第3話 新たな一日

 翌朝、目が覚めると、昨日の出来事がまるで夢のように感じられた。

 しかし、手に残る陽菜ひなの温もりは確かに現実だった。

 私はその感覚を胸に抱きながら、ベッドから起き上がる。


 夏休みの間、私は受験勉強のために学校の図書館に通っていた。

 大学進学を目指して、少しでも多くの時間を勉強に充てたいと思っていたからだ。

 陽菜が亡くなってから、勉強に没頭することが心の安定を保つ1つの方法でもあった。


 学校に行く準備をしていると、ふとスマホに目をやった。

 陽菜からのメッセージが届いていた。


「おはよう、りん!今日はどこに行く?楽しみだなぁ」


 私は微笑みながら返信を打つ。


「おはよう、陽菜。今日も楽しもうね!」


 陽菜との再会が私に活力を与えてくれていた。

 制服に袖を通し、青海高校へと向かう足取りは軽やかだった。


 学校に着くと、友達の香奈が話しかけてきた。

 香奈は私の数少ない友達で、私が無愛想な性格であることも理解してくれている。


「凛、最近元気そうだね。何かいいことでもあった?」


 香奈の問いに、私は少し照れながら答えた。


「うん、ちょっとね」


 香奈にはまだ陽菜のことを話していなかった。

 どう説明すればいいのか、私自身もよくわかっていなかったからだ。


 図書館での勉強を終えると、私は急いで学校を出た。

 陽菜との約束があったからだ。


 公園に着くと、陽菜はすでに待っていた。

 青海おうみ高校の制服姿で、私に手を振っている。


「凛、こっちこっち!」


 陽菜の明るい声に、私は自然と笑顔になった。

 彼女の元に駆け寄り、手をつなぐ。


「待たせちゃってごめんね」


「全然平気だよ!それより今日はどこに行く?」


 陽菜の瞳は期待で輝いていた。

 私は少し考えてから答えた。


「今日は、商店街に行ってみない?新しいお店ができたみたいだし、見て回るのも楽しそうだよ」


「いいね!じゃあ、早速行こう!」


 私たちは手をつないだまま商店街へ向かった。

 陽菜と一緒に歩くこの時間は、まるで魔法にかけられたように感じられた。



 商店街に着くと、新しいカフェが目に入った。

 可愛らしい外観に惹かれて、私たちは中に入ることにした。

 店内は落ち着いた雰囲気で、陽菜と一緒に過ごすにはぴったりの場所だった。


「何にしようか?」


 陽菜がメニューを見ながら言った。

 私はケーキセットに目を留める。


「ケーキセット、美味しそうだね。これにしよっか」


「うん、賛成!」


 私たちはケーキセットを注文し、窓際の席に座った。

 外の景色を見ながら、陽菜との会話は途切れることなく続いた。


「凛、最近は何か新しい趣味とか始めた?」


 陽菜が聞いてきた。

 私は少し考えてから答える。


「実は、写真を撮るのが好きになったんだ。風景とか、人とか、いろいろ撮ってるよ」


「そうなんだ!凛の写真、見てみたいな」


 陽菜の言葉に、私はスマホを取り出して最近撮った写真を見せた。

 陽菜は興味津々に写真を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「すごく綺麗だね。凛の写真、なんだか温かい感じがする」


「ありがとう、陽菜。そう言ってもらえると嬉しい」


 その時、ケーキセットが運ばれてきた。

 

「わぁ、美味しそう!」

 

 陽菜は目を輝かせながら、ケーキに手を伸ばす。

 窓の外に広がる商店街の風景を眺めながら、私たちはケーキを楽しんでいた。


「凛、これも美味しいよ。食べてみて」


 陽菜が自分のケーキを一口差し出してくれた。

 少し恥ずかしかったが私は一口もらう。


「本当だ、すごく美味しいね」


 私が笑顔で答えると、陽菜も嬉しそうに微笑んだ。

 

「そういえば凛は、夏休みの間他にはどんなことしてたの?」


 陽菜が尋ねてくる。


「うーん、特に大したことはしてないかな。ずっと勉強してたし。でも、陽菜とまた会えてからは毎日が楽しいよ」


 その言葉に、陽菜は少し照れたように笑った。


「そっか……なんか照れるね……」


 カフェでの時間はあっという間だった。

 私たちは話に花を咲かせ、笑い合う。


 夕方が近づくと、私たちはカフェを出て、再び商店街を見ることにした。

 陽菜と手をつないで歩くこの時間は、私にとってとても幸せだった。


「凛、あそこに行ってみようよ!」


 陽菜が指さしたのは、小さな雑貨店だった。

 店の外にはカラフルなアクセサリーや可愛い小物が並んでいて、見るだけで楽しい気分になる。

 

 私たちは店内に入り、あれこれと手に取って見て回った。

 陽菜は興味津々にいろんなものを見ていて、その姿がとても愛らしい。


「これ、凛に似合いそう!」


 陽菜が手に取ったのは、シンプルながらも繊細なデザインのブレスレットだった。

 銀色のチェーンに、小さな黄色い石がワンポイントとしてあしらわれている。


「本当?ありがとう」


 陽菜は笑顔で頷いた。


「うん、絶対に似合うよ!私からのプレゼントにしてもいい?」


 私はその提案に驚きながらも、嬉しさがこみ上げてくる。


「でも、そんな……もらってもいいの?」


「もちろんだよ、凛。これは私の気持ちだから、受け取ってほしい」


「ありがとう、陽菜。大切にするね」


 陽菜は満足そうに微笑みながら、ブレスレットを私の手首にそっとつけてくれた。

 

「これ、陽菜の瞳の色にそっくり……」

 

 黄色の石が陽菜の瞳の色と重なり、私は彼女と見つめ合う形になった。

 何秒経っただろうか。

 恥ずかしくなり、私は目をそらす。


 私たちはお互いに少し照れくさそうに微笑みながら、店を出た。

 商店街の夕暮れの風が心地よく、二人の間にはほんのりとした温かさが漂っていた。


 夕焼けが商店街を染めるころ、私たちは帰り道に向かうことにした。

 

 ふと、陽菜が思い出したように言う。


「――凛、少し寄り道してみない?」


「私も、同じこと思ってた」


 私たちは寄り道をして、昔よく遊んだ公園へと向かった。


「凛、あの時みたいに一緒に乗ろうよ」


 陽菜の提案に、私は頷きながらブランコに座る。

 陽菜も隣のブランコに座り、二人でゆっくりと揺れ始めた。


 夕焼けに染まる空の下、ブランコに揺られながら、私たちは静かに過ごした。

 陽菜との時間、この瞬間が、永遠に続くように感じながら。

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