第11話 月と花


「月花アァァッ!あんたが……アンタが騙したのおぉぉっ!私をはめるために!この悪魔があぁぁぁ――――――――――っ!」

姫花が美しい顔を歪ませながら、目を血走らせて私を睨み付ける。


悪魔は、どちらだ。

月花の片割れをヒトとも思えぬ残虐な方法で拷問し、おもちゃにして殺したのは、この悪魔だ。


「やだ、何で月花ちゃんに?」

「こっわ。何こいつ、ねぇ!誰か取り押さえて――――――」

周囲の使用人仲間の女性たちが告げると、男性の使用人たちが姫花を羽交い締めにして取り押さえる。


「いや゛――――――――っ!放して!放せえぇぇっ!使用人が私に触るんじゃないわよおぉぉっ!」


「……ふむ、栴檀の家では使用人はどういう扱いなのかな?」

気が付けば月花たちの近くまで3ノ皇子が来ており、含みがちな笑みを浮かべる。


「むしろあれを父の前に連れて行けば面白いものを見られる気がするぞ。最近1ノ兄上が残業続きでよい余興のひとつでもないかと嘆いていてな」

い……1ノ兄上とは、もしや春宮ーー皇太子のことなのではと月花は驚く。しかも、あの暴れる姫花を余興って……。


「加えて2ノ兄上など宮中では肩が凝ると嘆いていてな。宮中でのいい運動になりそうだ」

運動とは、一体何をするつもりなのか。いや、決まっている。3ノ皇子を殺せと宣った姫花の末路など。


「こら、いたずらばかりしてないの!」

その時声を上げたのは那砂であった。しかもタメ口である。当主ですら【さま】を付け丁寧に接していたと言うのに。


「1ノ兄さまが残業続きなのは、アンタが2ノ兄さまが出征してた時に手を抜いたからじゃないの!?またしょうもないいたずらに費やしてたんでしょう!」

出征……?出征と言うのは十中八九妖獣相手の戦のことだろう。しかし、皇子自ら出征だなんて……皇族は異能もちではないはずなのに。


「何故バレた」

そう言いつつも那砂にへらへらと笑う3ノ皇子はやはり何を考えているのかよく分からない。


キーキーと姫花の悲鳴が聞こえる中、3ノ皇子はへらへらと笑い、那砂はぷんすかとし、周囲はなぜかそれを和やかに見守っている。この不思議な光景は一体……。


そしてその場をおさめるような、当主の落ち着いた声が響く。


「もう、いいのでは?禾稲。ちゃんと紹介しなさい」

紹介……とは?


「先程も述べた通り、私たちは……守護者は特に、巫女が分かるのですよ」

当主が月花の方を向いて優しく微笑む。

私が……巫女の一族であることが……。


「あの……っ」


「月花ちゃん?」

「え……ちょ、月花ちゃんが巫女って……」

「あの子おも知り合いそうだし……えっ!?」

周囲がどよめく。バレて……しまった。けれど、それでも。期待をさせないうちに……別れを告げなくては。姫花が禾稲の妻に相応しくないとされたのなら、私はそれだけでいいのだから。


「あの……私には、巫女の力はほとんどありません……。だから禾稲の……側にはいられません……」

どうしてこんなにも涙が溢れて来るのだろう。


「ごめんなさい……騙していて、ごめんなさい」

ポロポロと零れる涙は、どうやったら止まるのかすら分からない。


「いえ、あなたは何も、誰も騙してはいないでしょう?それに、守護者だからこそ分かります。あなたは決して巫女の力がないわけではない。もしそうならば、禾稲が惹かれることも、あなたを連れ帰って誰にも会わせないなんてこともないでしょう。まぁ、女性の身ですから、同じ女性の那砂にだけは会わせると渋々認めましたが」

それで、那砂が月花の元に来てくれたのか。


「そうよ。従弟おとうとの癖にお従姉ねえちゃんにまで隠すとか生意気よ」

そんな強気な那砂もどこか、従弟おとうと思いな気質を感じてしまう。


そして禾稲が私と目を会わせる。

みんながクスクスと微笑みながらその道を開ければ、禾稲はゆっくりと私の前に立つ。その顔に浮かぶのは、彼らが異能持ちであり、禾稲が取り分けその血が濃く守護者の名を冠した証の紋が刻まれている。

