の心は不安と期待でざわめく。

 陽菜ひなと過ごした楽しい日々が思い出される一方で、最近の陽菜の様子が気になって仕方がなかった。


 昨日までの陽菜との時間があまりに夢のようで、現実感が薄れているような気がしていた。

 彼女からの連絡が無い今、私はその不安を紛らわせようと必死に勉強に打ち込もうとする。


 教科書に目を落とし、ノートに問題を解く手を動かしても、頭の中には陽菜のことばかりが浮かぶ。

 彼女の笑顔、彼女の声、そして彼女との思い出。

 それらが次々に頭をよぎり、結局勉強に集中できなかった。


 スマホを何度も確認するが、陽菜からのメッセージは届かない。

 私はため息をつき、机に突っ伏した。


「陽菜、なにしてるんだろう……」


 小さな声で呟いたその言葉が、部屋の静寂に響いた。

 心の奥底で何かがざわつくのを感じる。


 気にすればするほど、嫌な想像だけが膨らんでいく。

 

 なるべく考えないようにしようと、私は再び教科書に目を戻した。

 しかし、心ここにあらずで、何度読んでも内容が頭に入ってこない。


「よし……」

 

 思い切ってスマホを手に取り、陽菜にメッセージを送ることにした。


『陽菜、元気?今日は雨だけどどうする?』


 送信ボタンを押すと、いつものようにすぐ既読がつくことを期待していた。

 しかし、しばらく待ってもメッセージは既読にならない。

 時間だけが過ぎていく中で、私はますます不安を感じていた。


「どうしたんだろう……」


 窓の外を眺めると、まるで私の心の不安を映すかのように、雨脚が一層激しさを増していた。

 

 何度もスマホを確認しながら、私は立ち上がり、部屋の窓から外を見つめた。

 雨に煙る景色がぼんやりと広がっている。

 こんな日でも陽菜と一緒に過ごせたら素敵なんだろうなと思いながらも、彼女の不在が私の心に重くのしかかっていた。


「きっと……何か理由があるんだよね……」


 自分に言い聞かせるように呟いても、その不安は消えない。

 ノートに書き込みを始めたはずの私の手はずっと止まったままだった。


 陽菜がいないこの日常が、これからも続くのかもしれないという考えが、私の心を冷たく締め付けるようだった。

 陽菜からの連絡を待ちながら、私はただ時間が過ぎるのを待つ。



 耐えられなくなった私は立ち上がり、陽菜に会いに行くことにした。


「お母さん、ちょっと出かけてくる」


 お母さんは心配そうな表情を浮かべながらも、静かに頷いてくれた。


「気をつけてね、凛。何かあったらすぐに連絡してね」


 私は傘を手に取り、外に出た。

 雨は冷たく、私の体をすぐに濡らした。

 陽菜の姿を求めて、私は歩き出した。


 まずはいつも一緒に過ごしていた場所を巡った。

 陽菜の家、公園、図書館、ショッピングモール……。

 

 どこにも陽菜ひなの姿はなかった。

 

 陽菜のお母さんは、朝出かけたっきりだと言っていた。

 心の中で陽菜が本当に消えてしまったのではないかという不安が、ますます大きくなっていく。


 街のあちこちを探し回りながら、私はふと陽菜が事故にあった日のことを思い出した。

 あの日も私たちは遊ぶ約束をしていたが、その約束は果たされることなく、陽菜は事故に遭ってしまった。


「そうだ、あの場所……」


 私は急に思い立ち、その場所へ向かうことにした。

 あの日の約束を果たせなかった場所に、陽菜がいるかもしれないという希望が心の中に芽生えた。


 足元の水たまりを踏みしめながら、私は急いでその場所へと向かう。

 雨はだんだんと激しくなり、視界を遮るように降り続けていた。

 それでも、私は陽菜のことを思い、足を止めることなく走り続けた。


 道中、さまざまな思い出が頭をよぎった。


 陽菜との楽しい日々、笑い合った瞬間、――そして昨日の言葉。

 

 私の心は複雑な感情でいっぱいになったが、今はただ陽菜に会いたいという思いが私を突き動かしていた。


 道の先に見覚えのある横断歩道が見えてきた。

 あの日、陽菜と私の運命が変わった場所だ。

 車の音が耳に届き、信号が点滅している。

 

 (……陽菜……陽菜……)

 

 雨が降りしきる中、私は心の中で陽菜の名前を叫び続けた。


「陽菜……どこにいるの……?」


 雨で視界がぼやける中、私は必死に辺りを見渡す。

 遠くに見覚えのあるシルエットが見えた。

 

 その姿はぼんやりと見え隠れしていたが、間違いなく陽菜ひなだった。

 

 雨に打たれながら、彼女は静かに立っていた。

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