第10話 守護者の姿
いつもあなたの脳裏に焼き付いていル
懐かしいのカ。
豊穣を祈げるタメニ、ただその稲穂を捧げらレ、
巫女を伴侶に迎えル
神トシテ
あなたはそれを守りタイと願っタ……
たとえ化け物トシテ蔑まれヤウトモ
ただ彼女との思い出の地のタメニ……。
※※※
「化け物とは不敬な巫女だな」
そう笑いながら脅える姫花を見下ろすのは。
黒髪に赤い瞳、右頬に生々しい傷と呪いの痕がある青年だった。顔立ちは美しいから……姫花が悲鳴をあげて喜ぶと月花は思ったのだが。何故、脅えているのだろう。そして【化け物】とは。度々禾稲も自分が化け物に一番近い存在と揶揄していたが……彼も異能持ち……なのだろうか?その赤い瞳は朱桜の色と通じるものがある。やはり縁者であろうか。
しかし不思議なのは、彼の服装だ。狩衣と呼ばれる宮中で主に着られる、高貴な人々が纏う衣である。
巫女の家では儀式の時に父親が着ていた程度。こちらでは縁談の席でも当主さまは一般的な礼装である黒紋付きの袴姿。禾稲も渋々といった形だがその礼装に倣っている。
特別な家と言うことはあれど、元々は戦のために備えている家である。貴人のように贅沢をしているとは思えないし、服装も屋敷の装飾だって、頑丈にはしてそうだが華美なものではない……のだが。
あの青年はどうしてか狩衣。この場で一番高貴な雰囲気まで感じさせるのはやはりその狩衣のせいだろうか。いやもっと根本的な何かが洗練されているように月花は思った。
「まぁ昔いろいろあってな。傷を負ったり呪いを受けたりはしたが、今はこの通り完治はしている。だが異能持ちに嫁ぎに来たくせにそのへっぴり腰とは笑えるな。そのような成りで帝に直訴したいのか?クククッ。面白い」
意地悪そうに嗤うそのひとは……一体何者なのだろう。姫花にあそこまで言えるひとなんて、巫女の家にはいなかった。
「な……っ、何なのよアンタ……!化け物のくせにこの私にたいして不敬よ!」
「ふっ、その吠え面はなかなかだ。しかし良いのか?お前、さも私よりもご身分が上だとのたまいたいようだが……本気か?」
「何よ……!化け物が私の上に立てると思っているの……!?私は巫女よ!古くからある由緒正しい栴檀の巫女!」
「だからなんだ?皇族よりも上だと宣うか」
「は……?皇族……?何を言っているの!?たとえ皇族であろうと帝であろうと、私のおねだりなら何でも聞いてくれるはずよ……!」
栴檀の家も、そして誉をも手に入れた自信であろうか。しかし帝あっての国、潤沢な支援を受けられる巫女の一族の身で、どんな高望みをしているのか。欲しいものは全て手に入れ、手に入らないものは切り捨て、ないものとした。
だからと言って……皇族は……帝は立場が違うのだ。月花は突然現れた青年の正体を勘繰りつつも、姫花の暴走をぎょっとしながらも見つめる。
月花にはあの暴走は、止められない。
「そうなのか?それは面白い。では勇気ある姫君に今後役立つかも知れぬ無駄知識を授けてしんぜようか」
いや、役立つかもと言っといて……無駄知識……?月花は首を傾げつつも成り行きを見つめる。
「昔、私はこの傷を負い、呪いを解くまでは朱桜家で世話になっていた」
この、朱桜家で……。
「そして完治してから宮中に
はい……?月花は目を見開く。今、目の前の青年は何と言った……?この国で側室を持つ存在など……。そしてそれを【父】と呼ぶならば、この青年は……。
「そして私を化け物だと叫び罵詈雑言を浴びせた側室とそれに遣える後宮の侍女たちを全員辞めさせ、さらには私を退治だの、化け物だから守護者を呼んですぐに殺せと叫んだものたちもいたが、その場で……首をはねさせた。私はこんなになろうとも、朱桜の守護者……今では先代によって完治したと判断され、3ノ皇子に戻った身。その私を殺せなど宣うものなど、皇族に対する不敬よりも重い極刑。それを知った官吏たちは私を化け物と宣うことはなくなった。ちょっとした恐怖政治だな。それを子の前で見せつけるとは……とんだドSな父だ」
いや、ちょっとした恐怖政治って。しかもその前で見せつけられたって……。想像通りの帝の皇子。3ノ皇子が子どもだと言う年齢の時に見せつけるとは。やはり住む世界の違う。そして姫花のやったことは、叫んだことは当時、首をはねられる刑にあたる。
「うるさい!うるさいうるさい!」
姫花はそれでもなお、反抗をやめない。自分の欲しいものが手に入らなかった時、思い通りにいかなかった時、彼女は癇癪を起こした。
自分の癇癪が通じないと分かった時、その時は……私の片割れを奪ったのだ……。それが自分の兄であろうと関係ない。あの家では父親と婿養子以外の男は人間ではない。人権すら存在しないモノ以下の、奴隷に等しい。
