第9話 鬼神の求愛


壹夜ちゃんを連れて社に帰還すれば、那砂さんが出迎えてくれた。


玻璃はりちゃんは途中までは起きていたんだけどね。今はぐっすりよ。ほら、あそこ」

「玻璃……!」


見ればクッションを抱き締めながら、ブランケットをかけてもらい、すやすやと眠っていた。


「そろそろベッドに運ぼうと思っていたのよ。夜霧さん、手伝ってくれる?」

「えぇ、もちろん」

那砂さんの言葉に、夜霧さんが頷く。


「さて、壹夜ちゃんは壱花ちゃんとお風呂、入ってらっしゃい」

「えと……っ」

壹夜ちゃんは那砂さんのフレンドリーさに驚きつつも、何だか照れたように頷く。


「やはり天賦の才だな。鬼だろうが人間だろうが……天然タラシ」

へっ!?那砂さんが!?


「んもぅ、何言ってるの?それじゃぁあなたもタラシ困れたのね」

那砂さんが八雲を見て苦笑する。


「じゃなきゃ社は任せてない」

でも何となく分かるかも。その……みんなの……お姉さん……みたいなんだもん。


「着替えは何か用意しとくわ」

そう那砂さんが微笑む。


「いや、お前、姿変えられるんだから、大人の姿にもなれるんじゃ……」

「ぼくは子どもの姿にしかなれないんだよ……っ!」

それは姿が変わらないことにも影響しているのだろうか……?


「ふむ……そうだな……?それに関しちゃぁ、ここで暮らすうちに何とかなんだろ」

八雲が何か納得したように頷く。神さまにしか分からない何かを悟ったのだろうか。

そして壹夜ちゃんが静かに頷いた。


※※※


壹夜ちゃんと一緒にお風呂に入れば、やはりここの温泉はいろいろなものを癒してくれる。

とても落ち着ける。


「温泉のお湯は、熱くない?」

「……ん、うん……これでも長く生きてるから」

数百年って、言っていたっけ。


「でも……なんか、夜霧が絆されたの分かるかも……那砂ってひと……ほんとに……」

那砂さん……?


「那砂さんは、優しくて面倒見もよくて……憧れのお姉さんみたいなひとだから」

「……それは……(壱花もじゃん)」

最後が少し聞き取れなかったが……。


壹夜ちゃんと、もっともっと、仲の良い家族に、なれたらいいなぁ。



※※※



「壹夜ちゃんは今夜、那砂さんと寝るって」

夜霧さんが運んで寝かせてくれた玻璃を挟みながら、私は八雲とお布団に横になる。


「夜霧は一緒じゃねぇの?」

「それは那砂さんが困るんじゃ……」

その、大人の男女なのだし。


「むしろ困らないと思うが……まぁいいや。あのふたりは、あのふたりな」

「うん……?」


「それと……」

「ん?」


「夜霧たちの話も聞いたろ……?鬼ってのは、人間と寿命が違って、数百年……長けりゃ数千生きる」

「それは……」

何となくだけれど、知っていた。教えられることはなくとも、その中で暮らしていれば、何となくそうではないかと思うことがたくさんあったから。


「玻璃も、長く生きるのかな」

「鬼と人間の子は、鬼として生まれることがほとんどだ。稀に半鬼ってのが生まれるが……少ない。半鬼は特殊だが、鬼として生まれたのなら、寿命は鬼のものとなる。子どもは7歳くらいまでは人間の成長と変わらんが、それから徐々に成長が緩やかになり、青年期が長くなる」

そっか……人間の私は……玻璃の寿命とはうんと早くお別れになってしまう。


「そこは、知らぬのだな」

「……?」


「鬼の嫁となった人間は、鬼の寿命を選ぶこともできる。その場合は、番った鬼の寿命を踏襲する。もちろん人間としての寿命をまっとうすることも選べる」


「そんなこと……」

知らなかった。白玻が私を鬼の寿命にするとも考えられないが。


「だから壱花はまだ、人間の寿命だ」

「そう……」

きっと八雲よりも……当たり前だが早くに逝くのだろう。


「だが、壱花は俺の妻だ。たからこそ、俺と同じ寿命でも生きられる」

「え……っ」


「だが、俺は神でもある。鬼の寿命ともうんと長い時を生きる。つまり俺を選べば……悠久に長い時を生きることになる。それでもよければ……だが」


「だとしたら玻璃たちは」

「俺の眷属として生きるのならば、社で仕え続けるだろう。那砂は……俺を放ってはおけまいと、既にその道を選んだが……。玻璃には成長した時に問えばいい」

那砂さんも、そうなんだ……。玻璃には……うん、選ぶのは玻璃だから。

そして……八雲とは。


八雲が少し不安げな表情を向けてくる。


私だって……このひとを、ひとりにはできないから。


「私も、八雲と同じ寿命にしてください」

「いい……のか……?」


「私は……八雲と一緒にいたいから。私も八雲をひとりにはできない」

「……壱花……あぁ……嬉しい」

八雲は、とても幸福そうに、頬をほころばせる。私も……幸せだから。


「う……まま、ぱぱ……?」

は……っ。しゃべっていたから、玻璃が目を覚ましちゃった!?


「玻璃」

「ゆっくり眠んな。ぱぱとままがついてる」

八雲が玻璃を優しく撫でてくれる。


「ありがとう、八雲」

「それは、俺のセリフだ、壱花」

額に優しい口付けを贈られて。


愛しいひとと、大切な我が子と。幸せな心地で寝入ったのは言うまでもない。




【完】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る