第14話 始まりの場所 後


「刹那が……刹那は、守護者の本質に気が付いてしまったんだ」

「……本質……?」

暗い地下へと続く階段の側面には、月花たちが足を踏み入れるに従って灯りが灯っていく。それも恐らく、禾稲の異能。


「そう……守護者は……異能持ちが異能を持つのは……古来、その血に妖獣の血肉を混ぜた化け物からだ」

「……っ」


「だからこそ、異能持ちの身体は……たとえその異能を持たずとも、化け物の一部を持っているんだ。そう、誰しも。それが異能持ちがヒトの皮を被っても拭えなかった、呪い。……いや、神の禁忌に触れた罰でもある」

異能持ちが、妖獣の血肉を帯びて生まれた存在。禾稲が自らを化け物と呼ぶのには、そう言った意味もあった。


――――――そして、異能持ちという存在は、神の禁忌に触れるもの……?


「どうして、禁忌なの?」

「人間が、ヒトでも妖獣でもないものを産み出してしまった。これは……神の怒りを買った。だからこそ人間たちは異能持ちを管理し、決して終わらない妖獣との戦いに身を投じなくてはならなくなった。それを裏付けるようにして、守護者の誕生の歴史とともに妖獣との戦いが熾烈を極めた。それまでは……妖獣は人間にとっては害だったが、戦になるほどではなかった。だが人間が欲を出して、妖獣を厭い、神の真似事をしてしまったら末の悲劇が、今のシステムだ。だが、神も人間に恩赦を与えた。それが巫女の存在だよ。巫女という存在を与え、化け物を制御させるシステムを作った。だけど……それだけじゃなかった」

「それだけじゃなかったって……」


「今から話すことは……当主も……アイツも知らないことだ。だが、聞いて欲しい。これは……アイツだけが悪いんじゃない。本当は、俺のせいだ。巫女がどうして巫女たるのかを、俺は理解していなかった」

それは一体どう言うことなのだろうか?


「見てくれ」

辿り着いた下層の壁に火が灯る。それが照らし出すのは牢屋だった。その中で、何かが蠢く。


「あれが……刹那だよ」

「……っ」


途端に獣の呻きにも似た、しかしヒトの嘆きにも聴こえる声が響く。


『……ア、ぁ゛……巫女ォ……ウマソウ……イヤだ……喰ラヒタク……喰ラフ……喰らヘバ……アギャアァァ――――――――――――っ!!!』

牢の縦格子を掴むその手は既にヒトのものではなく、そして暗闇の中に光る赤い獣の目は、朱桜の朱よりも赤い。


「あれは……ヒトの皮を被る前の、俺たちの姿だ。刹那はそれを願ってしまった。祈ってしまった。俺と同じ……化け物にな成りたいと、巫女である母親を生け贄に、神に祈ってしまったんだ」

自分の母親を……まさか刹那さまが元気になるのと比例して母親が衰弱していったのは……。月花の中でパズルのピースが埋まっていくように事実と真実が繋がっていく。でも、まだ分からないことがある。


「神は……本当に祈りを叶えてくれるの……?」

願えども、願えども。

片割れが救われることはなかった。

死に絶え、血肉すら遺さずに、その身は朽ち果てた。


神は……人間に怒りをぶつけた神は本当にこの世界にいるのだろうか。そして人間の祈りを叶えてくれるのだろうか。


「巫女は……本来の巫女の意味を知っているか……?」

「……ご、ごめん……」

「いや、いいんだ。もうみんな、忘れているだろう。異能持ちに捧げられる人柱だとしか思っていない」

贅沢三昧できると勘違いしていた子も……いたけれど。


「だが本来巫女と言うのは……神さまの花嫁を意味する」

「……っ」

どうしてだろう。何か大切なことを忘れている気がするのだ。あの時。かつての片割れは、何と言っていただろうか。


「刹那のその祈りを……対価を受け取り叶えてしまったのは……俺しかいない。当主が、息子が自ら化け物なりたいと願うことを許すはずがない。あのひとは刹那が異能を受け継がなかったことに、どこかホッとしていた。刹那が異能を受け継ぐと言うことは、息子を戦場に出すことと同義だからだ。俺が戦場に入り浸っているのでさえ、渋い顔をしていたくらいだ。刹那が俺と同じに成りたいと言った時……『なら、成ってみるか』と応えたのは俺だ。刹那が異能を持たないことくらい、俺だって分かっていた。当主と同じ守護者だったから。冗談のつもりだった……。成れやしないのだから。成らないほうがずっといい。そんな思いで言ったことが……刹那をこうした。俺はその贄を受け取ってしまったから……あの女を異能の炎で燃やしたのは俺だ。その後なんとか手当てはされたが……刹那の祈りを呑んだことで代償は支払われた。俺しかいない。だから刹那をこんな姿にしたのは……俺なんだ」