兄の、兄とも思っていない私の片割れが決して私以外を見ない、自分のモノにならないと分かった時。
――――――――姫花は、私の片割れを、殺した。いや、モノですらないそれを表現した言葉は【もう要らない】だった。
「もう……もう要らないわ!あなたなんて要らない!」
「欲しがられたこともなければ、あげようとしたこともないのだが?」
3ノ皇子は妙にニマニマした笑みを絶やさない。
このひとは……いやこの方は底が知れない。
「あんたが何よ!帝は聞いてくださる!だって私のお願いなんだから!」
そのお願いは、命令と同義である。
「巫女として、化け物を駆逐したことを褒めてくださるわ!」
巫女は化け物……を駆逐するための存在ではない。巫女は守護者や異能持ちを支えるために存在するのだ。
「お願いお義父さま!」
姫花が祈るように胸の前で手を組み、2人を熱のこもった視線で見つめる。
「あなたにそう呼ばれる筋合いはないのだがね」
当主は苦笑を隠せない。
しかし姫花の
「じゃぁ禾稲さま!お願い姫花のお願いを聞いて?私は禾稲さまの妻となるに相応しい巫女なの……!」
そして禾稲にその手を伸ばす。やめて……っ。また……っ、私から奪うの……!?月花の心は悲鳴を上げた。
「触るな!」
ずっとだんまりだった禾稲は姫花の手を払い除けた。
「な……なんで……姫花は……っ、姫花は……っ」
最早自分が姫花であることを隠しもしない。
「あの、今日はわけあって染めているのですけど、地毛は美しいブロンドヘアなんですのよ」
わけあってって……栴檀月花に成り済ますため。この場にいるみなが分かっていることなのだが。それでもまだ姫花は抵抗するかのように、今まで褒め称えられてきた自慢の髪色を主張する。
「だから見た目も、そして巫女の力だって……!だから禾稲さま……っ」
「俺の名を呼ぶな……!」
勢い良く立ち上がった禾稲の憤怒の表現に、姫花はヒィッと後退り……そして尻餅をつく。
さらには禾稲の顔を指差して脅えるように叫ぶ。
「な……何なのよ……それ……いやだ……っ!化け物……!」
先程まで妖艶に誘っていた禾稲にまでそれを叫ぶのか。自分の思い通りにならないからと言って。
「お、お義父ざまぁ……だ、助げでぇっ!」
そして姫花が助けを求めたのは……またもや当主さま。
「化け物がいるぅっ!化け物が巫女の姫花を喰おうとしているのぉぉっ!殺してぇっ!早く化け物を殺してえぇぇ――――――――っ!!」
「……はぁ……
ふゆちかって……誰の……しかし月花の疑問はすぐに解消される。
「そうか?父上に報告しておこう。きっと喜ばれる」
3ノ皇子がにこにこと笑みを称えながら頷く。3ノ皇子の名前だったか。そして朱桜家で過ごしたことがあると言う彼の名を、当主はごく普通に呼ぶ。そして3ノ皇子もまた、当主の言葉にフレンドリーに返している。
「ですが栴檀姫花殿。あなたはやはり、この朱桜家には相応しくはない。そして……それはほかの守護者の家にも通達しておきましょう」
そう告げた当主の顔を見た姫花はまたも叫ぶ。
「いや……!いや……!化け物だらけよ!何なのよ!私は朱桜家に嫁入りに来たはずよ!守護者の妻になって、一生贅沢をして暮らすのおぉぉっ!!」
贅沢……だなんて。そんなのは何の気休めにもならない。姫花は戦場に赴く禾稲の無事を願う心すらないのか。自分が贅沢することにしか目がない。
不安の中待ち続けたあの一週間を……何だと思っているの……。
そして当主も禾稲も化け物ではない。この国のために、世界のために命を懸ける、勇敢な戦士。それなのに……っ。あれほどあった不安や翳りは何処かへと去り、今はただ、姫花への怒りしかない。
こんなに怒りを覚えたのは……片割れを失ったその時だけだ。
「巫女の私を騙してこんな化け物屋敷に……!」
姫花はパニックで立ち上がり、そして使用人たちに目を向ける。
「お前たち、私を助けなさいいぃぃ――――――――っ!!」
こちらに向かって走ってくる姫花にみなの反応は冷ややかだ。
「な、何あの子……夫がいるのに栴檀月花に成り済まして来たくせに」
「あんたに命令されるゆわれはないのだけど?」
「バかじゃないの?そんなんで朱桜家に嫁入りしようとするなんて」
「ほんとね。少なくとも私の夫に何てこと言ってくれんのよ!」
そして那砂の言葉に、あれ?と思いつつ月花もみんなに続いて立ち上がったのだが。
不意に、視線を姫花に戻せば。目と目がかち合う。
「何で……何であんたがここにいるのよ……!月花……!」
姫花が震えながら目を見開き、私を指差した
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