第12話 始まりの場所 前


「やぁ、諸君!おはよう!」

本邸の居間では、料理番たちの元にお願いしてお邪魔し、禾稲のための料理を拵えて戻った月花と、禾稲、そして当主。さらには共に月花の料理を味わいたいと押し掛けた那砂もいたのだが。


そこに現れたのはまさかの2ノ皇子・冬慈ふゆちかであった。


昔ここで暮らしていたとはいえ、朝から来るものなのだろうか。それとも皇族だからアリなのかと月花は首を傾げる。


「いや、アンタ何で来てんの」

那砂の言いようは、皇族に対して良いものなのだろうか。


「冷たいではないか。我が妻よ」

「うっさいわね。とっとと宮中に戻れ!仕事しろ!」

今、2ノ皇子は那砂に対して何と呼んだか。


「きっと説明されていないようですので。冬慈さまは那砂の夫です」

そう教えてくれたのは穂揺だった。

そして……。


「このバカ甥が。ちゃんと説明しておきなさい」

ほ、穂揺の言いよう……。

それから月花が禾稲と一緒になることを巫女ではないと思っていた彼女から咎められたことがあったが、月花が巫女であり、禾稲が選んだ巫女であると分かった後は厳しいことを言って済まなかったと謝罪されたのだが。


しかし穂揺の忠告は尤もなことであり、月花もまた巫女の一族であることを隠していた。


だからおあいこと言うことにもなって……そして禾稲に足りないところがあれば叔母として頼りなさいとも言ってもらえて、とても頼れる存在である。


「何で従姉ねえさんのことで俺が怒られないといけない」

禾稲は渋い顔をしていたが。


「それも従弟おとうとの役目」

「理不尽だろ!」

しれっと言ってのけた那砂と禾稲のやりとりは、本当に姉弟のように仲良く育ったのだと分かるようで……。


胸のなかにチクりと刺し込まれるそれは、きっと気のせいではないけれど。


月花は半身の他にもまだひとつ、取り戻せてないのだ。


「しかし良いのか?いい報せを持ってきてやった。これにかんしては、1ノ兄上から是非にとのお言葉だ。断じてサボりではない!」

さ、サボり……。そう言えば先日もそんなことを那砂に言われていた気がしてしまう月花だったが。


「何よ、いい報せって」

「あの栴檀の娘のことだよ」

……そう言えば。あの後気が付いたら姫花の姿がなかった。3ノ皇子が任せておけと言うのでそれ以上何も言えず、だけども気遣う意味もないと気付き、月花は考えないようにしていたのだが。


「あの娘があまりにも切望するのでな……!父上の前に連れてってやった」

「あんた本気でやったの?」

それって……帝……!?

月花はあまりのことに目をぱちくりとするが、隣で禾稲は平然と月花の作った料理を口に運んでいる。興味もない……のかな?


「さすがに父上も大激怒だな。せっかく縁談を破談として処理したのに、朱桜家が跡取りを公表した途端にあの娘が独断で月花に成り代わり押し掛けたのだ。帝の面目は丸つぶれ。その上父上の前でも私を化け物だと高らかに叫んだぞ?あの度胸は妖獣討伐に活かせるのではないかと、私はウキウキした」

何故、ウキウキするんだ。そして楽しそうなんだことひとは。月花は絶句したままである。


「一旦あの娘は牢に放り込まれた。いやぁ、私はもう少し堪能していたかったのだが、父上がギブアップしてしまった。ドSのくせに」

その言葉にはどうしてか当主が苦笑していたのだが。


「その後栴檀の当主夫妻を呼びつけ、どう言うことかと説教タイムだ。楽しかったなぁ」

絶対楽しくない、それ……!それは月花と昨日顔を合わせた使用人の女性たちもみな分かったように頷いた。


「それで月花よ」

「は、はい……っ」

いきなり名を呼ばれ、月花が身をこわばらせる。そりゃぁ相手は那砂の夫とは言え皇族である。


「そんなに緊張せずともよい。一応1ノ兄上が私をこき使って皇族の仕事をさせるために皇族籍は抜いていないが」

抜いていない理由が……!アリなのだろうかとも思ったが、相手は春宮である。それを疑念に思ったら負けなのだ。


「体裁上は既に那砂の夫として朱桜家に入っている。だから冬慈お兄さまと呼んでくれてもよいのだぞ?」

それは……さすがに……!