その告げられた事実に、月花は目を見開く。



「あの……」

――――――それなら。


「刹那さまが、もう一度人間に、ヒトの皮を被りたいと祈れば戻れるのでは……?」

「そんなことを、望むだろうか。刹那は異能を何よりも欲していた……。それが異能を持つ、異形の姿であっても……化け物に成りたがった」


「だけど、さっき、私のことを食べたいけど食べたくないって……。巫女は異能持ちにとっては有益なもの。でも異能持ちに守られなければ生きてはいけないの。それは……巫女が妖獣にとって、美味しいものだから」

「……どこで、それを」

どこで……だろうか。でも昔……昔どこかでそれを聴いたのだ。だからこそ巫女を喰らうことのないように、守護者はヒトの皮を纏った。


「きっと、刹那さまの中でも、ヒトに戻りたいと言う気持ちがあるんじゃないのかって」

「……だとしても、どうする。こいつの求めた贄は、巫女の亡骸だ」


「それなら……多分もう……」

手元に何も残らなかった。血肉ですら。骨の1本ですら。


もう名前を呼べないかつての片割れは。

月花だけが知っている。

女しか巫女の力を受け継がない。

巫女の家では男はただのお荷物でしかない。

でも確かに片割れは持っていた。


そしてそれを奪ったのは……。


片割れが死んでから、みるみる巫女の力を身に付けたものがいる。


「多分……対価は支払われているはず」

その一滴も残らなかったそれは……片割れは、私の半身となるべき禾稲にそれを渡した。

どうしてそんなことをしたのか……。

多分、似ていたから。私たちと、刹那さまが。

そして私の半身となる禾稲のために、捧げた。


「巫女の力は……多分……奪ったひとから貰えばいい。戻して貰えばいい。もともと彼女のものではないもの」

まるでこのためにとでも言っていいような、その力と、対価は……。


あの時、月を還してもらった時に、一緒に貰っている。


「禾稲」

禾稲の手を引き、格子に引っ掛かるその異形の手に優しく手を重ねれば、禾稲がその上に手を重ねる。


獣の悲しい慟哭が、伝わってくるようだ。


「お願いです、刹那さま。祈ってください。私の……かつての半身からの、贈り物だから」


『……タイ』


獣の声がヒトの声を纏う。


『モドリ、……タイ』


「……そうだな。刹那……戻ってこい」


そう、禾稲が告げた瞬間だった。目映い光が牢の中から放たれる。


「月花!」

「禾稲……!」

とっさに月花を抱き締める禾稲。そして光が収まっていく先に、見えたのは。


「禾稲!月花さん!一体何があったのですか!」

目映い光が地上にも届いたのか、大慌てで階段を下ってきたのは伊那で……。


「刹那が、……戻ってきた」

禾稲がぼそりと呟いた言葉に、驚いて牢の中を確認した伊那は。


「あぁ……刹那……っ、刹那っ」

急いで牢の鍵を開けた伊那が、牢の中で横たわる刹那を抱き締める。


その髪色は白く、微に開く瞳は朱よりも赤いままであった。そして指先の爪も鋭さを帯びるが、それは確かにヒトの姿を保っていた……。


※※※


月花たちは刹那を連れて本邸へと帰還した。いきなり刹那を連れ帰ったことに屋敷内は大騒ぎだったけれど、さらに驚いたのは。


刹那を伊那や那砂に任せ、冬慈に呼ばれていると聞き禾稲と共に訪れた月花は息を呑む。


「彼が月花の弟で間違いないか?」

冬慈が連れ帰り、本邸の部屋で寝かされていたのは……。


「はい……っ、間違いありません……っ。冬禾ふゆか

見間違うはずがない。かつての半身が還してくれた月の名が教えてくれている。


間違いなく、それは……。


生まれてすぐに男児だからと、人権すら剥奪されて分家に送られた、生きているかも分からなかった弟本人だ。


かつての半身は姫花のおもちゃにされるために本邸に囚われたが、この子は生まれてすぐに分家へと送られてしまった。人権すらない、モノ以下の奴隷扱い。恐らく名前すらない。だからかつての半身とともに、彼のための名前をかんがえたのだ。

そして、生きてその名を呼ぶことができた。


月花とそっくりな目を持つ弟は不思議そうな顔で月花を見つめていた。


月花は『あなたの名前は冬禾だよ』そう教えてあげれば、まるでずっと姉と兄がその名を付けてくれていたことを知っていたかのように微笑んだ。


そして月花の頭に、少しゴツゴツとしながらも、いつもの優しい手の平がぽすんと乗せられた。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

身代わりの巫女。 瓊紗 @nisha_nyan_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