第5話 未来

「ねえ、りん。今日は神社に行こうよ」


 私は少し驚いた。

 神社は私たちが小さい頃に何度も訪れた場所だった。


「神社?どうして急に?」


 陽菜ひなはにっこりと笑った。


「昔、よく一緒に行ったなーと思って。覚えてる?夏祭りでヨーヨー釣りをしたり、かき氷を食べたりしたよね」


 私は陽菜の言葉に頷いた。その思い出は私の心の中にも鮮明に残っていた。


「うん、覚えてるよ。あの時の陽菜、すごく楽しそうにしてたよね」


 陽菜は嬉しそうに頷いた。


「そうそう、そして凛はかき氷を買ってきてくれて、二人で食べながら花火を見たりしてさ……」


 私たちは神社の境内に着くと、その頃の思い出を語り合った。


 陽菜がふと、思い出したように尋ねた。


「凛、最近の夏祭りってどう?昔と一緒?」


 その質問に私は一瞬言葉に詰まった。

 どう答えるべきか迷いながら、私は言葉を選んだ。


「うん、変わってないよ。毎年同じように賑やかで、人もいっぱいいる」

 

 ――嘘はついてない。

 でも実際、私は陽菜がいなくなってから夏祭りに行っていなかった。

 彼女と一緒に行った楽しい思い出が多すぎて、行く勇気がなかったのだ。


 陽菜はその言葉に何かを察したようで、優しく微笑んだ。


「そっか。じゃあ、今度また一緒に行こうね」


 私はその言葉に頷いた。

 陽菜と一緒なら、もう一度夏祭りに行ける気がした。



 神社の境内を歩き回った後、私たちは手をつないだまま、お祈りをするために本殿に向かった。

 二人で並んで賽銭箱に硬貨を投げ入れ、鈴を鳴らして手を合わせる。


 私は目を閉じて、静かに願い事をした。

 

 (――陽菜とのこの時間が少しでも長く続きますように。)

 

 祈りが終わると、隣にいる陽菜の姿をちらりと見た。

 陽菜も目を閉じて、何かを祈っているようだった。


 陽菜が目を開けて、私に微笑んだ。


「凛、何をお願いしたの?」


「それは秘密だよ、陽菜」


 陽菜はにこりと笑って、私の手をぎゅっと握り返した。


「私も秘密!」


 二人で笑い合う。

 そんな空間がとても心地よかった。


 

「そうだ!おみくじ引いてかない?」

 そう陽菜が言い出す。


「えっ……お正月でもないのに?」


「おみくじはいつ引いたっていいんだよ!」


「それはそうだけど……」

 

 陽菜に強引に連れてかれながら、私は本殿の横にあるおみくじ売り場に向かった。

 陽菜が先におみくじを引き、私も続いた。

 おみくじを開くと、陽菜は目を輝かせた。


「見て、凛!大吉だよ!」


 私は微笑んで、自分のおみくじを見た。


「――私は凶……」


 陽菜は私の手を取って、笑顔で言った。


「凶だっていいじゃん、凛。二人でなら、きっと全部うまくいくよ」


 陽菜が言うと本当に全部、どんなこともでも乗り越えられる気がした。


「そうだね、陽菜。」


 私たちはおみくじを結びつけるために木に向かう。

 私は自分のおみくじを丁寧に結びながら言った。


「陽菜は大吉だから結ぶ必要ないんじゃない?」


 陽菜は少し考えた後、ふと何かを思いついたようにおみくじに何かを書き始めた。


「陽菜、何してるの?」


 私が尋ねると、陽菜はにこりと笑って答えた。


「うーん……。ちょっとしたおまじないみたいなもの!」


 そして陽菜は私の隣におみくじを結んだ。


「でも、凛のおみくじの隣に結びたかったんだ」


 いつもの陽菜なら喜んで持って帰りそうなものなのに、なんて思ったけど。

 彼女の優しい笑顔を見て、私はそれ以上何も言わなかった。


 神社の境内を後にし、木々の間を歩きながらたわいもない話を続けた。風がそよそよと吹き、木漏れ日が私たちの足元を照らしていた。


「最近は陽菜とずっと一緒にいれて元気をもらえてる。昔みたいに笑えるよ」


 私がそう言うと、陽菜は笑いながら答えた。


「凛は昔から変わらないね。いつも一緒にいると、本当に楽しい」


 私たちは笑い合いながら、神社の境内を歩き続けた。

 陽菜との時間が、まるで宝石のように輝いていることを感じた。


 日が傾き始め、空が夕焼けに染まっていく。

 私たちは神社の鳥居の下に座り、空を見上げた。

 夕日の光が二人の顔を優しく照らし、影が長く伸びていた。


 しばらくの沈黙の後、陽菜がぽつりと呟いた。


「……この時間がずっと続けばいいのに」


 その言葉に私は驚いた。

 陽菜の瞳には、普段見せない不安がちらついていた。


「陽菜……」


 私は何も言えず、ただ彼女の手を握りしめた。陽菜も私の手を強く握り返してきた。


「私ね、今この瞬間を大切にしようと思う。未来のことなんて誰にもわからないし……」

 

 その言葉に、私は少し泣きそうになった。

 でも、陽菜の前で涙を見せるわけにはいかない。

 私は深呼吸をして、彼女の言葉を胸に刻んだ。


「そうだね、それがいいよ……陽菜」


 私たちはしばらくの間、何も言わずに夕焼けを見つめていた。その静かな時間が、二人の心を深く繋ぎ合わせてくれるような気がした。


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