「ちょっと、まだ私だってお姉ちゃんって呼ばれてないんだから!抜け駆けしないで!ほら、月花ちゃん!お姉ちゃんよ!」

えっと……その。月花は迷いながらも、那砂はかねてより姉のような存在であると認識していた。だから……。


「あの……お姉さま」

「きゃあぁぁぁ――――――っ!やだかわいいっ!次からそう呼んでね!」

感激するようにウキウキしてくれる那砂はとても嬉しそうで、そうして良かったと月花は胸を撫で下ろす。


「ほれ、それでは私も、冬慈お兄さまと」

「……っ」

いや、さすがに、皇族の方だし……。月花は迷いながらも。


「ふ……冬慈さま」

さすがにこれが限界だろうか。しかし、逆に失礼にあたるのではと呼んでから月花は顔を青くしたのだが。


「ふんっ、これが信頼の差よ!あんたはまだまだ!」

そう那砂に背中をバンバン叩かれ、冬慈はヘラヘラ笑みを浮かべていた。怒られるわけではなかったことに月花は再びゆっくりと息を吐いたのも束の間。


「それで月花よ」

「……っ、はいっ」

そう言えばまだ続きだったと思い起こす。


「栴檀家にはいろいろと調査が入るだろう。だがそなたの実家でもあり、そなたもあの家では結構な扱いだったのだろう?」

「それは……」

あの両親に会えば、分かってしまうだろうか。昨日の姫花とのこともあるし。

月花は言葉につまるものの、冬慈は気に留めずににこりと微笑む。


「何か望みがあれば言うといい。お兄さまが責任を持って叶えよう」

「……っ!?」

冬慈のいきなりの提案に、月花が固まる。


「何か望みはないか?」

「望み……ですか」

あの家にはもう何もない。両親も月花を観ることなどない。姫花も……。

そして誉もまた、月花を捨てたのだ。既に何の未練もない。


……だけど。


「本当に、いいのですか?」


たったひとつ。まだ……。


「もちろん。お兄さまに二言はないぞ」

「そうよ。断ったら1ノ兄さまに言いつけるから」

「それは勘弁して欲しいのだが、我が妻よ」

えぇと。冬慈の弱点は春宮なのだろうかと思いつつも、月花はもうかなわないかもしれない。手遅れかもしれないと言う思いを告げる。


「あの……弟を。私の弟を、助けてくれませんか」

「……そなた、弟がいたのか?本家には国から強制捜査が入ったが今のところ直系の一族は……」


「本家にはいません。多分どこかの分家にいるはずです。その命を、最終的な指示をしたのは……父親だと思います。なので、父親に聞けばどこの分家にいるか、分かるはずです。それに……巫女の家には伴侶以外の男児は少ないので……すぐに見つかるかと」

「ふむ、それなら……」


「もし……もしも既に生きていなくても……生死だけは、教えてください」

月花の決意のこもったような重い言葉に、冬慈は先程までのヘラヘラとした笑みを隠し、すっくと立ち上がる。


「ふむ、久々に仕事に精を出してくる。待っていよ、妹よ。そう長くは待たせん」

そう言って身を翻した冬慈を見送れば。


「きっと大丈夫よ」

その那砂の言葉に、不安な心を掻き消すように頷けば。ぽすんと撫でてくれるいつもの手の平に、そっと安堵の笑みを漏らす。


「あと今日は……連れて行きたい場所がある」

「……うん、分かった」

必要なことなら。しかし禾稲の表情はどこか曇っていて……。


「なに、月花さんのせいでは何もありません。むしろそれは……私の贖罪なのです」

そう告げたのは当主……月花にとっては義父の伊那いさなであった。


当主の贖罪とは、一体……。


「今日は……月花と初めて会ったあの屋敷に行く」

「あそこ……」

寂れた場所のようにも思えたが、そこは月花が禾稲と出会った特別な場所でもあった。


「あそこは……朱桜家の屋敷の……一番北端にある」

あそこも間違いなく朱桜家の土地だったのだ。栴檀家は間違いなく朱桜家の土地に月花を捨てた。何かあった際に朱桜家に言い訳をするために。ひとの出入りが滅多にない、朱桜家の北端の屋敷へ……。


「……もし、月花が行きたくなければ……無理にとは」

「……ううん。行きます」

禾稲と生きるために、必要な場所ならば。月花の言葉に、禾稲はどこかホッとしたように頷いた。

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