まるで朱桜の朱のような色を纏うそれは、禾稲が還ってきた時に、一瞬見えたものと同じである。


「ずっと……黙っていて……ごめんなさい」

「知っていた」


「……」

そうだ。禾稲も守護者なのだから。私が巫女であることを知っていたのだろう。


「知っていて連れ帰ったのは、俺だ」

「……禾稲」


「俺は……たとえお前に化け物であると言われても、思われても。守護者は化け物に一番近い化け物でしかない。そうでしか在れない。だから……どんなに拒まれても、月花を放せない」

それはまるで永遠を約束するような言葉で。


涙で視界が歪むのは……2回目だ。その優しい声に救われて、今私は生きている。


そっと禾稲の優しい腕の中に自ら身を投じれば、あの時と同じ優しい腕が月花の身を抱き締める。


「俺で……いいのか」

「……うんっ」

頷かないわけがなかった。


涙で滲んだ声は、確かに禾稲に届いただろうか。


「俺の妻になってくれ」

「……っ、もち、ろん……。わたし、だって、禾稲の妻に、なりたい……っ」

このひとじゃないとダメなんだ。


『ずっとずっと昔に、誓っただろう……?』


それは誰の声であっただろうか。しかしそれは、確かにそうだ。これはずっとずっと昔に誓った契り。


そしてまた魂は巡り合う。

片割れを失い半分だけになってしまった魂は、最愛のひとと共にひとつとなる。


ずっとずっと失っていた半身を……やっと見付けた。

わんわんと泣き続ける月花の頭を撫でるその手の平は、相変わらずゴツゴツとしていたが、それでも月花にはそれがひどく、心地よかった。


※※※


――――――私たちは2人でひとつだから。


だから2人で分けた。


月と花。


半身を失ってからは、その骨すら残らなかったから。


半身を忘れないために半身の名を冠した。


どんなに辛くとも、苦しくとも。


半身が一緒にいてくれる気がしたから。


それだけで生きていると思ったから。


でももしも地獄に下る時は……。


半身は極楽浄土にいて欲しい。


だから半身の名を置いて、私は花として。


ただの花として逝こうと思っていた。


『だけど、花はもう大丈夫だね。ちゃんと自分の半身を見付けられた』

優しく頭を撫でるのは、遠い昔に置いてけぼりになっていた、骨と皮だけの痩せ細った軽いの感触。


ずっとずっと乞い焦がれていた、半身のもたらす温もり。


『だから花、君にこの名前を還そう』


――――――――だけどそうしたら、あなたは名前を失ってしまう。


『問題ない。ぼくはここで新しい名をもらえたから。これは、花が生きていくために、必要なものだ』


優しい月の光が花を照らし、そして包み込む。


『けれど……まだ花は、こちらへは来てはいけないよ。君は生きて。君の半身は、君がいないと生きていけない。ヒトの姿を保てなくなってしまう。だから……花……いや、月花。幸せになるんだよ。そしてぼくたちのを……頼んだよ』

そう言い遺し、ふわりと微笑んだのは。


「……っ」

手を伸ばそうにも、もう、その名を呼ぶことができない。


月花はその名を知らないから。


あぁ、だから名前を教えずに。


月花にはまだ、来ないようにと。


それが、失った半身の願いであり、へ捧げられた祈りだから。



※※※


――――――半身を失ってからずっと半分しかなかった、長い長い夜が明けた。


半身を得たその身は、どこか充実したような心の安定をもたらす。


婚儀を執り行ったのだからと、夫婦のために用意された本邸の部屋で、ひとつの布団で過ごした。


瞼を開ければ、そこには大切な半身の顔がある。あの大泣きのあと、婚儀の籍では禾稲の顔からも、当主の顔からもあの紋は消えていた。

今は羨むほどに滑らかな白い肌である。


そして大事そうに優しく身体を包むのは、やっぱり細めなのにひとりでは抜けられない、逞しい禾稲の腕。


「……」

じっと禾稲の顔を見上げていれば、ぱちりと禾稲の瞼が開き、月花はびくんと肩を揺らす。


「あの……おはよう」

「あぁ……おはよう」

禾稲はいつものように短くそう答えると、そっと月花の額に、前髪越しに柔らかいものをつけてくる。それが口付けだと悟った時、月花は顔から火が出るのではないかという感覚に陥るが、禾稲はどこか満足げにさらに月花を抱き締めてきて、結局那砂が呼びに来るまで禾稲の腕の中で優しい口付けをたくさんもらって月花の頬の熱がさらに上がってしまったことは、言うまでもない。



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